484・狂霊との戦い
第484話になります。
よろしくお願いします。
『王子の歩む道の邪魔はさせない!』
護衛騎士の矜持か、オルトゥさんが抜剣し、僕とキルトさんの間を抜けて『5人の凶王』へと襲いかかった。
(え!?)
突然の行動に、僕は驚く。
狼の獣人であるからか、その瞬発力は凄まじく、彼女はあっという間に1人の『凶王』の前に立った。
「いかん!」
キルトさんが叫んだのと、オルトゥさんが斬りかかったのは同時だった。
バシュッ
オルトゥさんの剣が赤く輝く凶王の身体を袈裟切りにする――けれど、それは斬ったというより、すり抜けたという感じだった。
手応えのなさに、オルトゥさんは目を見開く。
そんなオルトゥさんめがけて、凶王は手にした剣を上から振り下ろした。
ザシュッ
「が……っ」
間一髪、キルトさんがオルトゥさんの襟首を掴んで後方に引っ張り、彼女は胸部を浅く斬られただけで済んだ。
それでも鮮血が通路の床に落ちる。
「オルトゥ!」
アーノルドさんは真っ青になって、彼女に駆け寄る。
キルトさんは、そんな2人を守るように『5人の凶王』の前に立ち塞がり、その手の『雷の大剣』を牽制するように横薙ぎに振るった。
バヂヂィン
青い稲妻が弾け、『5人の凶王』は下がる。
「マール、治療を!」
「うん!」
キルトさんの指示に頷き、僕はオルトゥさんの前にしゃがんで、回復魔法を発動させた。
「癒し光よ、この人を助けて! ――ラ・ヒーリオ!」
パァアア
剣先でタナトス魔法文字を描き、その剣でオルトゥさんに触れると、生まれた緑色の光がその胸の傷を癒していく。
浅手と言っても、結構、傷は深く見える。
(キルトさんがいなかったら、オルトゥさんは、斬り殺されてたかもしれない……)
その事実を悟った。
オルトゥさんは、痛みが引いてきたのか、少し表情が和らいだ。
アーノルドさんも、座った彼女を背中から支えたまま、安心したように息を吐いた。
僕は、キルトさんを見る。
銀髪の美女は、こちらに背中を向けたまま、
「この者たちは霊体じゃ。今、見たように通常の武器では傷をつけられぬ。タナトス魔法武具を使え、マール」
そう警告した。
(そっか)
それでオルトゥさんの攻撃は通じなかったのか。
僕は頷こうとして、少し考える。
オルトゥさんの傷は塞がったけれど、僕の回復魔法は、あまり精度が高くない。無理に動かしたくないと思った。
となると、
「アーノルドさん」
僕は言いながら、持っていた『大地の剣』を彼へと差し出した。
アーノルドさんは驚いた顔だ。
僕の行動にキルトさんも気づいて、「マール?」と怪訝そうな顔をしている。
僕は言った。
「これは、魔法の剣なんだ。凶王たちにも通じると思う。だから、これを使って、オルトゥさんを守ってあげて」
「いいのか?」
「うん」
僕は、大きく頷いた。
アーノルドさんは、戸惑い気味に『大地の剣』を受け取ってくれる。
タナトス魔法武具は、契約者以外にはその魔法の力を使えないけれど、その金属には魔力を流せる。その刃ならば、凶王の霊体も斬れるはずだ。
身を守ることはできるはず。
オルトゥさんは、歯を食い縛って、立ち上がろうとする。
アーノルドさんを守るのが自分の役目、その気概が伝わって来るけれど、足元はフラついているし、きっとアーノルドさんだって負傷した彼女を守りたいはずだ。
僕とアーノルドさんの視線が交わる。
「わかった。借りるぞ」
「うん」
僕は頷く。
そんな僕へと、アーノルドさんは心配そうに問いかけた。
「だが、お前はどうする、マール? 魔法の剣でなければ、あの凶王たちとは戦えないのだろう?」
その通りだ。
でも、大丈夫。
僕は、腰ベルトに提げてあった『妖精の剣』を鞘から抜き放った。
シュラン
青い半透明の片刃の刃が煌めく。
僕が、これまでの人生で一番長く使ってきた愛用の剣だ。
その性能は凄まじく、けれど、残念ながら魔法の力を秘めた剣ではない。当然、『5人の凶王』には通じないだろう。
けど、
「神武具、その力を貸して」
僕は告げる。
その思いに反応して、腰ベルトのポーチに入っていた虹色の球体が砕け、光の粒子となって『妖精の剣』へとまとわりついた。
生み出されたのは、『虹色の鉈剣』だ。
神化。
そう、神気の力を宿した『虹色の鉈剣』ならば、あの凶王たちの霊体にも通じるはずだと思ったんだ。
リィィン
それを裏付けるように、美しい鉈剣はかすかに振動した。
僕は笑う。
キルトさん、アーノルドさん、オルトゥさんの3人は、驚いたように僕の手にある『虹色の鉈剣』を見つめていた。
『5人の凶王』も魅入られたように、その刃の輝きを見ていた。
僕は、その鉈剣を手に歩み、キルトさんの隣に立つ。
「お待たせ」
前を見据えたまま、言った。
キルトさんは苦笑する。
「そなたは、本当に頼もしい弟子に育ったの」
そして前を向き、表情を改める。
手にした『雷の大剣』を前方に突きつけ、
「よし! では、あの『5人の凶王』どもを共に狩るぞ!」
そう獰猛な声で告げた。
(うん!)
