480・獣神の霊廟
第480話になります。
よろしくお願いします。
目の前には、美しい高原が広がっていた。
なだらかな斜面を描く緑の絨毯は、遠方の森まで続き、その先には水色に霞む山々が連なっていた。
綺麗な場所だ。
その高原に、石造りの大きな建物があった。
建物からは、石畳の道が麓の方へと伸びていて、『獣車』を降りた僕らは、その参道のような石畳の道に立っていた。
(ここが『獣神の霊廟』かぁ)
石造りの建物は、とても古く見える。
博識なソルティスの見立てでは、「400年前の神魔戦争より前の時代の建造物かも……」とのことだ。
僕らは、古代の霊廟を見つめる。
「行こう」
アーノルドさんが言い、僕らは頷く。
そうして僕らは、石畳の道を歩いて、『獣神の霊廟』へと近づいていった。
◇◇◇◇◇◇◇
「すまないが、霊廟に入る前に行きたい場所がある」
アーノルドさんが唐突にそう言った。
(行きたい場所?)
驚いたけれど、今回の旅はアーノルドさんが主役で、彼が望むのならば異論はなかった。
僕らは、建物とは違う場所へと向かった。
そこは高原の片隅で、美しい花々が咲いている場所だった。
花壇の中には、通路もある。
そこを歩いていくと、正面に巨大な石碑のような物が現れた。
(……大きいなぁ)
大人の身長よりも高くて、横幅も10メードぐらいある。
石碑には、ドル大陸の文字が無数に刻まれていて、残念ながら、その文字を知らない僕には読めなかった。
でも、静謐な空気だった。
清浄な雰囲気で、なんだか心が落ち着く場所だ。
石碑を眺めていると、
「ここは、歴代の王の家族が眠っている場所だ。石碑には、その名が刻まれている」
と、アーノルドさんが教えてくれた。
そして、
「俺の母も、ここに眠っている」
と付け加えた。
(……そっか)
その訪問の意味を理解して、僕らは頷いた。
狼獣人の女性であるオルトゥさんが、用意していた花束をアーノルドさんに渡す。
アーノルドさんは、それを石碑の前に供えた。
「……母上」
彼は跪き、胸に手を当てて目を閉じる。
その後ろで、僕らも黙祷を捧げた。
…………。
暑い日差しの中、高原を渡ってくる風は、とても涼やかだった。
遠くからは、鳥たちのさえずりも聞こえてくる。
やがて、アーノルドさんは目を開き、立ち上がった。
そんな彼に、オルトゥさんが声をかける。
気遣っているらしい言葉は、ドル大陸の公用語だった。
ここまでの旅の間、彼女は全然喋らなくて、無口な人なのかと思っていたけれど、どうやらアルバック大陸の共通語が喋れなかっただけみたいだ。
僕も、ドル大陸の公用語は喋れない。
でも、イルティミナさんと勉強したおかげで、聞き取りだけはできるようになっていた。
なので、彼女の口にした言葉もわかる。
『今のアーノルド王子を見たら、御母上様も立派になったと褒めてくださることでしょう』
そんな感じだ。
アーノルドさんも微笑んで、『そうか』と答えていた。
…………。
2人は、それなりに親密な雰囲気に見える。
あとで聞いたんだけど、オルトゥさんは平民の出で、昔、アーノルドさんが悪童だった頃の仲間だったんだそうだ。
アーノルドさんが王宮に戻る時、彼女も引き上げたんだって。
他にも、そうして王宮勤めになったアーノルドさんの昔の仲間が何人かいるそうだ。
要するに、
(青春時代を共に過ごした仲間、かな?)
