462・ソルティスの誘い
第462話になります。
よろしくお願いします。
訪問してくれたソルティス、ポーちゃんと一緒に、リビングでテーブルを囲んだ。
キッチンでは、僕の奥さんがお茶を用意している。
ソルティスは、椅子の背もたれに寄りかかりながら、
「昨日、クエスト完了して王都に帰ってきたの。そしたら、イルナ姉たちもちょうどクエスト休みだって、冒険者ギルドで聞いてね」
それで、わざわざ遊びに来てくれたのだそうだ。
(そっかぁ)
僕ら魔狩人は、1つのクエストで数日から1ヶ月ほど家を空けることになる。休みが重なるタイミングというのは、珍しいのだ。
ツンツン
ポーちゃんが、隣の少女の腕をつつく。
「ソル、お土産」
「あ、そうだったわね」
ハッとした顔で、ソルティスは持ってきていた手提げ鞄を持ち上げた。
鞄の中から、小さな木箱を取り出す。
その時、ちょうど紅茶を淹れたイルティミナさんが、4人分のカップの載ったお盆を手に戻ってきて、
「おや、それはなんですか?」
長い髪を揺らして首をかしげながら、僕の隣の椅子に座った。
ソルティスは笑った。
「ポーと一緒に、クッキーを焼いてみたのよ。よかったら、食べてみて」
パカッ
言葉と共に木箱の蓋を開ければ、甘い匂いが立ち昇り、中には、きつね色に焼かれたクッキーが納められていた。
(わぁ、美味しそう)
ソルティスがこの家を出てから、ずいぶんと経つ。
家事の苦手だった少女が、ポーちゃんの手伝いがあったとしても、こうして美味しそうなクッキーを作れるようになったことに、ちょっと感動してしまった。
少女の姉も「まぁ」と驚いている。
「頂いてもよろしいですか?」
「もちろん!」
妹の許可をもらって、イルティミナさんは、その1枚を白い指で摘まんだ。
サクッ
一口かじる。
固唾を飲んで見守っていると、
「ん……とても美味しいです」
イルティミナさんは、合格を出すように微笑み、頷いた。
ソルティスは「やった!」と嬉しそうに笑って、一緒に作った隣のポーちゃんとハイタッチをする。
(へぇ、どれどれ?)
僕も味が知りたくて、木箱に手を伸ばした。
すると、
「あ、マールの分はこっちよ」
そう言いながら、ソルティスは、手提げカバンからもう1つ木箱を取り出して、テーブルに置いた。
なんと。
(わざわざ、僕のためにも用意してくれたんだ?)
ちょっと嬉しい。
「ありがと」
僕は笑って、木箱の蓋を開けた。
中には、真っ黒に焦げたクッキーたちが納められていた。
「…………」
言葉をなくす僕の前で、ソルティスは、朗らかに笑って頭をかく。
「いやぁ、作る時に何枚か失敗もしちゃってね」
「…………」
「でも、マールは食いしん坊だから、これぐらい平気でしょ? ささ、遠慮しないで食べて♪」
いや、平気じゃないよ!?
試しに持ってみたけれど、焦げたクッキーはまるで鉄の塊みたいだった。噛んだら歯が折れそうだよっ。
(こ、この確信犯め!)
睨む僕の視線に、彼女はそっぽを向いて、わざとらしく口笛を吹いている。
イルティミナさんは『おやまぁ……』という顔で、僕の前の木箱を覗き込んでいた。
ふとポーちゃんと視線が合う。
グッ
ポーちゃんは、こっちに親指を立てた手を示してきた。
(いやいや、意味わかんないよ)
僕はムスッとして、
「……お気持ちだけ頂いておきます」
「あら、そ?」
ソルティスは、とても機嫌が良さそうに答えて、黒焦げクッキーの入った木箱を回収していった。
全くもう……。
そんな僕ら2人を見て、イルティミナさんはクスクスと笑う。
「ふふっ、本当に2人は仲良しですね」
「…………」
「…………」
これ、仲良しっていうのかなぁ?
