464・紅茶とクッキーとご挨拶
第464話になります。
よろしくお願いします。
「あ、あの! と、突然の訪問ですみません! お久しぶりです、コロンチュード様!」
ソルティスが緊張しながら直立し、そして深々と頭を下げる。
そんな少女に、伝説のハイエルフさんは眠そうな翡翠色の瞳をゆっくりと向けた。
「いいよ……別に」
寝ぐせのついた金髪を揺らして、首を傾け、
「ソルなら……いつでも、歓迎」
と柔らかく告げた。
それを聞いた途端、ソルティスの表情はパァアア……ッと雲間から太陽が現れたように輝き、「コ、コロンチュード様……っ」と感動したように声を震わせた。
(……なんか、そのまま昇天してしまいそうだよ?)
僕は、心の中で苦笑する。
そして、コロンチュードさんの瞳は、そんな少女の隣にいる金髪の小さな女の子へも向けられた。
女の子は、無表情に告げる。
「ただいま、義母」
「ん……おかえり、ポー」
コロンチュードさんは、眠そうに義理の娘に返事をする。
でも、その表情も声も、とても優しいものだった。
短い会話だったけれど、それだけでも充分だと思えるような2人だけの繋がりみたいなものが感じられたんだ。
そんな義母娘の再会を見届けてから、僕ら夫婦もコロンチュードさんに挨拶する。
「こんにちは、コロンチュードさん」
「お久しぶりですね」
そう笑顔で声をかけた。
ハイエルフさんは、こちらを見る。
「ん……いらっしゃい、マルイル。……2人とも、仲良さそうで……何より」
そんなことを言ってくれた。
(えへへ……)
僕とイルティミナさんの変わらない仲睦まじさをわかってもらえたみたいで、ちょっと嬉しいな。
イルティミナさんも同じ顔だ。
ついつい、夫婦で顔を見合わせ、ニコッと笑い合ってしまう。
コロンチュードさんは、瞳を細める。
そうして僕ら4人を眺めると、
「とりあえず……中、どぞ……? お茶……淹れるよ」
そう言って、くたびれたローブの裾と長い金髪の先を地面に引き摺りながら、こちらに背を向けて、大樹の家へと入っていった。
扉は開いたまま。
それを見て、ソルティスは胸に手を当てながら、深呼吸。
僕ら3人へと顔を向けて、
「じゃ、お邪魔しましょっか」
「うん」
「はい」
「…………(コクッ)」
ソルティスの言葉に頷いて、僕らは、コロンチュードさんの不思議な自宅へと入らせてもらうことにした。
◇◇◇◇◇◇◇
巨木の太い幹の中は、居住空間になっている。
難しい書物や巻物が散乱し、顕微鏡やフラスコなどの実験道具が木製テーブルに載っている。吹き抜けの天井からは、植物や魔物の素材が鎖でぶら下げられていた。
ガシャガシャ
実験道具を、適当にテーブル端に集めて、
「座ってて……」
コロンチュードさんはそう言うと、奥のキッチンらしい空間へと行ってしまった。
うねった木の根の椅子に、僕ら4人は腰かける。
やがて、試験管に入れられたお茶――多分、紅茶かな――が、固定具に支えられて、僕らの前のテーブルに並べられた。
「あ、あの、コロンチュード様、これを……!」
ソルティス、早速、作ったクッキーの木箱を差し出した。
受け取るコロンチュードさん。
中身を確認して、
「ん……ありが、と」
そうのんびりと告げると、木をくり抜いて作ったお皿にそれを開けて、みんなで食べられるようにしてくれた。
コロンチュードさんも座って、
「どぞ、どぞ……」
そう促してくる。
僕は笑って、
「ありがとう、コロンチュードさん」
と、クッキーと紅茶に手を伸ばした。
パクッ モグモグ
(うん、美味しい)
昨日に食べさせてもらった時と同じ、いや、もしかしたら気合が入っているのか、それ以上に甘くて美味しかった。
紅茶も香ばしくて、良い味だ。
2つの美味に、僕の表情は綻んでしまう。
イルティミナさんも笑いながら、「いただきます」とクッキーと紅茶を楽しんだ。
ポーちゃんは、紅茶のみをコクコクと飲んでいる。
けれど、ソルティスだけは緊張した面持ちで、何にも手をつけずに座っていた。
(……ソルティス?)