僕は大きく頷き、そして、キルトさんと一緒に『5人の凶王』へと挑みかかっていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁっ!」
僕は『虹色の鉈剣』を凶王の1人へと振るった。
ヒュゴッ
凶王は、それを霊体の剣で受けようとする――けれど、神気を宿した鉈剣の刃は、それを霧散させるように打ち砕き、その肉体へと突き刺さった。
触れた肉体が蒸発するように消えた。
『っっ』
凶王は慌てて下がり、その霊体は、周囲の赤い輝きが集まって、ゆっくりと修復される。
(よし、通用する!)
その事実を確認した。
一方で、凶王の表情は憤怒に染まっていた。
『許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ、許サヌ……!』
狂気と怨嗟の声が呪詛のように響く。
グッ
それに押されぬよう、下っ腹に力を込めて、僕は凶王を睨み返した。
一方で、キルトさんも『雷の大剣』を振るって、3人の『凶王』と戦っていた。
バヂィイン
大気に弾ける青い雷光。
それは、凶王の霊体も焼くらしく、彼らは忌々しそうに後退を余儀なくされていた。
(向こうは、任せて大丈夫)
そう確信する。
と、残ったもう1人の凶王が、僕らの間を抜けて、アーノルドさん、オルトゥさんの方へと向かった。
(あ)
凶王の振るった『赤い霊剣』を、アーノルドさんの『大地の剣』が受け止める。
「簡単にやられるか!」
アーノルドさんは不敵に笑い、祖先となる凶王に叫んだ。
オルトゥさんは、傷を押して、普通の剣を構えて凶王に挑もうとしているけれど、その剣は、やはり通じていなかった。
(いけない)
数の不利で、護衛対象のアーノルドさんを危険に晒してしまった。
その事実に、僕は覚悟の足りなさを自覚する。
……よし。
あの2人なら、見られても構わないだろう。
息を吸い、
「――神気開放!」
そう叫んだ。
体内にある神気の蛇口を開き、マグマのように熱い力を全身へと巡らせる。
頭部と臀部に、獣の耳と尻尾が生えていく。
パチッ パチチッ
放散する神気が、周囲で白い火花を散らした。
僕の変化に、目の前にいた凶王は、驚いた顔をしていた。
そして、神気の輝きが苦手なのか、その表情が苦しそうに歪んでいる。
タンッ
その隙をついて、僕は後方へと跳躍した。
神狗の凄まじい脚力は、一瞬で、僕の小さな身体をアーノルドさんと戦っている凶王の背後へと移動させてくれた。
『!?』
気づいた凶王が、こちらを向く。
その時には、僕の手にした『虹色の鉈剣』は、その肉体をヒュコンと縦に切断していた。
真っ二つになった赤い霊体が揺らめく。
凶王の2つになった顔は、驚き、そして苦悶の表情を浮かべて、
「やぁっ!」
ヒュッ ヒュオオンッ
僕は、そこに容赦なく神気を宿した刃の連撃を叩き込んでいく。
赤い霊体が細切れになった。
そして、蒸発するようにその輝きが大気に溶けて、ゆっくりと消えていく。
『ウォオオオオ……ッ!』
怨嗟の声だけが木霊する。
でも、それも少しずつ小さくなり、やがて聞こえなくなった。
(……よしっ)
凶王の1人を倒せたのだ。
それを確認して、僕は大きく息を吐く。
すぐに集中し直して、さっきまで向き合っていた凶王の1人へと向き直った。
ヒュン
手にした『虹色の鉈剣』を血液を払うように、軽く振る。
虹色の残滓が光り、それは『神狗』と呼ばれる神獣の子の姿を神々しく照らしていった。
『……っっ』
目前の凶王は、その顔に恐怖を浮かべていた。
いや、キルトさんと戦っていた3人の凶王も、仲間の1人がやられたことで驚き、引きつったような顔でこちらを見ていた。
