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473・海上の稽古3

第473話になります。

よろしくお願いします。

「……参りました」


 半ばから折れた木剣を手に、フレデリカさんが自身の負けを宣言した。


 彼女の正面には、木剣を正眼に構えるキルトさんがいる。


「うむ」


 彼女は大きく頷き、その宣言を受け入れた。


 フレデリカさんとキルトさんの稽古も、とても興味深く、素晴らしかった。


 アルン騎士のお姉さんが見せた正確な剣技は、間違いなく僕よりも上のレベルで、その強さは、なるほど世界最大の国の皇女殿下の護衛となれるだけのものだと思えた。


(ダルディオス将軍の剣に似てたかも……)


 見ていて、そうも感じた。


 フレデリカさんの父親アドバルト・ダルディオスは、アルン最強の将軍で、その剣は正確無比であり、その精度はキルトさんを凌駕する。


 彼は『魔血の民』ではない。


 力と速さ、それに劣る以上、彼は究極までに剣技の正確さを求めたんだ。


 そして、その強さでアルン最強まで上り詰めた。


 フレデリカさんも『魔血の民』ではない以上、最終的には将軍さんの剣に似てくるのは道理なのかもしれない。


 その道理は、もちろん僕にも適用されるんだけど……。


 ただ、そんなフレデリカさんの鍛え上げられた剣技も、残念ながら、キルトさんには及ばなかったみたいだ。


 ……考えたら、キルトさんはダルディオス将軍にも勝ったことがある。


 常勝無敗と呼ばれた将軍に、キルトさんこそが初めて土をつけたのだ。そんな鬼姫様に、フレデリカさんが勝てないのも仕方がないのかもしれなかった。


(でも、強かったな、フレデリカさん)


 銀印の冒険者となった僕だけど、彼女は、そんな僕よりも1つ上の領域にいる気がする。


 …………。


 この航海中に、彼女にも稽古してもらいたいな……そんな風に思う僕だった。


 フレデリカさんも、キルトさんに色々なアドバイスをもらって、それから、僕らのいる方へと戻ってきた。


「お疲れ様、フレデリカさん」


 僕は笑いながら、汗をかいている彼女にタオルを差し出す。


 彼女は驚き、すぐに微笑んだ。


「ありがとう、マール殿」


 受け取ったタオルで、額や首の汗を拭き、それをそのまま首にかけて、熱い吐息を長くこぼした。


「やはり、キルト殿は別格だな。これでも、自身に厳しい修練を課してきたつもりだが……彼女がどれほどの高みにいるのか、私如きでは想像もできん」


 少し悔しそうな、それでいて納得したような顔だ。


(……そっか)


 僕としては、フレデリカさんの気持ちも理解できるし、同時にキルトさんが褒められて誇らしい気もしていた。 


 イルティミナさんも黙って、そんなフレデリカさんを見つめている。


 すると、


「次はイルナ、そなたじゃな」


 キルトさんの次のご指名が入った。


 僕、ソルティス、フレデリカさんと戦って、まだ疲れも見せない鬼姫様は、なんと次はイルティミナさんと戦うつもりのようだ。


(ひぇぇ……)


 無尽蔵の体力に、恐れ戦く。


 でも、同時にちょっとワクワクもしてしまった。


 だって、かつて最強と言われた『元・金印の魔狩人』と現役で活躍している『金印の魔狩人』の直接対決だよ?


 周囲の船員さんたちも、ざわめいている。


 うん、これ、お金が取れるような対戦カードだ。


 指名を受けたイルティミナさんは、『仕方がありませんね』という表情で短い吐息をこぼす。


 それから、僕を見て、


「いってきますね、マール」


 と微笑んだ。


 僕は「うん」と大きく頷いた。


 そんな僕の額に、戦いに挑む前のゲン担ぎなのか、イルティミナさんはチュッと軽くキスを落としてくる。


(わっ)


 驚く僕。


 ソルティス、フレデリカさんも目を丸くしている。


「ふふっ」


 イルティミナさんは悪戯っぽく笑って、木製の槍を手に取ると、キルトさんの待つ甲板へと歩いていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 キルトさんが現役の『金印の魔狩人』だった頃、イルティミナさんが彼女に勝つことはなかった。


 でも、今ならどうだろう?


 キルトさんがいなくなってから、イルティミナさんも『金印の魔狩人』として、多くの過酷なクエストをこなしてきた。


 実戦の中で、彼女の強さは磨かれている。


(もしかしたら……?)


 イルティミナさんならば勝てるかもしれない――そんな淡い期待を、僕は持っていた。


 だからかな。


 キルトさんも僕らに対していた時とは違って、その手には、愛用する武器と同じ木製の大剣・・を握っていた。


 ……キルトさんも本気だ。


 少なくとも、そうまでしなければ、イルティミナさんの相手はできないと考えているんだ。


 2人は、5メードほどの距離で向かい合う。


「加減はできぬ。全力で行くぞ」


 キルトさんが、まるで実戦であるかのような低い声で告げた。


 イルティミナさんは、


「ご自由に」


 落ち着いた表情のまま、澄ました様子で答えた。


 気負いはなさそうだ。


 でも、その木製の槍を構えた途端、静謐な『圧』が彼女を中心に重く広がっていった。


 ……イルティミナさんも本気なんだ。


 キルトさんは表情を厳しくしながら、巨大な木剣を正眼に構える。


(っっっ)


