459・新しき金印は
第459話になります。
よろしくお願いします。
死毒竜ゲシュタルを討伐した僕らは、王都ムーリアへと帰還した。
そんな僕ら6人が、神聖シュムリア王城の空中庭園へと呼びだされたのは、その翌日のことだった。
美しい庭園で待っていたのは、レクリア王女だ。
「皆様、お疲れ様でしたわ」
そう労う彼女の表情は、とても明るい雰囲気だった。
長年、シュムリア王国を悩ませていた『猛毒の凶竜』がついに倒されたのだ――それも当然かもしれないね。
王女様は、僕らに感謝と労いの言葉を贈られた。
僕らは、それを跪いて受ける。
それが終わったあと、彼女のオッドアイの視線は、リカンドラ・ローグとレイ・サルモンの2人の『銀印の魔狩人』に向けられた。
(…………)
今回の討伐クエストは、もう1つ、新しい『金印』の選定という側面も持っていた。
「イルティミナ様」
「はい」
「わたくしは、貴方の目を信じ、その決断を尊重したいと思います。このシュムリア王国の『金印』を担うのに、どちらが相応しいのか、結論をお教え願えますか?」
レクリア王女のたおやかな声が問う。
ドキドキ
僕は緊張しながら、自分の奥さんの返事を待つ。
リカンドラさん、レイさんは、神妙な顔で地面を見つめ、選定結果を受け入れようとしていた。
イルティミナさんは、静かに息を吸う。
そして、
「――リカンドラ・ローグ、彼の者が相応しいかと思います」
と答えた。
赤毛の青年は、驚いたようにバッと顔をあげた。
一方のレイさんは、表情を変えることなく、ただその緑色の瞳を閉じる。
レクリア王女は頷いて、
「わかりましたわ。それでは、そのように致しましょう」
と微笑まれた。
僕らは「ははっ」と答えようとして、
「ちょっと待ってくれ!」
その寸前、リカンドラさん本人がそれを遮るように声をあげた。
(え?)
驚く僕ら。
彼の赤い瞳は、イルティミナさんを見つめて、
「なぜ、俺なんだ? 俺は、お前の指示を無視して、結果、自身だけでなくお前の命も危険に晒す失態を犯したんだ。だが、レイは何もミスをしていない。それなのに、なぜ俺を選ぶ!?」
そう疑問をぶつけた。
実直な人だ。
黙っていれば、金印の称号と栄誉が手にできるのに、それでも自分の納得できる答えを求めている。
でも、僕もそれは気になった。
ソルティスもそうだったのかもしれない。僕と彼女は、イルティミナさんを見た。
レイさんは、瞳を伏せたままだ。
ちなみに、ポーちゃんは、我関せずの態度を貫いていた。
「イルティミナ様?」
最後に、レクリア王女が促すように名を呼んだ。
僕の奥さんは、短く息を吐く。
「レイ・サルモンよりも、貴方の方が伸びしろがあると判断しました。それゆえです」
(……伸びしろ?)
イルティミナさんは、レイさん、リカンドラさんを順番に見る。
「精神面においては、貴方よりもレイの方が成熟しているでしょう。しかし、今回の失態は、それゆえではなく、貴方自身の兄に対する思いが焦りとなったものと判断しました」
……あ。
今は亡き金印の魔狩人エルドラド・ローグは、リカンドラさんの実の兄だった。
その兄と同じ『金印』に到達できるかの試練。
その心境には、通常とは違う部分でのプレッシャーもあったのだろう、それがあの時のリカンドラさんの浅慮な行動を生んでしまったのだ。
つまり、特殊な事例。
通常であるならば、彼は問題ないと、イルティミナさんは判断したということだ。
「…………」
リカンドラさんは、何とも言えない顔だ。
イルティミナさんは、そんな彼を静かに見つめ、言葉を続ける。
「仲間の危機において、それを助けようとする精神の正しさ、それを実行できる技量の高さ、その判断力、それら『金印』の資質ともいえる精神性は、2人とも問題なく備えていると私は見ました。けれど、それだけでは『金印』は務まりません」
彼女は、一拍の間を置いた。
みんなの視線が、イルティミナさんへと集まる。
その中で、
「絶対的な強さ、それが『金印』には必要なのです」
彼女の桜色の唇は、そう言葉を紡いだ。
(絶対的な強さ……)
僕は心の中で、その言葉を繰り返す。
イルティミナさんは、静かに告げる。
「どのような苦境であっても、どのような敵が相手でも、それが王国の人々を脅かすものならば、その全てを跳ね除けなければならない。そのための絶対的な強さが『金印』の称号を担う者には必要なのです」
力なき正義では許されない……そういうことか。
(……でも)
僕の目には、レイさんだって、リカンドラさんに劣らない強さを身に着けているように思えた。
それは、リカンドラさんも同じだったみたいだ。
「俺とレイの強さに、そこまでの差はないだろう?」
そう問われ、
「はい」
イルティミナさんは頷いた。
それから、
「ただし、今は」
と付け加えた。
今は……?
