481・光の翼獅子
第481話になります。
よろしくお願いします。
霊廟の下層に降りると、より空気は清浄になった気がした。
(……心地好いな)
僕の肉体が『神の眷属』だからなのかな? この空間は、とても落ち着ける雰囲気だった。
コツン コツン
僕ら8人は、霊廟の通路を歩いていく。
さっき感じた不思議な気配は、今は何も感じられなかった。
やはり気にせいか。
ポーちゃんの様子も、あれから変わらない。
霊廟内を進んでいくと、途中に幾つかの部屋があって、気になった僕らにアーノルドさんが教えてくれた。
「この中は、書庫だ」
「書庫?」
霊廟なのに?
驚く僕に、
「あぁ、ここに眠る歴代の王がその治世で何を成してきたのか。その全てのヴェガ国の歴史が記された書物が保管されている」
アーノルドさんはそう言って、入り口から書庫内を見せてくれる。
(へぇ……)
室内は、たくさんの本棚が並んでいて、まるで図書室みたいだった。
本だけでなく、巻物や石板、獣皮紙などもあって、その時代ごとの記録媒体の違いも感じられるのも興味深い部分だった。
ソルティスも、
「中見ちゃ駄目?」
と、目を輝かせて質問する。
アーノルドさんは苦笑しながら、
「すまないな。ここは、王族だけが閲覧を許される書庫なんだ。その存在を異国の者に教えることも、本来は良くないこととされるかもしれん」
「そうなの……」
ソルティスは、残念そうに吐息をこぼす。
僕は心配になって、聞いた。
「良くないことなのに、いいの?」
「いいさ」
彼は、白い牙を見せて笑った。
「お前たちは、このヴェガという国を救った特別な友人だ。祖先の英霊たちも許してくれるさ」
そうかな?
(……そうだといいな)
僕は心の中で、この霊廟に眠るというアーノルドさんのご先祖様に、書庫の存在を教えてもらったお礼を言っておいた。
ピクッ
(ん?)
その時、書庫の奥に、ふと誰かの気配を感じた。
え? 誰かいるの?
驚きながら、青い瞳を細め、その空間を見つめる。
…………。
いや、やっぱり誰もいない。
薄闇にあるのは、古びた木製の長机と並んだ椅子たち、それとたくさんの歴史資料の詰まった本棚ばかりだ。
(また気のせい?)
でも、見たらポーちゃんの水色の瞳も、僕と同じ場所を見つめていた。
あれぇ……?
僕は首をかしげてしまう。
「どうかしたのですか、マール?」
そんな僕に気づいて、イルティミナさんが声をかけてくる。
それで、他のみんなも気づいて、僕とポーちゃんの2人へと不思議そうな視線を送ってきた。
(う、う~ん?)
僕は迷いながら、さっきも今も、誰かの気配を感じたことを話してみた。
みんな、キョトンとする。
「ちょっと、こんな場所で変なこと言わないでよっ」
ソルティスが怒る。
その顔色が悪いのは、きっとここが霊廟だからだろう。
でも、アーノルドさん本人は、気にした様子もなくて、
「もしかしたら、ご先祖様たちが、ここにやって来た子孫とその友人が気になって、こっそり覗いているのかもしれないな」
なんて笑った。
(そうなのかな?)
この世界には、スケルトンだったり、アンデッドだったり、死者の魔物もいたりする。
僕自身、転生してるんだ。
(それなら、きっと幽霊もいるのかもしれないね)
ただ、その存在は、この世界でも証明されているわけではないみたいだけど……。
ポムッ
考え込む僕の頭に、大きな獅子の手が乗っかった。
「さぁ、先に行こう」
「うん」
笑顔で促すアーノルドさんに、僕も頷いた。
そうして僕らは、再び霊廟の通路を歩きだす。
チラッ
歩きながら、みんなの横顔を見てみるけれど、今の話をそれほど気にしてはいないみたいだ。
「…………」
僕は、手のひらで胸を押さえる。
そこに、漠然と感じる不安。
でも、きっとそれも気のせいなのだと自分に言い聞かせて、僕は顔をあげ、みんなと一緒に霊廟の奥へと進んでいったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
しばらく通路を歩くと、前方が明るくなっていた。
「あそこだ」
アーノルドさんの獅子の顔が、その輝きに照らされながら呟いた。
そこは広間だった。
中央に、巨大な翼の生えた獅子の像――『獣神』の像があって、そこは円形の台座となっていた。
周囲には、石棺が並ぶ。
数は15。
多分だけど、歴代のヴェガ王が眠っているのだと思う。
広間の装飾には、黄金や魔法石もふんだんに使われていて、よく見たら『獣神』の像も、材質は石ではなく巨大な魔法石から掘り出され、作られた物だった。
(煌びやかだなぁ)
それでいて、静謐な空間だった。
前世の寺院みたいだ。
アーノルドさんは、目前にある巨大な獅子像を見上げて、
「幼い頃、父上と共に一度だけ、ここに来たことがある。その時は、母上も一緒だったな」
