487・フレデリカの誘い
第487話になります。
よろしくお願いします。
「キルトたちのことは、他の皆には言わないようにしましょうね」
「うん、そうだね」
アーノルドさんの2度目の求婚については、僕ら夫婦だけの胸の内にしまっておくことにした。
そうして祝宴会場に戻る。
しばらくして、キルトさん、アーノルドさんも戻ってきたけれど、2人は表情に出すこともなく、誰も気づく様子はなかった。
でも、少し観察してると、
(あ、まただ)
キルトさんは無自覚に、何回かため息をついていたりした。
う~ん?
「キルトなりに思うことはあったみたいですね」
「うん」
それがどういう心境なのかはわからないけれど、アーノルドさんの思いに全く無関心ではいられないみたいだった。
僕は首をかしげながら、
「思い切って、結婚しちゃってもいいと思うけどな、キルトさん」
と呟いた。
アーノルドさんのこと、嫌いではなさそうだし、結婚したあとで好きになっていく場合もあると思うんだ。
少なくとも僕は、結婚して幸せだし。
「…………」
そんなことを考える僕の顔を、イルティミナさんがジッと覗き込んでくる。
(ん?)
困惑していると、彼女は少し困ったように笑った。
「今の言葉は、マールからキルトに言わない方が良いかもしれません」
「え?」
なんで?
戸惑う僕に、
「なんとなくです」
僕の奥さんは、そう微笑んだ。
それから、その白い手で僕の髪を優しく梳いてくれる。
心地好い感触。
僕は青い瞳を伏せながら、
「……うん。イルティミナさんがそう言うなら、そうするよ」
と、頷いた。
彼女も「はい」と頷いた。
そんな風にして、僕らはアーノルド王即位の祝宴の食事会での時間を過ごしたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
アーノルドさんが正式に新たな王となったことで、ヴェガ国首都カランカも大賑わいとなった。
7日間は、祝いの祭りが続くそうだ。
即位翌日には、新王アーノルドさんを乗せた獣車の群れが街中へとパレードを行い、国民から大歓声を受けていた。
(熱気が凄いなぁ)
その獣車の1台に乗せられて、僕らもパレードに参加していた。
通りには、たくさんの出店が並び、大道芸人たちが自分たちの技を披露し、そこに集まった人も笑顔を弾けさせ、料理やお酒を片手に、新王へと声援を送っている。
パパァン パパパァン
歓声に混じって、爆竹みたいな物が弾ける音が響く。
空にも、昼間なのに花火が打ち上げられ、それは夜になっても続けられるそうだ。
「わぁお……」
初めて見る異国の賑わいに、ソルティスも目を丸くしている。
その光景を見ていると、なんだか4年前のシュムリア国王の生誕50周年式典の王都ムーリアを思い出しちゃったよ。
そう伝えると、
「ふふっ、確かに」
「国の慶事じゃからの。それを国民が祭りとして祝うのは、どこの国でも変わらぬようじゃ」
2人のお姉さんたちも笑って、頷いていた。
ポーちゃんも、それなりに興味を惹かれたのか、いつもの無表情のまま、笑顔の人々を眺めていた。
ちなみに、フレデリカさんは、アルン使節団と一緒で別の獣車なんだ。
(ちょっと残念)
そちらの獣車に視線を送ると、
「あ」
フレデリカさんも、ちょうどこちらを見ていたみたいで、お互いに気づいた。
パタパタ
手を振ると、彼女も笑って振り返してくれる。
あは、嬉しいな。
「コホン。マール、ほら、あそこに珍しい物が売っていますよ? ヴェガ国の伝統料理でしょうかね?」
と、イルティミナさんが席を移動して、僕の前に来た。
視界が遮られたので、フレデリカさんの姿は見えなくなってしまう。
(あらら……)
ちょっと驚きつつ、
「え、どれ?」
「ほら、あそこです」
僕は自分の奥さんに問い返し、彼女は笑顔で、その出店の場所を教えてくれる。
(本当だ、美味しそうだね)
そんなことを思って、ふと見ると、キルトさんが苦笑し、ソルティスが小さく肩を竦め、ポーちゃんは少女の真似をしていた。
(???)
