483・5人の凶王
第483話になります。
よろしくお願いします。
次期国王となるアーノルドさんを中心に、歴代のヴェガ王たちが車座になって議論を重ねている。
(アーノルドさん、楽しそうだなぁ)
王の重責を知る先人たちからの助言は、何よりも参考になるし、同じヴェガ国の繁栄と安寧を願う者同士の信頼もあったのだと思う。
その話し合いは、30分以上も続いた。
僕とキルトさん、オルトゥさんは、離れた場所で、それを見守っていた。
やがて、
『ありがとう、歴代の王たちよ』
アーノルドさんがそう笑って、話し合いは終わったようだ。
10人の歴代ヴェガ王たちの霊も、満足そうな表情だ。
『――がんばるのだぞ、若き次代の王よ』
そう励ましの言葉を投げかけていた。
アーノルドさんも『あぁ!』と力強く頷いていた。
それから、彼は、ずっと待っていた僕らの存在をようやく思い出してくれたみたいだ。
「すまない、長くなってしまったな」
頭をかきながら、そう謝罪する。
僕は「ううん」と笑って、首を振った。
「色々な話が聞けて、よかったね、アーノルドさん」
「あぁ」
彼は、笑顔で頷いた。
と、これまで黙っていたキルトさんが、その黄金の瞳で、青白い光の肉体をした10人の歴代ヴェガ王を見つめた。
『偉大なるヴェガ王たちよ。この空間から出る方法を知っておるだろうか?』
と、ドル大陸の公用語で問いかけた。
(あ……)
その言葉で、僕とアーノルドさんは、この空間に閉じ込められていた現実を思い出す。
歴代ヴェガ王たちは、頷いた。
その1人が、僕らのやって来た通路を指差して、
『――来た道を戻れ』
と告げた。
僕らは、その通路を振り返る。
すると、来る時にはどこまでも果てしなく続いていたはずの通路の先に、上へと通じる長い長い階段が見えていた。
(あれが出口か)
僕は、彼らを振り返り、
『ありがとう』
と、まだ片言のドル大陸公用語で感謝を伝えた。
歴代ヴェガ王たちは、穏やかに微笑む。
僕も笑った。
それから、ふと思ったことを、アーノルドさんに通訳してもらって、彼らに訊ねてみた。
過去、行方不明となった3人の王子。
彼らも、ここに迷い込んだのか、と。
答えは、
『――そうだ』
と認めるものだった。
(おぉ、やっぱり)
でも、過去においては、その3人の王子は現実世界に戻っていない。それはどうしてなのか、そこも確認させてもらった。
アーノルドさんが通訳する。
すると、歴代ヴェガ王たちの表情が曇った。
しばしの沈黙。
やがて、その1人が口を開いた。
『――そうか、やはり戻れなかったのか』
やはり?
眉をひそめる僕らに、
『――お前たちも気をつけるがいい。この空間には、我らの他に5人の凶王たちも存在しているのだ』
彼らは、そう告げた。
◇◇◇◇◇◇◇
「凶王って、何?」
僕は首をかしげる。
アーノルドさん、キルトさん、オルトゥさんも、その単語の意味はわかっていないみたいだ。
でも、キルトさんは何かに気づいた顔をする。
その視線は、広間にある15個の石棺へ。
(ん?)