 苦しい……っ。


 2人が向き合い、武器を構えているだけなのに、見ているだけで息苦しくて、膝をついてしまいそうだ。


 実際、船員さんの何人かは、座り込んでしまっている。


 ソルティスもよろめき、ポーちゃんがその背中を支えていた。


 フレデリカさんも、まるで自分が戦っているかのような眼差しで、2人のことを見つめていた。


 ――始まりは唐突に。


 イルティミナさんの姿が消え、キルトさんのすぐ正面に現れた。


 パパァン


 凄まじい破裂音。


 神速で放たれた槍の連撃を、キルトさんの大剣が弾いたのだ――そうわかったのは、音がしたあとだ。


 パンッ パパンッ パパパァン


 断続的に音が続く。


 イルティミナさんは左右にステップを刻みながら、槍の間合いでの攻撃を仕掛けていく。


 対するキルトさんは、それを防ぎながら前進し、槍の間合いの内側へと入って、自分の大剣を届かせようとしている。


 どちらも譲らない。


 そこにあるのは、純粋な技量の比べ合いだ。


 小手先の技も誤魔化しもない。


 2人は正面から、互いの全力をぶつけ合っていた。


 いや、彼女たちほどのレベルになると、最終的にはそういう形に行きついてしまうのかもしれない。


 ギュッ


 僕は、知らずに拳を握っていた。


(がんばれ……っ)


 応援するのは、やはり自分の奥さんであるイルティミナさんの方だ。


 正直、キルトさんに負けて欲しくない気持ちもある。


 けど、どちらかを選ぶとなったら、僕はやっぱりイルティミナさんを選ぶんだ。


 パン パパァアン


 速さと手数でイルティミナさんが上回っている。


 でも、キルトさんは、その攻撃を全て弾き返し、耐えしのぎながら、ゆっくりと前進を続けた。


 じわり、じわりと。


 イルティミナさんは少しずつ甲板の端に追い込まれていく。


(……凄い)


 イルティミナさんも回り込もうという動きは見せていた。


 けれど、キルトさんがそれを許さない。


 目線だけで、足の運び1つで、軽いフェイントで、イルティミナさんの動きを牽制しながら、確実に追い込んでいた。


 これだけでわかる。


 残念ながら、キルトさんの方が上なのだ、と。


 2人の実力差は、とても小さい。


 けれど、それは確実に存在していて、それが時間の経過と共に少しずつ、少しずつイルティミナさんを追い詰めていっている……そうわかった。


 見ている僕でもわかったんだ。


 戦っている2人は、余計にそれが理解できているだろう。


 …………。


 イルティミナさんは、それでも最後まで抗った。


 もしかしたら、どこかでキルトさんが1手、ミスをするかもしれない。そうすれば、挽回逆転のチャンスはあるのだから、と。


 でも、相手は、あのキルト・アマンデスだった。


 残念ながら、その時は来なくて、


 バキィイン


 イルティミナさんの手にしていた木製の槍が、キルトさんの巨大な木剣に叩き折られた。


 回転した穂先は、僕の前にガランと落ちる。


 喉元に突きつけられる大剣の剣先。


 それを見つめたイルティミナさんは、ゆっくりと真紅の瞳を伏せて、


「負けました」


 そう降伏の言葉を口にした。


 キルトさんは「うむ」と頷くと、巨大な木剣を肩へと担いで、嬉しそうに笑った。


「見事じゃ、イルナ」


 その額には、僕らの時には見られなかった汗の輝きがある。


「3年前のわらわならば、負けていたであろう。よくぞ、これほどの高みにまで昇ったものじゃ。名実共にシュムリア王国を背負う『金印』の称号に相応しい女になったの」


 語る口調は柔らかく、温かい。


 心の底からイルティミナさんのことを認めているのが伝わってくる。


 イルティミナさんは吐息をこぼした。


「私は、マールに相応しい女になりたいだけですので」

「そうか」


 キルトさんは苦笑する。


 イルティミナさんの告白に、僕は少し赤面だ。


 僕の奥さんは、


「何があってもマールを守れるように……ですが、それだけの実力には、まだ届いていないようです」


 そう無念そうに言った。


 けれど、その瞳には、更なる強さへの決意と渇望がギラギラと輝いていた。


 キルトさんは微笑んだ。


「そなたは、まだまだ強くなる。無論、わらわも追いつかれるつもりはないがの」

「そうですか」


 そんな勝者の言葉に、イルティミナさんは苦笑をこぼした。


 どこか満足そうなキルトさん。


 吹きつける海風が、その豊かな銀髪をなびかせ、陽光にキラキラと輝いている。


 …………。


 結局、僕らは誰1人として、キルトさんには勝てなかった。


 キルトさんは、やっぱり最強なんだな、と思う。


 と、


「さて、最後はリベンジマッチと行こうかの」


 キルトさんが呟いた。


(え?)


 彼女の黄金の瞳は、僕らの背後へと向けられていた。


 振り返る。


 そこにいたのは、癖のある金髪をした小柄な幼女だ。


 ……あ。


 僕は思い出した。


 この最強のキルト・アマンデスに、かつて同じようにヴェガ国へと向かう海上で、たった1撃で勝利を収めた人物がいたことを。


 その水色の瞳が、静かにキルトさんを見返す。


 鬼姫様は、不敵に笑った。


「神龍ナーガイア……いや、神龍ポー。最後の稽古相手は、そなたがしてはくれぬか?」

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ 遂に真打ちポーちゃんの出番ですね。 キルトが相手の実力を見誤り負かされた唯一の存在ですし当然の扱いですか。 尚、相打ち扱いのラプトは除く(笑) [一言] イ…
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