493・巨人討伐
第493話になります。
よろしくお願いします。
シュムリア王国の北部山地。
初夏でも、まだ所々に雪の残る大地で、僕とイルティミナさんの2人は、岩場の陰に隠れながら前方を窺っていた。
ズゥン ズゥン
そこを、体長20メードはある岩のような皮膚の巨人が歩いていた。
皮膚の表面は、赤く焼けている。
巨人が足を踏み出すたび、地面の雪が解け、草木が燃え上がって、黒く焼け焦げていた。
あれは『赤熱の巨人』。
僕らが受けた今回のクエストの討伐対象だ。
体表の温度は500~800度という高温で、この魔物が出現すると大規模な山火事などの火災が起きてしまうそうだ。
人の生存域に入れば、とんでもないことになる。
だからこそ、王国からの討伐依頼が発生した。
それにしても、
(まるで、マグマだね)
こうして離れて様子を窺っていても、強い熱を感じ、汗が噴き出してくるんだ。
メキメキ ボボオッ
巨人の手が進路の邪魔をする木をへし折ると、その木が燃え上がった。
倒れた木は、地面の草木に炎を移し、それが燃え広がっていく。
(……うわぁ)
歩くだけで被害甚大だ。
見れば、『赤熱の巨人』が歩いてきた道は、1本線のように黒く焦げていて、周辺にも飛び火が散っている。
(接近戦なんて、とてもできないぞ)
剣で斬るなんて、無理。
斬る前に、こっちの身体が燃え上がってしまうだろう。
となれば、
(遠距離戦しかないね)
僕は、覚悟を決めた。
ポン
それを見計らったように、イルティミナさんの白い手が僕の肩に置かれた。
彼女を見る。
「それでは手筈通りにやりましょう、マール」
「うん」
その言葉に、僕は頷いた。
どう戦うかについては、昨夜の内に、宿屋でしっかりと話し合ったんだ。
(上手くいきますように)
そう願いながら、僕ら2人は動き出した。
◇◇◇◇◇◇◇
耐熱ローブを装備しながら、僕は『赤熱の巨人』の正面100メードの位置に立った。
巨人が気づく。
『グォオオオッ!』
咆哮を上げると、魔物の闘争本能に従って、こちらへと襲いかかってきた。
(今だ!)
ザシュッ
僕は、逆手に構えた『大地の剣』の先端を、地面へと突き立てる。
「大地の破角!」
叫び、魔法を発動した。
ドゴン ドゴゴォン
巨人の足元の地面から、鋭く尖った黒い角が十数本も飛び出した。
それは、巨人の両足にぶつかる。
バキキッ
何本かが砕けた。
けれど、残った黒い角たちは、巨人の足を挟み込み、その動きを止めてみせる。
(よしっ)
黒い角は赤く灼熱し、その表面が溶け始めた。
このままでは、角は壊れ、巨人は再び動き出すだろう。
その前に、
「イルティミナさん!」
僕は叫んだ。
僕より15メード後方に待機していたイルティミナさんは、その手にある『白翼の槍』を天高く掲げていた。
その真紅の瞳と赤い魔法石が光輝く。
そして、
「羽幻身・七灯の舞」
その声と共に、空中に7本の『光の槍』が生み出された。
ビュッ
イルティミナさんの手が槍を前方に振るうと、7本の『光の槍』は『赤熱の巨人』めがけて飛来する。
ドパパパァン
凄まじい轟音と衝撃が響いた。
『金印の魔狩人』の魔法攻撃によって、巨人の肉体は損傷し、溶岩のように赤く光る体液を撒き散らしていく。
ボジュッ ボボオッ
光る体液のかかった地面と木々が燃え上がった。
『グォオオオ……ッ!』
苦痛と怒りで、巨人が吠える。
生命力の高い巨人は、1撃では倒せなかったみたいだ。
(あと一押しか!?)
その時、『赤熱の巨人』を足止めていた黒い角が融解し、
バキィン
巨人の足によって砕かれた。
(まずい!)
僕は蒼白になり、第2射を放とうとする。
けれど、その前に、
「羽幻身・一閃の舞!」
イルティミナさんの雄々しい声が響いた。
槍の魔法石から吹き出す光の羽根たちが、イルティミナさんにそっくりな巨大な『光の女』の上半身を作り上げる。
その光の手には、巨大な『光の槍』があった。
「はっ!」
イルティミナさんが槍を振り下ろした。
それに合わせて、『光の女』も手にした『光の槍』を、こちらへ走り出そうとしていた『赤熱の巨人』めがけて振り下ろす。
ザキュン
光り輝く槍の刃は、巨人の胴体を袈裟切りに斬り裂いた。
ボパァアン
まるで傷口から破裂するみたいに2つになり、『赤熱の巨人』は体液を噴き上げながら、仰向けに倒れていく。
その全身に炎が燃え広がっていた。
「…………」
やった……のかな?
巨人は倒れたまま動かず、ただ炎だけが巨体と周囲を焼いている。
…………。
うん、倒したみたいだ。
(ほぅぅ……)
僕は、安堵に大きく息を吐く。
と、そんな僕の汗にまみれた髪を、後ろからやって来たイルティミナさんの手が優しく撫でてくれた。
「お疲れ様でしたね、マール」
優しい微笑み。
僕は笑った。
「イルティミナさんもお疲れ様。凄かったよ」
「ふふっ」
僕の労いに、イルティミナさんは笑みを深くしてくれる。
それから僕たちは、周辺の消火活動をした。
具体的には、燃えている木々を倒し、その外側の木々も倒して空間を作り、それ以上、燃え広がらないようにしたんだ。
あとは、大地を吹き飛ばして、その土で消火したりね。
(ソルティスがいたらなぁ)
魔法の水で消してもらえるのに……なんて作業中は思ったり。
ま、彼女も別のクエストでがんばってるんだ。
僕も僕なりにがんばろう。
そうして半日かけた消火作業も終えて、僕とイルティミナさんは、王都ムーリアへの帰路についたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
10日後、僕らは王都ムーリアに帰還した。
冒険者ギルドに戻ると、
「あ、おかえり~」
そんな僕らを、意外なことにソルティスが、ギルド2階のレストランで食事をしながら出迎えてくれた。
隣でポーちゃんも、ペコッと頭を下げてくる。
(あれ?)
僕は驚いた。
ソルティスとポーちゃんの2人は、別の討伐クエストで、僕らよりも遠い南西部の街へと行っていたはずだ。
つまり、まだ王都に帰っていないはずなんだけど……。
「2人とも、どうしたのです?」
イルティミナさんも、びっくりしたように問いかけている。
ソルティスとポーちゃんは、互いの視線を交わした。
それから、ソルティスがため息を一つ。
「聞いてよ。それがさぁ、私たちが2週間かけて目的の街まで行ったら、依頼が取り消されちゃってたのよ」
はい?
依頼が取り消しって、
「……そんなことあるの?」
僕は初耳だ。
イルティミナさんも目を丸くしている。
「何か手違いでもあったのですか?」
「ううん」
姉の問いに、妹は紫色の柔らかな髪を散らしながら、首を横に振った。
そして、
「手違いっていうか、私たちが到着する前に、その対象の魔物がいなくなっちゃったのよ」
と言った。
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