僕も視線で追いかけ、そして気づく。
歴代のヴェガ王が眠る石棺は、15個あるのに対して、ここに存在しているヴェガ王の霊たちは10人しかおられない。
5人足りない。
そして、彼らは言った。
5人の凶王、と。
その数字の繋がりは、きっと偶然ではないのだろう。
歴代ヴェガ王の1人が、瞳を伏せる。
『――ヴェガの歴史は長い。その輝かしい表舞台の裏では、しかし、裏切りや暗殺など、ヴェガ国の暗部とも言うべき歴史もあったのだ』
重苦しい声だ。
地位と名声。
その象徴ともなる王位だからこそ、権謀術数による争いもあったのだという。
そうして生まれた、その手を血で染めた王。
また、暗殺され、この世への怨嗟や未練を残して亡くなった王。
ヴェガ国への思いよりも、世界への恨みや他者への嫉妬などが強く、その精神を闇に堕としてしまった『暗黒の王』が歴代ヴェガ王たちの中にいた。
その数、5人。
(それが凶王か)
教えられた事実に、僕は息を呑んでいた。
10人の歴代ヴェガ王たちは言う。
『――奴らは、この空間に潜んでいる。その居場所は、我らにもわからぬ。奴らの目には、次代の王となるお前たちの姿は忌々しいほどの光と見えているだろう』
「…………」
『――気をつけるのだ。ここを出るまで、〈凶王の刃〉はお前たちを狙っている』
重い警戒を告げる声だ。
アーノルドさんの顔色も悪く、その表情は、少し強張っている。
ポンッ
その肩を、彼女が叩いた。
「案ずるな、アーノルド」
豊かな銀髪を揺らし、力強く微笑む。
「わらわたちが護衛としてついているのだ。そなたに『凶王の刃』などは届かせぬ」
「キルト……」
アーノルドさんは驚いた顔だ。
僕も頷いた。
「大丈夫。僕らが必ず守るよ」
そう笑った。
オルトゥさんも僕らの言葉はわからなくても、心は伝わったみたいだ。アーノルドさんを見て、彼女も大きく頷く。
「マール、オルトゥ……」
アーノルドさんは、感じ入ったように僕らの名を呼んだ。
そんな僕らを、10人の歴代ヴェガ王たちが見つめていた。
その眼差しは、とても優しい。
アーノルドさんも、僕らの顔を見つめ返して、大きく頷いた。
「あぁ、必ず帰ろう!」
力強い声。
僕らも大きく頷いた。
広間の中心では、そんな僕らのやり取りを、光を放つ『獣神の像』が静かに見守り続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇
これまでヴェガ国を守ってきた歴代の王たちに挨拶をして、僕らは、その広間をあとにした。
青白い光の10人と『獣神の像』が見送ってくれる。
それを背中に歩み、やがて、僕らは通路の先にある階段を登っていった。
カツン カツン
足音が響く。
「しかし、貴重な経験をしたものだな」
階段を上りながら、アーノルドさんが呟いた。
(うん)
僕らも頷いた。
もしかしたら、次代のヴェガ王がこの『獣神の霊廟』を訪れるしきたりになったのは、かつて同じような経験をした王がいたからなのかもしれないね。
歴代の王からの言葉。
次代の王となる者にとって、これに優る薫陶はないと思うもの。
キルトさんは笑う。
「顔つきが少し変わったの、アーノルド」
「そうか?」
「うむ。ここを訪れる前に比べて、明らかに頼もしくなった」
そう頷く。
アーノルドさんは自覚がないのか、獅子の顔を手で撫でながら、「そうなのか」と呟いていた。
オルトゥさんも、
『ご立派になられましたね、アーノルド王子』
と、ドル大陸公用語で言って、その瞳を細めている。
そんな昔馴染みの護衛騎士の言葉に、アーノルドさんは少し気恥ずかしそうに笑う。
けど、すぐに表情を改め、
「ヴェガという国がこれまで繁栄し、続いて来れたのは、歴代の王たちが国と民を守ってきたからだ。俺も、次の時代へと繋がるように全身全霊で王の役目を務めよう」
そう宣言した。
(……アーノルドさん)
その力強い眼差しは、本当に頼もしい。
僕とキルトさんは微笑み、オルトゥさんは目頭に涙の粒を溜めている。
(うん)
アーノルドさんは、きっと名君になる。
そんな気がした。
そのためには、必ず、この空間から現実世界に帰らなければいけないんだ。
…………。
歴史上、3人の王子がこの霊廟で行方不明になった。
その原因は、やはり『5人の凶王』によって、この空間で殺されてしまったからなのだろう。
(守ってみせるぞ)
僕は、静かに決意する。
と、僕らの歩んでいた階段が終わりを迎えた。
コツン
最後の一段を登る。
そこは、何もない円形の広間になっていた。
僕らがやって来たのとは反対側の広間の壁に、白い光を放つ四角い出口が見えている。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
でも、僕らの足は、そこで止まっていた。
白い光の出入り口。
現実世界へと通じるだろう輝きの前、広間の中央には、赤黒い光によって形作られた5人の獣人の姿があったんだ。
ビリ……ッ
強い殺意。
激しい憎悪に表情が歪み、理性が失われているのがわかる。
全員がマントを羽織り、その手には剣を携え、そして、その頭上には王冠が載っていた。
アーノルドさん、オルトゥさんの表情が強張っている。
(やっぱり、現れたね?)
そんな予感がしていた僕は、心の中で小さく呟いた。
カツン
キルトさんが1歩、前に出ながら、背負っている『雷の大剣』の柄に右手をかけた。
「アーノルドの邪魔はさせんぞ、5人の凶王よ」
鉄の意思を感じる声。
その広がる闘志に応じるように、赤黒い霊体となった『5人の凶王』は、その手にある剣をユラリと持ち上げたんだ。
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※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