でも、なんだか楽しそうなイルティミナさんを見ていたら、怒る気持ちも消えてしまった。
ソルティスと顔を見合わせ、苦笑し合う。
(ま、いいか)
それから僕らは、美味しそうなきつね色のクッキーをみんなで分けて、賑やかな午後のお茶会を楽しんだんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「2人とも、クエスト休みはいつまでなの?」
お茶会も終わろうという頃、ソルティスがそんなことを聞いてきた。
僕は答える。
「明後日までだよ」
その次の日からは、また討伐クエストで2週間ほど王都を離れることになるんだ。
そのことを伝えると、ソルティスは「そう」と呟いた。
(?)
少し考えている様子。
僕とイルティミナさんは、そんな少女を見つめる。
彼女は顔をあげて、
「実はね、私たち、明日、コロンチュード様の所に挨拶に行こうと思っているの。もしよかったら、イルナ姉とマールも一緒に行かない?」
そう誘われた。
(コロンチュードさんの所に?)
驚く僕らに、ソルティスは教えてくれた。
実は、ソルティスとポーちゃんが同居するようになってから、まだ1度もコロンチュードさんに挨拶に行っていないんだって。
同居することは伝えてある。
冒険者ギルド『草原の歌う耳』のギルド長フォルスさんが、風の精霊を使役して、遠い森にいるコロンチュードさんに伝えてくれたそうなんだ。
その返事は、
『ポーをよろしく』
という短い文言だけ。
直接会って、挨拶することも考えていたみたいなんだけれど、
「引っ越しのバタバタとか、クエストの忙しさとか、銀印への昇格とか、色々と立て続けに重なっちゃったから、ずっと後回しになっちゃってて……」
と、申し訳なさそうなソルティス。
一方で、ポーちゃんの方は特に気にした様子もなさそうだ。
「義母は、そういう礼儀には、こだわらない」
とのこと。
むしろ、そういう堅苦しいのは苦手なんだって。
(……コロンチュードさんらしい)
あの、いつも眠そうで、言葉足らずな変わり者のハイエルフさんは、確かに礼儀作法とかは気にしないだろう。
更に付け加えると、彼女は『ハイエルフ』だ。
その時間感覚は、人間のそれとは違う。
1000年以上を生きた彼女にしてみれば、同居して半年ぐらいの2人のことは、それこそ近所の公園で子供同士がしばし一緒に遊んでいるだけみたいな感覚らしいのだ。
だから、いちいち挨拶しなくても問題ない、とフォルスさんにも助言されたそうだ。
でも、
「やっぱり私としては、きちんと挨拶しておきたいの」
とソルティス。
彼女にしてみれば、コロンチュードさんは敬愛すべき人物であり、大切なポーちゃんの義母なのだ。
僕には、ソルティスの気持ちがちょっとわかる。
2人とも大切だからこそ、ちゃんと向き合っておきたいのだ。
そんなわけで、彼女は明日、コロンチュードさんの元を訪れるつもりなのだそうだ。
ちなみに、今回作ってきたクッキーも、彼女へのお土産にするつもりで、それに見合うだけの完成度になっているか、イルティミナさんに見て欲しかったんだって。
「充分、美味しかったですよ」
とイルティミナさん。
お墨付きをもらって、ソルティスもホッとした顔だ。
「よかった……」
両手で胸を押さえて息を吐く姿は、彼女の感じていた緊張が伝わってくるものだった。
(……だからかな?)
無意識かもしれないけれど、僕らも一緒に行かないかと誘ったのは。
それだけコロンチュード・レスタに会うというのは、彼女にとっては大変なことなのだ。
特にソルティスは、結構、人見知りだしね。
「…………」
「…………」
妹の様子に同じものを感じたのか、イルティミナさんと僕は、視線を交わした。
(うん)
小さく頷き合う。
「わかりました。明日、一緒に行きましょう、ソル」
「うん。僕も久しぶりにコロンチュードさんに会いたいしね」
僕らの言葉に、ソルティスはハッとする。
それから嬉しそうに、その美貌を輝かせた。
「えぇ! ありがと、イルナ姉、マール!」
笑顔が弾ける。
ポーちゃんが、ソルティスには見えない位置で、僕らに小さく頭を下げた。
僕とイルティミナさんは笑った。
そうして僕ら4人は、明日、コロンチュードさんに会うために、王都から10キロほど離れた彼女の暮らす森を目指すことになったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。