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486・求愛

第486話になります。

よろしくお願いします。

 新国王となったアーノルドさんの挨拶や各国の祝辞などが終わり、即位式が終わると、そのまま祝宴の食事会が開かれた。


「うひょお……美味しそう♪」


 食事会で出された見目麗しい宮廷料理に、ソルティスは歓声をあげる。


 僕も目を輝かせちゃったよ。


 立食形式なので、自由に移動して、好きな料理をお皿に乗せて食べることができるそうだ。


(そういうことなら……)


 ヒョイ ヒョイ


 祝宴が始まると、僕とソルティスは、遠慮なく、自分たちの目に着いた料理をお皿に山盛りに乗せていった。


 そんな僕らに、イルティミナさんと合流したフレデリカさんは苦笑している。


 でも、僕は思う。


(遠慮してたら勿体ないよ?)


 だって、新国王の即位を祝う料理を好きに食べられるなんて、こういう機会は一生に1度しかない特別なものだろうから。


「その通りよ!」


 ソルティスも大きく頷いた。


「むしろ、遠慮して食べないなんて、そっちの方が無礼じゃない?」

「うんうん」


 僕ら2人の言葉に、真似っ子のポーちゃんも横で『うんうん』と頷いている。


 お姉さん2人は顔を見合わせ、


「まぁ、一理ありますね」

「そうだな。我々も遠慮なく、頂くことにしようか」


 と頷いていた。


(うん、それがいいよ)


 ようやくたくさん料理を食べ始めたイルティミナさんとフレデリカさんに、僕は笑った。


 ここはヴェガ国。


 シュムリア王国やアルン神皇国とは違って、礼儀作法にはそこまで拘っていなさそうな文化もある。よく言えば、大らかな文化だ。


 食事だって、手掴みで食べたりする。


 周囲にいるシュムリア、アルン以外の人たちも、皆、歓談しながらモリモリと料理を食べていた。


 と、その中にオルトゥさんを見かけた。


(ん?)


 彼女は、シュムリア使節団の人たちと一緒にいたキルトさんに近寄って、何かを耳打ちしていた。


 キルトさん、少し驚いた顔。


「わかった」


 そう答えたみたいで、彼女は、集まっていた他の人々と別れて、祝宴会場の外へと歩きだした。


 オルトゥさんは、その背中を見つめる。


 少し切なそうな瞳だ。


 ため息をこぼして、彼女も、人混みの奥へと消えてしまった。


「…………」


 そういえば、いつの間にか、オルトゥさんの護衛対象であるはずのアーノルドさんの姿も会場にはなくなっていた。


 さっきまで、多くの人に挨拶されていたのに……どこへ?


 コトッ


 気になった僕は、お皿をテーブルに置いて、キルトさんの消えた方へと行ってみることにした。


「マール?」


 気づいたイルティミナさんが声をかけてくる。


(おっと……)


 僕は、手早く説明して、


「イルティミナさんも一緒に行く?」

「はい」


 彼女は頷いた。


 ソルティスは宮廷料理を堪能しているし、ポーちゃんはそんな少女のお世話に奔走している。フレデリカさんは、アルンの使節団の人と会話をしていた。


(うん)


 僕は、イルティミナさんと手を繋ぎ、夫婦でこっそりと祝宴会場をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 外は陽が落ちて、美しい星空が広がっている。


 宮殿の廊下には、篝火や魔光灯が灯されていて、壁や柱に使われている黄金や魔法石がキラキラと輝いていた。


 僕とイルティミナさんは、そんな通路を進む。


(こっちかな?)


 よく知ったキルトさんの匂いが残っている。


 それを追いかけていくと、段々と人気のない区画になっていった。


 匂いが強くなっていく。


 そして1つの角を曲がろうとした時、急にイルティミナさんの白い手が僕の肩をグッと押さえた。


(え?)


 振り返ると、彼女は唇に人差し指を当てている。


 それから、その指が角を曲がった先の前方を示した。


(あ……)


 そこは、宮殿内に作られた庭園に面した空間だった。


 紅白の月明かりが差し込み、涼やかな夜風が吹き抜けていくその場所に、アーノルドさんとキルトさんの2人が立っていたんだ。


 僕とイルティミナさんは気配を殺し、角からソッと様子を窺う。


 すると、


「このような場所に呼び出して、何の用じゃ、アーノルド?」


 そんなキルトさんの声がした。


(ふぅん?)