けど、それはすぐに憤怒に染まる。
かつて自分たちが味わった『不幸な死』、それを再び与えようとする存在への怒りと憎しみが上回ったのだ。
4人の凶王たちは、後ろに下がった。
「むっ」
キルトさんが眉をひそめる。
その眼前で、『4人の凶王』たちの赤い霊体が1つにまとまり、巨大化していく。
「…………」
そして現れたのは、身長5メードほどの巨人の霊体だった。
それは『大凶王』とでも呼ぶべき姿。
その顔は人の持つ負の感情全てが凝縮したように醜く歪められ、その大きな全身からは、怒りのオーラのように赤い輝きが立ち昇っていた。
合体し、パワーアップしたのか。
ただ、その代償なのか、その表情は酷く苦しそうに見えた。
それほどの決意と覚悟、そして、その恨みの念に、僕の青い瞳は、しばらくその巨体を見つめてしまう。
少しだけ、悲しかった。
わかり合えたなら、話し合えたなら、平和に終わらせることができたなら……そう思ってしまう。
けど、それが無理なのもわかった。
だから、僕は自らの剣によって、彼らの終わらぬ恨みの念を消し去ることを決意する。
カシャッ
手にした『虹色の鉈剣』を正眼に構える。
キルトさんも、少しだけ哀れみの光を宿した瞳で『大凶王』を見つめながら、『雷の大剣』を横向きに構えた。
…………。
師匠と弟子、2つの呼吸を合わせる。
『オァアアアアォオオオオアアッ!』
まるで泣き叫んでいるような咆哮をあげて、『大凶王』が僕とキルトさんに襲いかかってきた。
キルトさんが呟く。
「――鬼剣・雷光連斬」
途端、タナトス魔法武具に秘められていた雷の力が解放され、その黒い大剣の外側にも青白い雷光が広く放出されていく。
タンッ
キルトさんと僕は、全く同時に前方へと踏み込んだ。
放たれる連撃。
キルトさんの剣と剣の攻撃の合間に、僕の剣の攻撃が挟み込まれ、そして『大凶王』の赤い霊体を切り刻み、消滅させていく。
赤い光が千切れ、空間に煌めいていく。
そして、連撃がやんだ。
キルトさんの長い銀髪がなびき、やがて、その背中に落ちる。舞っていた僕の旅服の裾も、ゆっくりと落ち着いた。
巨大な赤い霊体は、霧散していた。
赤ん坊のような、誰かの複数の泣き声が遠く聞こえた気がして、けれど、それも消えてしまった。
目の前には、何もいなくなった。
「…………」
「…………」
戦いの終わりを確信して、僕とキルトさんは構えを解く。
そんな僕ら2人に、アーノルドさんは瞳を輝かせて拳を握り、オルトゥさんはどこか呆気に取られたような顔で見つめていた。
ふとキルトさんと視線が合う。
お互いに小さく笑った。
そしてキルトさんの手が、弟子である僕を誉めるように、少し乱暴に髪を撫でてくれた。
(えへへ)
少し痛いけど、心地いい。
これで、どうやら『5人の凶王』の襲撃は防げたみたいだった。
あの『凶王』たちがまた復活するのか、それとも、このまま消滅してしまうのかはわからない。
ただできるならば、恨みを忘れ、転生して新しい人生を歩むことになってくれたら……転生者である僕は、そんなことを考えてしまった。
短い黙祷を捧げる。
そして、顔をあげた。
広間にはもう邪魔をする者の姿はなく、最奥には、現実世界へと戻るための出口が白い光を放って開いていた。
「さぁ、帰ろう」
僕は3人を振り返って、笑った。
キルトさん、アーノルドさん、オルトゥさんも笑顔で頷く。
そうして僕らは、白い光の出口を潜り、『獣神の霊廟』で迷い込んでしまった不思議な空間から現実世界へと戻っていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。