イルティミナさんは、ゆっくりとレイ・サルモンを見つめた。
「レイ、貴方はとても強い。それは、もはや『完成された技量』と言えるでしょう。ですが言い換えれば、それ以上の多くは望めません」
レイさんの瞳が開いた。
その緑色の瞳が、イルティミナさんの美貌を見つめる。
「確かに。以前の私ならば、より高みは望めたかもしれない。だが、一度、壊れたこの肉体は、これ以上の強さを得ることは不可能だろうな」
そう認めた。
…………。
レイさんは、3年前の『闇の子』との戦いで酷い怪我を負った。
日常生活もままならないと言われるほどの怪我と後遺症……そこから、ここまで回復したこと自体が奇跡だった。
(いや、奇跡なんて言葉じゃ片付けられない)
それだけの努力を彼女は重ねた。
けれど、その壊れた肉体は、やはり、3年前のそれには完全に戻らず、今以上の状態になれる可能性もないのだった。
彼女は、これ以上の高みには行けない。
(けど、リカンドラさんは違う)
今は同じ強さでも、彼はこの先、もっと強くなれる可能性を秘めていた。
なるほど。
それがイルティミナさんが最初に言っていた、伸びしろ……なんだね。
リカンドラさんは、唇を噛み締めている。
「…………」
その視線は、レイさんの横顔を睨むように見つめていた。
けれど、レイさんは平静な顔だ。
むしろ、何かを成し遂げたかのような、あるいは重荷を下ろしたかのような清々しい表情だった。
彼女は、赤毛の青年を見る。
「おめでとう、リカンドラ」
そう微笑んだ。
かつて愛した男の弟が『金印』の称号を手にしたことを祝福した。
「……あぁ」
彼は、短く答えた。
重そうな、けれど、強い決意の滲んだ声だった。
パチパチ
僕は、手を打ち合わせた。
リカンドラさんは驚いた顔をする。
けれど、イルティミナさんが、ソルティスが、ポーちゃんが、レクリア王女までもが拍手を送り、レイさんも拍手する姿を見て、彼は初めて苦そうに笑い、そして表情を改め、胸を張った。
(おめでとう、リカンドラさん)
僕らも笑った。
そんな中、イルティミナさんがレイさんを見て、
「レイ、もしよかったら、かつてエルドラド・ローグを支えたように、あの新しい『金印』を支えてはもらえませんか?」
と言った。
レイさんは、少し驚いた顔をする。
「精神的には、貴方の方が成熟しています。その力は、きっと彼には大きな助けとなりましょう」
「…………」
「どうですか?」
イルティミナさんは微笑んだ。
リカンドラ・ローグが名実ともに『金印』に相応しくなるまでは、まだ少し時間が必要だろう。それを、そばでレイさんが支えたなら……。
(イルティミナさん……)
彼女はきっと、そのことも考えて、リカンドラさんを選んだのだ。
レイさんは苦笑した。
「考えておこう」
そう答えた。
でも、その表情は、きっとどういう決断をするかわかるものだった。
(うん)
これが一番いい形なんだろう。
頭上には、美しい青空が広がっている。
美しい花々が咲き乱れ、心地好い香りのする空中庭園で、僕らはこうして、新しい『金印の冒険者』の誕生を見届けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
神聖シュムリア王城をあとにした僕らは、門番となる大聖堂を抜けて女神シュリアン様の大きな像がある広場へとやって来た。
「それでは、これで解散ですね」
一同を見回して、イルティミナさんが言った。
うん。
死毒竜ゲシュタルのために集まった僕ら6人は、ここでパーティー解散となるんだ。
と、リカンドラさんの手が、僕の頭に置かれた。
グシャグシャ
(わ?)