はて、なんだろう?
僕はキョトンとして、首をかしげてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「マール殿。もしよかったら、これから私とカランカの街を散策してみないか?」
即位式から3日後。
朝食を食べ終えた時に、フレデリカさんにそう誘われた。
(街に?)
驚く僕の隣で、
「何を勝手な誘いをしているのですっ?」
と、イルティミナさんが憤慨したように青髪の麗人さんを睨みつける。
でも、フレデリカさんは澄ました顔だ。
「私は、マール殿に訊ねている。それとも貴殿は、マール殿の意思よりも自身の感情の方を優先するのか?」
「っっ」
イルティミナさんは唇を噛み締める。
けどすぐに、
「この子は、私の夫です」
「知っている。だが、私は、単に散策に行かないか誘っているだけなのだが?」
「……フレデリカ」
「貴殿は、どうも穿った見方ばかりをするようだ」
彼女は、ため息をこぼす。
それから改めてイルティミナさんを見て、
「この祭りが終われば、私たちもそれぞれの母国に帰る。私はその前に、久しぶりに会ったマール殿と話せる時間を持ちたかったのだ」
「…………」
「それすらも、駄目か?」
フレデリカさんの碧の瞳は、静かに僕の奥さんを見つめている。
少し緊張した空気。
(……なぜ、こんな空気に?)
僕は、ちょっと戸惑った。
キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの3人は、様子を窺うように黙ったまま見守っている。
やがて、
「……全ては、マール次第です」
「もちろんだ」
イルティミナさんが硬い声で答え、フレデリカさんは頷いた。
2人の視線が僕を向く。
ビクッ
僕は思わず、背筋が伸びてしまった。
そんな僕を安心させるように、フレデリカさんは穏やかに微笑んで、
「どうだろうか?」
と聞いてきた。
(う、う~ん)
正直に言えば、お祭りをしているカランカの街に行ってみたい気持ちは強かった。
それに、フレデリカさんともうすぐお別れと思うと、やっぱり、もっとお話ししてみたいなという思いもある。
……あるんだけど。
チラッ
僕は、イルティミナさんの様子を窺う。
「…………」
彼女は口を挟まず、僕の決断を尊重してくれるつもりで、ジッとこちらを見つめている。
だけど、さっきのやり取りを見るに、
(イルティミナさんは、行って欲しくないのかな……)
と思った。
でも、行かないと言ったら、フレデリカさんが悲しむ。
それにもしかしたら、僕が自分の気持ちを押し殺してしまうことに、イルティミナさんも妙な責任や罪悪感を感じてしまうかもしれない、という風にも思えたんだ。
……どうしよう?
色々と考えて、
「じゃあ、僕とフレデリカさんとイルティミナさんの3人で散策しようよ?」
結局、そう答えた。
白と黒、2人のお姉さんは驚いた顔をする。
それから、お互いを見る。
「まぁ、それならば」
「私も、マール殿がそれを望むならば、それでいい」
2人一緒に頷いた。
(ほっ)
僕は、なんだか一安心だ。
キルトさんは苦笑している。
ソルティスは「私、知~らない」と呆れ気味に答え、その隣で、ポーちゃんは無関心に1人で食後のお茶を飲んでいた。
…………。
ま、まぁ、いいんじゃないかな。
(イルティミナさんとフレデリカさんって、一見、仲が悪そうに見えて、実は意外と仲良かったりするし)
3人でいるのも悪くないと思うんだ。
僕は頷き、
「じゃあ、決まり」
と笑った。
2人のお姉さんも優しく笑って、頷いてくれる。
そうして僕とイルティミナさんとフレデリカさんの3人は、新国王の誕生に賑わうヴェガ国の首都カランカの街へと出かけることになったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