 どうやらあの時、オルトゥさんはアーノルドさんの伝言を伝え、キルトさんはそれに応えてここに来たみたいだ。


 アーノルドさんは笑った。


 白い牙が覗き、その頭上で王冠が月光に輝いている。


「すまないな。久しぶりに、2人で少し話がしたくなった」

「ふむ、別に構わぬが」


 キルトさんは頷いた。


 そこから数秒間、2人は何も語らず、ただ見つめ合ったまま、静かな沈黙だけが広がった。


 やがて、アーノルドさんが口を開いた。


「綺麗だな」

「ぬ?」


 キルトさんは怪訝そうな顔をする。


「お前は綺麗だと言ったのだ、キルト・アマンデス」

「…………」


 繰り返された言葉に、キルトさんは驚いた様子だ。 


 すぐに苦笑して、


「なんじゃ、酒に酔ったのか?」

「いや」

「それならば、この衣装のせいであろ。慣れぬ姿は物珍しく感じるものじゃよ」


 そう言いながら、肩を竦める。


 今のキルトさんは、祝宴に出席するためのドレス姿だった。


 黒を基調とした身体にフィットしたドレスで、大きく開いた胸元には、宝石のたくさんついた首飾りが飾られている。豊かな銀髪は、頭の上に結い上げられていた。


 確かに、綺麗だ。


 でも、アーノルドさんの獅子の瞳は、優しく、そして真剣だった。


「いいや、お前自身の魅力だ」

「…………」

「3年前と変わらない。いや、それよりも美しくなったな」


 その視線と言葉に、キルトさんは居心地が悪そうだった。


 吐息をこぼし、


「それで、話はそれだけか?」


 話題を変えるように、そう聞いた。


 涼やかな風が吹く。


 アーノルドさんの獅子の毛並みが、柔らかく揺れていた。


 彼は言った。


「1年前、お前が『金印の魔狩人』を引退したと聞いた。それはシュムリア王国の守護を背負っていた、お前の重荷が消えたのと同義だろう?」

「…………」

「それを知って、俺は、改めて強く思った」


 獅子の瞳が、強くキルトさんを射抜く。


「キルト・アマンデス、どうか俺の妻となってくれないか?」 

「!」


 キルトさんは息を呑む。


 ギュッ


 イルティミナさんも驚いたのか、僕と繋いでいる手に強く力がこもった。


(いや、僕も驚いたよ)


 見つめる先で、アーノルドさんは瞳を伏せる。


「一度は、求婚を断られた身だ。女々しいと笑われるかもしれない。だが、俺はどうしても、この目の前にいる世界最高の女を諦める気にはなれんのだ」


 最後は、強い眼差しでキルトさんを見た。


 キルトさんは、沈黙している。


「あの時とは違い、今のお前は自由だ。あれから3年、俺も王家の人間として、他の女を妻にすることも考えた……だが、やはりお前以上に国母に相応しい女はいなかった」


 ドッ


 彼の手が、自分の胸を叩く。


「そして、俺自身のここ(・・)が惹かれる女もだ」

「…………」

「もう一度、言おう、キルト・アマンデス。どうか、俺の妻となってくれないか?」


 自身の胸に触れた手が、キルトさんへと伸ばされた。


 ドキドキ


 思わぬ告白の現場を見てしまって、僕の心臓は早鐘となっていた。


 寄り添うイルティミナさんの心音も早く、その体温も高くなっているのが伝わってくる。


(ど、どう答えるんだろう、キルトさん?)


