457・怒りの自爆攻撃
第457話になります。
よろしくお願いします。
(かわせない!)
迫る死毒竜ゲシュタルの尾を見つめながら、僕は、その事実を瞬時に悟っていた。
絶望が脳裏をよぎった瞬間、
「――防陣・重力盾!」
そんな僕の正面へと、光を放つ巨大盾を構えたレイさんが飛び込んできた。
ゴガァアン
凄まじい衝突音が響き、激しい火花が散る。
10メード以上はある巨大な尾の攻撃を、けれど、レイさんの盾は見事に受け止めていた。
押し込まれたのは、ほんの数センチ。
レイさんの両足は、足首まで赤土の地面にめり込んでいて、巨大盾を含めたレイさん自身の重量が、一気に何倍にも膨れ上がったみたいな受け止め方だった。
僕は気づく。
(あの盾は、タナトス魔法武具だったんだ!)
その力とレイさん自身の凄まじい筋力が、30メード級の竜種の一撃を完全に防いだのだ。
「無事か!?」
「は、はい!」
レイさんの問いに、僕はハッと我に返って答える。
レイさんは微笑んだ。
そして、その受け止めた尾を睨みつけて、
「攻陣・重力砲!」
その巨大盾が光輝くと、まるで磁石の反発が起きたみたいに、巨大な尾が弾き飛ばされていく。
ドゴォオン
弾かれた尾は、赤土の崖へとぶつかった。
崖には、まるで見えない砲弾が当たったみたいに丸い穴が開き、黒い尾は崖の中までめり込んでしまっている。
す、凄い……。
思わず見とれていると、
「マール、大丈夫ですか!?」
イルティミナさんが、僕とレイさんの元へと駆け寄ってきた。
僕は「うん」と頷く。
(……心配かけちゃったな)
ちょっと反省だ。
イルティミナさんはホッと息を吐き、
「レイ。夫を救ってくれて、感謝します」
銀髪の戦士へと、そうお礼を告げた。
レイさんは生真面目な表情で、「問題ない」と答える。
そして、
「まだ戦いは終わっていない。このまま、死毒竜ゲシュタルへの攻撃を続行する」
そう言って、銀髪をなびかせながら、また別の足を攻撃するために行ってしまった。
(ありがと、レイさん)
夫婦でその背を見送って、視線を反対側に向ける。
そこでは、リカンドラさんが1人で、死毒竜ゲシュタルに立ち向かい、僕らにそれ以上の攻撃が行かないように注意を引きつけてくれている姿があった。
一瞬、視線が合う。
ニヤッ
彼は『もう大丈夫だな?』という風に笑った。
僕は頷く。
それを見届けたリカンドラさんは、牽制主体の動きから、また攻撃主体の動きへと戻っていく。
(リカンドラさんもありがとう)
僕は、心の中で感謝を述べる。
イルティミナさんも、そんな2人の金印候補の姿に、真紅の瞳を細めていた。
「なるほど」
彼女は短く息を吐き、
「なかなか選定するのが難しい2人ですね。どうにも悩ましいことです」
そう苦笑した。
それから彼女は僕を見て、
「マールも、どうか無理をしないように。どうしても厳しいようならば、『神体モード』を使ってください」
「え?」
いいの?
あの2人に見られても?
「はい、あの2人ならば問題ないでしょう。いえ、もしかしたら、エルドラド・ローグの関係者ですし、2人とも貴方の正体を承知なのかもしれません」
(え……そうなの?)
驚く僕に、イルティミナさんは苦笑した。
「優れた冒険者は、情報収集にも長けていますからね」
「…………」
そっか。
まぁ、どちらにしても、イルティミナさんの許可が下りたなら、そうしよう。
僕は頷いて、
「わかった。じゃあ、神体モードも使ってみる」
「はい」
僕の奥さんも微笑んだ。
そうして僕らも、再び『死毒竜の足』を狙って、攻撃を行おうと思った――その時だった。
「イルナ姉!」
離れた位置にいたソルティスが、焦ったような大声をあげた。
(?)