気づいた僕は、心の中で首をかしげる。
やがて、ソルティスは大きく深呼吸すると、木の根の椅子から立ち上がって、コロンチュードさんを見つめた。
ギュッ
両手を身体の前で握って、
「あの、コロンチュード様、ご挨拶するのが遅れてしまったけれど、私、今、ポーと一緒に暮らしています! ポーには、いつも本当に助けられていて、その……あの、これからも一緒にいたいなって思ってます!」
そう早口に言った。
……まるで、恋人の両親に同居することを報告しているみたいな感じだ。
ソルティスは、キュッと唇を噛む。
そして、
「私! 必ず、ポーを幸せにしますから!」
と宣言した。
(…………)
報告というか、もう結婚の許しをもらう感じ?
いや、ソルティスなりに年上としての責任を感じているのかもしれない。未成年のポーちゃんを預かる身として、その親にちゃんとやりますと伝えたいのかもしれないね。
「…………」
そんな少女を、コロンチュードさんはジッと見ていた。
そして、その視線は隣の義娘へ。
小さな幼女は、そんな宣言をした少女の横顔を、信頼した瞳で見つめていた。
コロンチュードさんは瞳を伏せる。
クッキーを一齧り。
それをモグモグと咀嚼し、飲み込んで、
「……美味しい」
小さく息を吐いた。
それから、改めてソルティスのことを見つめて、
「うん。ポーのこと、よろしく、ソルティス」
はっきりした口調で言うと、ハイエルフという高貴な美貌のままに、美しい微笑みを見せたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
そこからは、穏やかなお茶会が続いた。
緊張感から解放されたソルティスは、なんだか脱力してしまった感じで椅子に座っていて、その背中をポーちゃんがポンポンと軽く叩いていた。
僕は、小さく苦笑してしまう。
でも、がんばったね、ソルティス――そう称賛したい気持ちでもあった。
イルティミナさんも優しい眼差しを妹に送っている。
「……そうそう」
ふと思い出したように、コロンチュードさんが呟いた。
(ん?)
視線を向けると、
「マルソル、銀印……2人とも、おめでと……」
と微笑まれた。
え?
僕はびっくりした。
脱力していたソルティスもギョッとしたように姿勢を正して、「し、知ってらしたんですか!?」と驚いていた。
コロンチュードさんは、
「……ん」
と頷いた。
話を聞いたところ、どうやら所属している冒険者ギルド・草原の歌う耳のギルド長であるフォルスさんから、風の精霊によって伝えられていたそうなんだ。
離れていても、親として子のことは気になる。
それで定期的に、ポーについての情報を報告してもらっていたそうで、その中で、同居しているソルティスの昇印についても聞いたそうなのだ。
「そ、そうだったんですね」
ソルティス、ちょっと恥ずかしそうだ。
知らない内に、憧れの人物に自分の情報が流れていたとあれば、そういう気持ちにもなるだろう。
そんなわけで、同時に昇印していた僕のことも知ってたみたい。
(まぁ、僕も少し気恥ずかしいかな?)
きっと、ソルティスほどではないんだろうけどね。
そんな僕ら2人のことを、100年以上も『金印』として王国に君臨しているコロンチュードさんは、優しい眼差しで見つめていた。
と、その視線が、ソルティスの荷物に向いた。
僕らの荷物は、幹の部屋の隅っこに集められていて、コロンチュードさんの視線は、そこにあるソルティスの『大杖』に向いているみたいだった。
(???)
僕は首をかしげる。
ソルティスも気づいたみたいで、
「あ、あの、コロンチュード様……? 私の杖が何か……?」
と恐る恐る訊ねた。
コロンチュードさんは答えず、長い金髪を肩からこぼしながら、首を傾ける。何かを考えている様子だ。
20秒ほどの沈黙。
僕ら4人は、コロンチュードさんを見つめた。
そして、彼女が再起動する。
その紅い唇が開き、
「ね……? もし疲れてなかったら……みんな、このあと、私と一緒にお出かけしよ……?」
そんな提案で、僕らを驚かせた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。