477・アーノルドとの再会
第477話になります。
よろしくお願いします。
「見えた、ドル大陸だ!」
みんなの集まった甲板で、海の向こうに見えた青く霞む大陸の姿に、僕は大きな声を出してしまった。
隣のイルティミナさん、キルトさんも瞳を細めている。
フレデリカさんは、海風になびく青い髪を手で押さえながら、
「あれがヴェガ国か……」
と呟いた。
ソルティスは大きく伸びをしながら「ようやく着いたわねぇ」とこぼし、その横でポーちゃんも少女の動きを真似して、伸びをしている。
シュムリア王国を発って、2ヶ月。
僕らは、ようやくドル大陸東部にあるヴェガ国に到着したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
到着したのは、3年前にも入港した港町だった。
港に停泊する大小たくさんの船舶に、白い外壁が特徴の建物と南国風の樹木が並んだ町並み――当時と変わったところは見られない。
気温は、冬だというのに暖かい。
(このヴェガ国は赤道に近い国みたいだからね)
シュムリア、アルンの貴族が冬の寒さから逃れて、この国で越冬することもあるそうだ。
あ、そうそう。
実は、2ヶ月ほど航海している間に、ソルティス、キルトさんはまた1つ年を重ね、17歳と33歳になった。
ついでに、新年も海上で迎えていた。
なので、今月にはイルティミナさんの24歳の誕生日もあったりする。
来月は、僕も17歳だ。
閑話休題。
そんな僕らの乗ったシュムリア、アルンの大型船が近づくと、ヴェガ国の港からは軍船が動き出し、鳥の獣人騎士たちが僕らの船までやって来た。
僕らの所属や目的を確認して、ようやく入港を許可される。
うん、3年前と一緒だ。
軍船へと帰っていく鳥の獣人さんたちの羽ばたく姿を見て、懐かしく思ったよ。
そうして僕らは、港に入った。
でも、前回と違ったのは、その港にたくさんのヴェガ国の獣人騎士たちが整列していたことだ。
(???)
なんで? と思ったけれど、
「今回は、私たちだけでなく、ヴェガ国新国王の即位式に参列するシュムリア、アルンの使節団も来ていますからね。いわば、正式な来賓ですから」
とイルティミナさんが教えてくれた。
なるほど。
3年前は、ヴェガ国の悪魔と戦うため、僕らは非公式な形での来訪だったんだ。
入国した人数も、たったの6人。
それに比べて、今回は両国の高官もいて、合わせて50人近い人数なんだ。
(そりゃ、対応も警備も違うよね)
納得である。
そうして僕らは、シュムリア使節団の人たちと一緒に、航海の間、長くお世話になった大型船から降りていく。
ヴェガ国の高官らしい人たちと、シュムリア、アルン使節団の人たちが握手する。
と、その内の1人に、僕の目が吸い寄せられた。
(あ……っ!)
それは、獅子の獣人さんだった。
30代ほどの外見で、他の人たちよりも上等な衣を身につけ、3年前とは違って、鬣も立派になっていた。
凛々しい獣の顔立ち。
けれど、その瞳は澄み渡り、強い情熱と深い知性を感じさせた。
キルトさんの足も止まった。
イルティミナさんや他のみんなも、一拍遅れて、彼の存在に気づく。
そして、向こうもこちらに気づいた。
使節団の人たちに挨拶してから、人波をかき分けて、こちらへと力強くやって来る。
その姿が、僕らの目の前に現れた。
「久しぶりだな、お前たち! こうして偉大なる友人たちと再び会えたことに、俺は心の底から喜びを感じているぞ!」
ドンッ
その熱い胸板を叩き、白い牙を陽光に輝かせながら笑った。
あぁ、変わっていないな。
その爽やかな熱い風のような心に、僕らも笑顔になってしまった。
彼の名は、アーノルド・グイバ・ヴェガロス。
3年前、共に悪魔に立ち向かったヴェガ国の友人であり、今回の即位式で次期国王となることが決まっているヴェガ国の王子様だった。
◇◇◇◇◇◇◇
象のような巨体に真っ白な毛が生えた獣が、巨大な客車を引いている。
ヴェガ国独特の乗り物である『獣車』だ。