少女は、指を伸ばして、何かを示している。
それは、死毒竜ゲシュタルの尾だった。
崖に埋もれていたそれが、その壁面を破壊しながら、横へと振り抜かれていた。
ゴガガガガッ
赤土の壁面が壊れる。
崩れた巨大な地盤が、大きな岩や瓦礫となって、上空から降ってきた。
(うわっ!?)
「これはいけません」
イルティミナさんも目を丸くして、驚いた顔だ。
ヒョイッ
僕を抱き上げると、凄まじい速さで走り出し、崩れた崖の落下地点から遠ざかる。
「むっ」
「くそったれ」
レイさん、リカンドラさんも、巻き込まれないように死毒竜の足元から離れなければならなかった。
それだけではない。
ブシュウウ
更に、死毒竜は口から毒液を吐き出して、僕らを近寄らせないようにしてきた。
「皆、50メード後方まで下がりなさい!」
イルティミナさんが鋭く指示を出す。
レイさんは頷き、それに従う。
ソルティスも、ポーちゃんに守られながら、更に後ろへと下がっていった。
けど、
「ここで引けるか!」
リカンドラさんだけは、牙のような犬歯を噛み合わせ、肉食獣のような顔で、再び死毒竜ゲシュタルへと接近していった。
「リカンドラ!」
イルティミナさんが怒鳴る。
けれど、赤毛の魔狩人は止まらない。
その俊敏性を生かして振り撒かれる毒液をかわし、落下してくる大岩や瓦礫を『紅白の短剣』で斬り裂きながら、それを空中で蹴飛ばして、立体軌道を描きながら『毒の巨竜』へと迫っていく。
(す、凄い!)
なんて動きだ。
コートみたいな黒い旅服の裾をなびかせて、リカンドラ・ローグは、再び死毒竜の足元へと到達した。
ジャキンッ
紅と白、2つの短剣の刃が、陽光に鋭く煌めく。
それが『死毒竜の足』へと振り下ろされる――寸前、その頭上を、死毒竜の黒い尾が通り抜けた。
(え?)
それは、リカンドラさんを狙っていない。
その棘のついた尾は、あろうことか、自身の白い芋虫みたいな巨体へと突き刺さった。
(誤爆?)
そう思った。
けど、イルティミナさんの表情は蒼白だ。
「いけない!」
叫んだ瞬間、白い胴体に充満していたガスが爆発し、凄まじい爆炎が広がった。
ドパァアアン
当然、真下にいたリカンドラさんも巻き込まれる。
「リカンドラさん!?」
僕はギョッとなる。
皆も呆然だ。
そんな中、イルティミナさんだけが前へと走っていた。
さっきのリカンドラさんみたいな動きで、落ちてくる瓦礫や毒液を回避しながら、爆発地点へと向かい、動かなくなった彼の身体を肩に担いで、こちらへと戻ってくる。
あ……。
「ソルティス、回復魔法と解毒魔法の準備して!」
僕は叫ぶ。
ソルティスはすぐに、
「わかってるわ!」
そう応じながら、大杖の魔法石を輝かせ始めた。
イルティミナさんが戻ってくる。
「かはっ」
僕らの前に着地をしたと同時に、彼女は吐血した。
肌に紫の斑点がある。
毒だ。
死毒竜の肉体が爆発した時に、その付近には、毒の体液が霧状に散布されてしまったんだ。
彼女は、それに触れる覚悟で、リカンドラさんを助けに行ったのだろう。
リカンドラさんは、もっと酷い。
至近距離での爆発で、身体には火傷もあり、それに加えて、イルティミナさんよりも多くの毒を直接、浴びせられてしまったんだ。
意識がない。
ソルティスは、すぐにリカンドラさんに解毒魔法をかける。
抗毒薬。
それを服用していなければ、3秒で死ぬ毒だ。
服用していても、30秒しか持たない。
ソルティスは、リカンドラさんの解毒を15秒で済ませ、
「マール! あとは『癒しの霊水』とアンタの回復魔法で治して!」
そう言うと、すぐに姉の解毒を開始した。
僕は「わかった!」と答えて、荷物から『癒しの霊水』の小瓶を取り出し、蓋を外してリカンドラさんに振りかける。
また『魔法発動体の腕輪』を輝かせながら、『大地の剣』を振るった。
剣先でタナトス魔法文字を描く。