うん、仲が良いはずだ。
更生して、王となるためにアーノルドさんががんばってこれたのも、きっと彼女みたいな仲間がいてくれたからだろう。
2人の様子を見て、そんな風に思えた。
涼やかな風が吹く。
それに僕は青い瞳を細め、小さく微笑んだ。
そうして僕らは、アーノルドさんの母上に挨拶を済ませると、今度こそ『獣神の霊廟』の方へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇
霊廟の正面には、金属製の大きな扉があった。
ヴェガ国王家しか所持が許されていないという『霊廟の鍵』を使って、アーノルドさんがその大扉の鍵を開ける。
ガシャン
思った以上に大きく、重い音が響いた。
アーノルドさんとキルトさんが力を合わせて、重量のある扉を押し開く。
ヒュオ……ッ
冷たい風が奥から吹き付けてきた。
霊廟なので、冷気を起こす魔法が仕掛けられているのかもしれない。
僕らは、その内部へと入った。
「…………」
空気は少し淀んでいた。
埃っぽさもある。
けれど、どこか神秘的な不思議な感覚があって、霊廟ではあっても『怖さ』というものは感じられなかった。
石造りの通路を歩く。
カツン カツン
壁や柱に、足音が大きく反響する。
石の壁には、灯りを放つ魔法石の燭台が並んでいて、視界は保たれていた。
(あ……)
下への階段だ。
「この先に、歴代のヴェガ王と『獣神』を祀った祭壇がある。そこに俺が祈りを捧げることで、次代のヴェガの繁栄を見守ってもらえるのだ」
アーノルドさんの獅子の瞳が階下の闇を見つめ、そう言った。
なるほど。
その次代の王様の肩を、キルトさんが軽く叩いた。
「ならば参ろうか、アーノルド」
「あぁ」
アーノルドさんも白い牙を見せて笑った。
その表情には、力強い決意が満ちている。
(うん)
良い表情だ、そう思った。
そうして、僕ら8人は、階下へと階段を下りていこうとする。
(……ん?)
ふと背後に気配を感じた。
振り返る。
でも、そこには誰もいない。
ただ霊廟の通路が真っ直ぐに伸びているだけだった。
(あれ?)
気のせいかな。
そう思ったけど、
「ポー、どうしたの?」
ソルティスのそんな声が聞こえた。
ふと見たら、少女の隣にいる金髪の幼女も足を止め、僕と同じように後ろを振り返っていたんだ。
…………。
気づいた彼女と目が合う。
ポーちゃんは無表情だったけれど、僕と同じ困惑したような雰囲気だった。
「マール?」
イルティミナさんも聞いてくる。
少し迷いつつ、
「後ろの方で、誰かの気配があったように感じたんだ。でも、誰もいなくて……」
「気配、ですか?」
彼女は驚いた顔だ。
「うん。イルティミナさんは感じなかった?」
僕は聞いてみた。
イルティミナさんは答えずに、僕とポーちゃんが見ていた背後を振り返り、その通路をジッと見つめた。
やがて、
「……ごめんなさい。私には、何も感じられません」
と、申し訳なさそうに言われてしまった。
(そっか……)
「僕こそ、ごめん。ただの勘違いかもしれないから、気にしないで」
謝り、心配させないように笑ってみせた。
そんな僕を見つめ、イルティミナさんも「はい」と頷く。
でも、気配を感じたのが僕1人だったらともかく、ポーちゃんも反応していたのが気になった。
(なんなんだろう?)
僕は、首をかしげる。
それでも『金印の魔狩人』であるイルティミナさんは、何も感じていないみたいだった。
やはり気のせいかな?
そんなことを考えていると、
「どうした、マール殿? 何かあったのか?」
先に階段を下り始めていたフレデリカさんに声をかけられた。
そばで、キルトさん、アーノルドさん、オルトゥさんも足を止め、こちらを見つめている。
僕は首を振った。
「ううん、何でもない。すぐ行くよ」
そう答えて、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんと一緒に階段を下りていく。
カツン カツン
足音が響く。
(…………)
ふと、もう一度、振り返った。
何もない古代の霊廟の通路が、そこには伸びているだけだった。
うん、気のせいだ。
僕は、そう自分に言い聞かせて、前を向く。
……だけど、心の中に少しだけ不安ような感覚が残っていて、それはいつまでも消えてくれなかった。
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