シュムリア、アルンの両国使節団は、20台ほど集まったそれに分乗して、ヴェガ国の首都カランカを目指して出発した。
僕ら6人は、アーノルドさんと一緒の客車だ。
ガラン ガラン
獣車の首につけられた鐘が鳴り、前にいた港町の住民たちは、慌てて道を開けていく。
街並みを眺める。
白い建物には、黄金や魔法石の彫刻などがあり、とても華やかだ。
(やっぱり、お金持ちの国だなぁ)
ヴェガ国は、良質な魔法石の産出国として有名だ。
前世でいう産油国みたいに、その天然資源の恩恵によって、ヴェガ国も裕福な国なのだ。
最も、その魔法石は神々が悪魔を封印した結晶から採取したもので、そのせいで、悪魔の封印が解けかかる事態にもなった。
その悪魔討伐に乗り出したのが、3年前の僕らだった。
神々の結晶は、あと20年分ほどは残っているけれど、それ以降は、採掘されていた魔法石はなくなり、この国の経済は大きな混乱が起きるだろう。
それまでに、ヴェガ国は魔法石産業に代わる産業を見つけなければいけない。
結構、大変な状況だ。
そして、そんな状況を任されることになるだろう次期国王様は、けれど、僕らの前で明るい笑顔を見せていた。
「皆、元気そうだな」
現在のヴェガ国王子、アーノルドさんは、そう笑った。
子供みたいに屈託がなく、白い牙がキラリと光る。
キルトさんも笑った。
「そなたもな。そして、国王への即位を祝福するぞ、アーノルド。いや、これからはアーノルド様と言うべきかの?」
「やめてくれ」
彼は苦笑して、手を振った。
「お前たちは、ヴェガ国の恩人であり、俺の友だ。堅苦しいのはなしにしよう」
そう大らかに訴えた。
あはは、アーノルドさんは変わらないね。
気さくで、頼もしくて、エネルギーに満ちていて、優しい獅子の獣人さんだ。
僕らも笑顔をこぼす。
そんな僕らを、アーノルドさんは見回して、
「お前はソルティスか? ずいぶんと見違えたな」
紫色の髪の少女を見て、少し驚いた顔をした。
ソルティスは「へ?」という顔だ。
「背も伸びて、身体つきも女らしく変わった。少し見ぬ間に、大人になったのだな」
「そ、そう? ありがと」
少女は、ちょっと照れ臭そうに、自分の髪の先を細い指でもてあそぶ。
あれから3年だ。
僕はずっと一緒にいるから、あまり意識しなかったけれど、言われてみれば、3年前に比べたらソルティスは、もう大人の女性らしくなっていた。
(17歳……だもんね)
なんだか、時間の流れはあっという間だ。
僕も、まじまじとソルティスを見てしまう。
気づいた彼女は、
「何見てんのよ、スケベ」
ゲシッ
(アイタッ!?)
少し赤い顔で、僕の足を蹴られてしまった。
う、う~ん、こういうところは変わってないね……。
と、今度はそんな僕のことを、アーノルドさんの獅子の瞳はジッと見つめてきた。
(むっ)
シャキッ
なんとなく、大人っぽさを示したくて、背筋を伸ばす。
僕だって、成長したんだ。
それを見せようと思ったんだけど、
「ふむ、お前は変わっていないな、マール」
と、なんだか懐かしそうな笑顔で、そう言われてしまった。
……え?
愕然となる僕に、
「3年前に比べて、背もあまり伸びていないし、顔立ちも幼さが抜けていないな。なんというか、マールらしいままだ」
と言われてしまった。
…………。
ショック。
いや、少しは自覚していたけどさ。
僕は元々『神狗』だったからか、普通の人間と比べて、成長が遅いみたいなんだ。
ポーちゃんの肉体を調べたコロンチュードさんに、そう教えられた。
だから、ポーちゃんも実は3年前とあまり変わっていない。
……うぐぐ。
僕のお嫁さんであるイルティミナさんは、とても素敵な大人の女性だ。
それに釣り合うように、僕も早く大人な背丈になりたいのだけれど、現実はかくも非情だった……くそぅ。
ちょっと落ち込む。
すると、
「私は、今の可愛いマールが大好きですよ?」
優しいお姉さんは、そうフォローを入れながら、僕の髪を撫でてくれる。
うぅ、ありがと。
(僕もイルティミナさんが大好きです!)