「この勇敢なる者の傷を癒して! ――ラ・ヒーリオ!」
僕の知る最大の回復魔法、『中回復』の魔法を発動する。
そして、その剣先を彼の身体に触れさせると、緑色の光となったタナトス魔法文字が、その負傷した肉体に吸い込まれる。
ジュオオオ……ッ
癒しの霊水の効果もあってか、その肉体が白煙を上げ、修復されていく。
その間、そんな僕ら4人を守ろうと、レイさんとポーちゃんが死毒竜ゲシュタルとの間に立ってくれていた。
撒き散らされる毒液を、
「ポオオオオッ!」
ポーちゃんの雄叫びの障壁が防ぎ、落ちてくる瓦礫は、
「防陣・重力盾!」
レイさんの巨大盾が弾いてくれていた。
ソルティスは、イルティミナさんの解毒を終わらせると、すぐに戻ってきて、
「交代よ!」
「うん!」
リカンドラさんへの回復魔法を代わってくれた。
僕の下手な回復魔法よりも、彼女の優れた回復魔法の方が、後遺症の可能性もグッと低くなる。
「ぐはっ!」
リカンドラさんが強く息を吐き、意識を取り戻した。
ふらつきながらも立ち上がり、
「くそったれ……」
死毒竜ゲシュタルを、強い殺意にギラついた瞳で睨みつける。
(ま、また挑んじゃ駄目だよ!?)
僕は慌てた。
そんな彼の肩を、回復したイルティミナさんの手が押さえつける。
「下がりますよ」
静かな声。
けれど、そこには、これ以上の拒絶は許さないという意思が感じられた。
リカンドラさんは唇を噛み、
「……あぁ。……悪かったな」
小さく頷き、謝った。
……ほっ。
僕は息を吐き、自分の奥さんを見る。
「イルティミナさん、大丈夫?」
「えぇ」
彼女は微笑んだ。
解毒は上手くいったらしい、よかった。
それから、僕ら6人は、赤土の渓谷の中を、死毒竜から距離を取るように後方へと下がっていく。
走りながら、イルティミナさんは、
「良い所まで追い詰められました。ですが、追い詰めすぎたために、自爆覚悟で私たちを攻撃するようになってしまいましたね」
そう呟いた。
(……つまり、僕らがやりすぎたってこと?)
「はい」
金印の魔狩人は、頷いた。
それから、その美貌をしかめて、
「このままでは、怒りに任せて、奴は南下を続けてしまうでしょう。……なんとかしなければ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らは、答えられなかった。
なんとかって……どうすればいいのだろう?
…………。
考えていると、ソルティスが僕を見ていた。
ポーちゃんも僕を見ていた。
(ん?)
「アンタ、なんか、いい考えないの?」
「え?」
「こういう時、そういう方法を思いつくの得意でしょ? ほら、マール、なんか言いなさいよ」
無茶ぶりだ。
でも、なぜか、ポーちゃんもコクコクと頷いていて、
「…………」
「…………」
「…………」
イルティミナさん、リカンドラさん、レイさんも僕を見つめてくる。
え、えぇええ……?
困惑する僕だったけれど、ふと、ある方法が脳裏に浮かんだ。
(…………)
実行できるのか、これ?
ちょっと迷う。
けど、そんな僕の表情に気づいて、イルティミナさんは大きく頷いた。
「やりましょう、マール」
「…………」
「どの道、手をこまねいていれば、多くの人が死ぬのです。ならば、思いついた手は全て試してみませんか?」
……うん、そうだね。
「わかったよ」
僕は頷いた。
そんな僕に、ソルティス、ポーちゃんが笑った。
リカンドラさんとレイさんは、『本当に思いついたのか』と驚いた顔だった。
ギュッ
イルティミナさんが走りながら、僕の頭を抱き寄せる。
「大丈夫、死ぬ時は一緒ですよ」
そう囁いた。
嬉しいけど、死にたくないよ。
僕は苦笑する。
そして、自分が思いついたアイディアを、他のみんなにも伝えたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