そう懐かしそうに呟いた。
そんな主人の横顔を、狼の獣人であるオルトゥさんはジッと見つめる。
僕らも、しばし『獣神の像』を見上げ続けた。
やがて、アーノルドさんが1人で台座に上がり、その巨大な像の前で両手を組み合わせながら跪く。
彼は、目を閉じた。
次期国王として、これから国を背負い生きる決意を、全力で守り抜く覚悟を、ここに眠る歴代のヴェガ王たちに心の中で誓っているのだとわかった。
…………。
5分ほど、その祈りの時間は続いた。
やがて、アーノルドさんは立ち上がる。
僕らを振り返って、
「終わった」
そう微笑んだ。
ソルティスは、少し期待外れだったみたいに「これだけ?」と呟く。
アーノルドさんは苦笑し、
「あぁ」
と頷いた。
「祖先への挨拶は終わった。あとは、カランカに帰るだけだ」
そっか。
思ったよりあっさり終わったけれど、まぁ、普通はこういうものだよね。
特別な出来事は何もない。
でも、それが当たり前なんだ。
それに、僕らには大したことはなくても、アーノルドさん自身の心境には、大きな違いが生まれているかもしれない。
祖先への誓い。
そして、自分自身への誓い。
この先のヴェガ王としての重責を担うために、きっと必要なことだったんだ。
僕は笑った。
「お疲れ様、アーノルドさん」
そう労った。
アーノルドさんは驚いた顔をして、それから、小さく微笑んだ。
「あぁ、ありがとう、マール」
静かに頷いた。
そんな僕らに、キルトさん、イルティミナさん、フレデリカさんも微笑んでいる。
ソルティスは『まぁいいわ』という顔をしていて、その隣にいるポーちゃんはいつもの無表情だった。
オルトゥさんは、少し眩しそうにアーノルドさんを見ていた。
これで、やることは終わり。
「さぁ、帰ろうか」
「うむ」
アーノルドさんの言葉にキルトさんも頷き、僕らは『獣神の像』に背中を向けて、やって来た通路を戻っていった。
コツン コツン
石の通路に足音を反響させながら、歩いていく。
背後からの光も遠くなる。
(ん?)
その後ろから、また気配を感じた。
(これも気のせいかな?)
これまでと同じで、また誰もいないんだろうと思いながら、振り返った。
そこに『光る翼の生えた獅子』がいた。
…………。
え?
青白い光で形作られた『獣神』が、通路の中央にポツンと立っていた。
像ではない。
実体のない、光のみで形成された肉体だ。
体長は3メードほど。
その光でできた獅子の瞳が、僕らを見つめている。
ダッ
次の瞬間、その『獣神』が音もなく、こちらへと走ってきた。
(速い!?)
ここは管理された霊廟内、油断していた僕らは、まともな隊列を組んでいなかった。
走る『獣神』の狙いは、アーノルドさんだった。
ブワッ
僕の中の危機感が、一気に臨界に達する。
(何か、まずい!)
「アーノルドさん、逃げて!」
叫びながら、僕は迫りくる光の『獣神』とヴェガ国次期国王である獣人さんの間に身を置いた。
手は、剣の柄にかけている。
僕の叫びで、みんなも気づいた。
「獣神様!?」
振り返り、驚くアーノルドさん。
「何っ!?」
「アドゥ、カッタン!?」
そのそばにいたのは、キルトさんとオルトゥさんの2人だけだった。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃん、フレデリカさんの4人は、少し先に行ってしまっていた。
「マール!?」
「えっ!? 何あれ!?」
「…………」
「あれは……っ!?」
4人は、こちらに来ようとするけど、1歩間に合わない。
そして、キルトさんと護衛騎士のオルトゥさんの2人は、僕と同じようにアーノルドさんを守ろうと、彼の前に飛び出した。
その瞬間だった。
こちらに飛びかかってきた『獣神』の巨体が、恐ろしいほどの輝きを放った。
(うわっ!?)
光の奔流だ。
薄闇に慣れていた僕らの視界は、その輝きで一瞬に奪われてしまった。
「くっ!」
攻撃を食らうことを覚悟し、身を固くする。
光の洪水は、そんな僕の全身をあっさりと飲み込んで、そのまま、その白い輝きで霊廟の通路を全て埋め尽くしてしまった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
作者の新作『回復魔法使いアオイの転生記』(https://ncode.syosetu.com/n9794hf/)が本日(29日)の午後6時頃の最終更新で完結となります。もしよかったら、皆さん、お時間のある時にでもどうかご覧になってやって下さいね。
またマールの物語もいつも読んで下さって、ありがとうございます♪
次回更新は、3日後の月曜日0時以降になりますので、こちらもどうぞよろしくお願いします。