心の中で泣きながら、そう訴える僕でした。
そして、件の発言をしたアーノルドさんは、少し困った顔をしていた。
「俺としては、褒めたつもりだったんだがな」
え?
「年を重ねても、無垢な心を失っていないことは珍しいことだ。その真っ直ぐな白い心を、マールが保っている強さに感心したんだ」
そう言ってくれる。
(……と言われても)
そこは、自分ではよくわからない部分だ。
だけど、
「ふむ、そうじゃな」
「よくわかっていますね、アーノルド」
キルトさん、イルティミナさんは同意し、フレデリカさんも大きく頷いている。
ソルティスは、
「?」
と首をかしげ、ポーちゃんは何もわかっていないまま、少女の真似をして首を傾けていた。
アーノルドさんは笑った。
「自身では、わからなくてもいい」
パン パン
彼の獅子の手が、僕の肩を強く叩く。
「お前は、俺が尊敬する強さと優しさを兼ね備えた男だ。それだけを覚えていてくれれば、な」
(……アーノルドさん)
少なくとも、僕を認めてくれていることだけはわかった。
うん、それだけで充分だ。
僕も、笑顔を取り戻す。
アーノルドさんも、力強く笑ってくれた。
それから、彼はまた視線を巡らせて、
「そういえば、お前とは初対面だったな」
アルンの軍服を着たフレデリカさんを見て、そう呟いた。
フレデリカさんは、胸に拳を当てる。
アルン式の敬礼だ。
「お初にお目にかかります、アーノルド殿下。自分はアルン神皇国パディア・ラフェン・アルンシュタッド皇女の近衛騎士であるフレデリカ・ダルディオスと申します」
生真面目な口調で、そう名乗った。
アーノルドさんは、目を丸くする。
それから、手をヒラヒラと振った。
「あぁ、やめてくれ」
「え?」
顔をあげるフレデリカさん。
アーノルドさんは、そんな軍服の麗人の美貌を見つめた。
「お前の話は聞いたことがある。マールやキルトたちと共に戦ったアルン騎士だとな。そして、その大切な友人でもあると」
「…………」
「ならば、お前も俺の友だ! 公式の場でないなら、遠慮はいらん。楽にしてくれ」
そう白い牙を見せて笑う。
それはとても人間味のある笑顔で、人の警戒心を溶かすような魅力的な輝きがあった。
フレデリカさんも瞳を細める。
「そう……ですか。いや、そうか」
彼女は頷いて、
「わかった、アーノルド殿。お言葉に甘えさせてもらおう。同じマール殿の友として、これからの親交をよろしく頼む」
「おう」
アーノルドさんは、また笑った。
ギュッ
2人は握手を交わす。
それから、アーノルドさんは少し苦笑しながら、
「しかし、遠慮をしなくても、フレデリカはなかなか堅苦しい喋り方をするな」
「性分だ、許せ」
「構わん。それがお前なのだろう?」
「あぁ」
フレデリカさんも笑って頷いた。
(ふ~ん?)
アルンのお姉さんも、あっさりと心を開いてしまった。
アーノルドさんには、そういう不思議な魅力があるんだよね。
まぁ、何にしても、フレデリカさんとも仲良くなったのならよかったよ、うん。
ヴェガ国の次期国王様とアルン皇女殿下の側近。
2人が友人となったなら、両国間の関係もより良い方向に向かう気もするしね。
(…………)
もしかして、アーノルドさん、それを狙って?
僕は、彼を見つめる。
彼は屈託のない笑顔で、フレデリカさんやキルトさん、イルティミナさんとソルティスのウォン姉妹とも話している。
「ポーも元気そうだな」
グシグシ
大きな獅子の手は、ポーちゃんの少し癖のある金髪も撫でていた。
…………。
狙ってないか。
むしろ狙わずとも、スッと人の懐に入っていける器量なのだろう。
(……次期国王様、かぁ)
アーノルドさんが王様になったヴェガ国は、いったいどんな風になっていくのか、ちょっと楽しみだ。
獣車に揺られながら、僕は笑みをこぼす。
常夏の暑い日差しの中、僕らとシュムリア、アルン両国使節団は、獣人の国の首都カランカへの街道を順調に進んでいった。
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