 僕らは、瞬きも忘れて、彼女を見つめる。


 キルトさんは、少し困った顔をしていた。


「……馬鹿な男じゃの、アーノルド」


 そう吐息をこぼす。


 呆れたような、でも、とても優しい表情での吐息だった。


「なぜ、わらわのような女をそうも慕うのか? じゃが、1人の女として、そうまで求められることは嬉しく思うぞ」


 アーノルドさんの表情が輝いた。


「なら?」

「いいや」


 キルトさんは首を横に振った。


 銀髪の毛先が揺れて、キラキラと輝いている。


「そなたが馬鹿なように、わらわも馬鹿な女での。ヴェガの国母となるような栄誉は、やはり受けられぬ」

「…………」

「…………」

「理由を聞いてもいいか?」

「ふむ」


 キルトさんは呟き、広がる夜空を見上げた。


「自由が楽しいのじゃ」

「…………」

「人々のために戦う日々も悪くなかった。しかし、それを終え、わらわはようやく自由となった。それを、まだ満喫し切っておらぬ」


 キルトさんの手が、何かを求めるように夜空に伸ばされた。


 キュッ


 その手が握られる。


 再び開かれた手のひらには何もなく、けれど、キルトさんは優しい眼差しで自分の手の中を見ていた。


 アーノルドさんは沈黙する。


 そして、


「では、誰か他に心に決めた相手がいるわけではないんだな?」

「心に決めた相手?」

「そうだ」


 彼は頷いて、


「例えば、マールとか」


 と言った。


(え? 僕?)


 思わぬところで自分の名前が飛び出して、ちょっと驚いてしまった。


 ギュッ


 繋いだイルティミナさんの指に、万力みたいに力がこもった。い、痛いよ……っ?


 キルトさんは瞳を伏せ、


「さての」


 と、優しく微笑した。


 その返答に、アーノルドさんは、どうにも判断しかねるといった顔だった。


(いやいや)


 そんなわけないじゃないか。


 第一、今の僕は、イルティミナさんの夫なんだよ? これからキルトさんと結婚できるわけでもないのに。


「……だからこそ、ですよ」


 イルティミナさんは、ポツリと呟いた。


 え?


 その顔を見るけれど、彼女は何も言わず、キルトさんの横顔だけを見つめていた。


 アーノルドさんが聞いた。


「どうしても、駄目か?」

「ふむ」


 その言葉に、キルトさんは少し考える仕草をして、


「そうじゃの。あと10年もして、わらわが誰の女でもなく、そなたの気も変わっていなかったなら、考えてやらぬでもないぞ?」


 と、おどけるように言った。


 明らかに冗談とわかる口調だった。


 でも、


「本当か!?」


 その言葉を、冗談にしない男の人がいた。


「わかった。言質は取ったぞ、約束だ。10年後、お前は俺の妻になれ!」

「ぬ?」


 キルトさん、驚いた顔だ。


 アーノルドさんは、嬉しそうに笑っている。


 冗談だとはわかっていて、それでも、キルトさんを手に入れるために、それがわからなかったふりをして約束にしてしまったんだ。


「おい、アーノルド」


 キルトさんは少し焦った。


「そなた、本当にわかっているのか? 10年後は、わらわは43の中年の女じゃぞ?」

「構わん!」


 彼は笑った。


「お前ならば、またその時に生まれる美しさに輝いているだろう。あぁ、今からその時が楽しみだ!」

「…………」


 キルトさんは呆気に取られたように、白い牙を見せて笑う獣人さんを見つめていた。


 やがて苦笑して、


「……やれやれ。そなたは、本当に馬鹿な男じゃの」


 そう吐息をこぼした。


 でも、その熱意は確実にキルトさんの胸にまで届いているみたいだった。


(…………)


 凄い場面を見ちゃったな。


 なんだか、これ以上盗み聞きをするのは申し訳なくて、僕らは廊下の角から身を引っ込めた。


 イルティミナさんと視線が合う。


 どちらからともなく、息を吐いた。


 ふと見上げた夜空には、美しい紅白の月が並び、輝いている。


 アーノルドさんとキルトさん。


 ヴェガ国の新国王と稀代の英雄。


 そんな2人の約束は、夜空に輝く2つの月だけを証人にして、この『黄金の宮殿』の片隅で交わされたんだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 食事時のソルティスとマールの輝き様が好き(笑) ヴェガ国のおおらかな食事作法も二人にはマッチしてそうですし……ね^_^ [一言] アーノルドの二度目の告白で…
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