髪をかき回され、
「お前たちと一緒に戦うのは悪くなかったぜ、マール」
そう白い歯を見せて笑う。
僕はポカンだ。
レイさんも微笑み、「色々と勉強になった」と頷いた。
ソルティスは腰に手を当てながら、
「貴方たちもこれから色々と大変でしょうけど、ま、がんばってね」
と、一時的な仲間となった2人を労った。
ポーちゃんも、ソルティスのポーズを真似ながら「ポーも応援する」と無表情に告げた。
そんな幼女に、僕らは笑ってしまった。
そして、僕は、リカンドラさんに右手を差し出した。
「僕も、一緒に冒険できて楽しかったです。また機会があったら、一緒に戦いましょう」
「おう、その時はよろしくな」
ギュッ
彼は笑って、僕の手を握ってくれた。
軽薄そうな言動とは裏腹に、しっかりと修練された硬い手のひらだった。
(うん)
彼の二刀流は、本当に勉強になった。
手を放した僕は、少し後ろに下がったあと、その動きを思い出して、ヒュンヒュンと舞ってみた。
空想の2つの剣を手に。
襲いかかってくる空想の敵を、次々と斬り伏せていく。
(こんな感じだったよね?)
舞を止める。
すると、リカンドラさんとレイさんが、驚いたように目を丸くして僕を見つめていた。
「おい、今の動きは……」
「まさか……見ただけで、リカンドラの動きを覚えたのか?」
え?
驚く2人に、僕はキョトンとしてしまう。
イルティミナさんが苦笑した。
「この子は、マールですから」
「…………」
「…………」
2人とも沈黙してしまった。
それから、リカンドラさんは大きくため息をこぼした。
「なるほどな。こんな弟子にせっつかれちゃ、キルト・アマンデスも強くならんわけにはいかなかったよな。同情するぜ」
レイさんも頷いて、
「今の強さに満足することは許されない、ということか」
噛み締めるように呟いていた。
……えっと。
2人が何を言っているのか、いまいちよくわからない。
でも、イルティミナさんとソルティスはわかっているのか、苦笑しながら頷いていた。
リカンドラさん、レイさんは、何か納得した顔だ。
それから「じゃあな、お前ら」、「また会おう」と笑顔で別れの挨拶を交わして、2人は冒険者ギルド・黒鉄の指へと戻るため、王都の人混みの中に消えていった。
僕らも手を振りながら、それを見送った。
「では、私たちも『月光の風』へと帰りましょうか」
イルティミナさんが、僕たちへと笑いかけてくる。
うん。
僕らは頷いた。
そして、僕はイルティミナさんと手を繋いで歩きだす。
当たり前だけど、今回は2人もいたし、クエスト中だったから、あんまり甘えたり、甘えられたりできなかったんだよね。
僕は、彼女を見上げる。
気づいたイルティミナさんは、幸せそうに微笑んだ。
うん、僕も幸せだ。
そんな僕ら2人に、ソルティスは呆れ顔、ポーちゃんはいつも通りの無表情だった。
そうして、道を歩く。
と、不意にイルティミナさんが何かを思い出した顔をした。
「そうそう、マール、ソル。2人には、冒険者ギルドに戻ったらムンパ様からお話がありますからね」
え、話?
僕とソルティスは驚き、お互いの顔を見てしまう。
(……何の話だろう?)
困惑する僕らに、
「ふふっ、楽しみにしていてください」
イルティミナさんは、なんだか悪戯っぽく笑ったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




