456・死毒の脅威
第456話になります。
よろしくお願いします。
死毒竜の進路上に先回りするため、僕らは移動を開始した。
赤土の大地を走る。
走りながら、イルティミナさんが死毒竜ゲシュタルの恐ろしい生態を教えてくれた。
「あの魔物には、魔法が効きません」
え?
「全く効果がないわけではありませんが、体表を覆う粘液によって、魔法の9割以上の魔素が分解されてしまいます。よって、魔法攻撃は通用しません」
僕は、ソルティスを見る。
5年前、魔法使いとして死毒竜と相対したことのある少女は、
「……そうだったわね」
と苦い口調で、それを認めた。
リカンドラさんが「はっ」と笑う。
「つまり、物理で攻撃すりゃいいんだろ?」
「はい」
頷くイルティミナさん。
けれど、
「ですが、話は単純ではありません。奴の胴体部には、大量のガスが詰まっています。その胴体部を破壊すると、毒液と共に爆発が起きます」
(爆発!?)
僕らは驚いた。
「小さな傷でも、その爆発と毒液によって攻撃者は死にます。仮に大きな傷を与えれば、より大きな爆発が起きるでしょう」
「…………」
「…………」
「…………」
「例えば、遠距離からの強力な砲撃などで死毒竜を倒せたとしても、その爆発によって大量の毒液が噴霧となって広がります。その範囲は推定で半径3千メード。風向きによっては、それは10倍以上になり、人々の生活圏にも到達します」
そんなことになったら、何百、何千人という人が死んでしまうよ!?
重く恐ろしい事実。
リカンドラさんも、さすがに神妙な表情だ。
(そっか)
それでキルトさんも『鬼神剣・絶斬』などで倒すことができず、死毒竜ゲシュタルを北へ追い返すことしかできなかったんだ。
でも、
「攻撃するたびに爆発するんじゃ、僕らはどうしたらいいの?」
僕は、そう問いかけた。
僕の奥さんは、答えた。
「足です」
足?
意外な答えに、ソルティス以外のみんなが驚いた。
「死毒竜の巨体を支える16本の足、そこにだけはガスがありません。私たちは、その足を攻撃して、奴の進行を止めるのです。5年前は、それで奴は北へと逃げてゆきました」
そうなんだ……。
走りながら、僕は崖下を見る。
遥か後方に見える白い巨体、そこから生えている黒っぽい足が、奴の唯一の弱点なんだ。
とはいえ、簡単な話じゃない。
あの巨体を支える足は、1本1本が、まるで巨木みたいな大きさだ。
(下手をしたら、踏み潰されるよ?)
そうでなくても、軽く蹴飛ばされただけでも重傷を負ってしまいそうだ。
でも、
(やるしかない)
遠距離からの魔法は通じない。
接近しての物理攻撃しか、方法はないんだ。
「ですが、気をつけてください。ガスはなくとも、奴の体液は猛毒です。攻撃する際には、必ず、その噴出も想定して行うのですよ」
イルティミナさんは、そう警告する。
猛毒の体液。
これまた厄介だ。
イルティミナさんの槍の砲撃も、それで槍が体液に濡れてしまえば、戻ってきた槍を手にした瞬間、イルティミナさんは致死毒を受けることになる。
つまり、槍の砲撃もできないんだ。
毒爪、毒牙、毒液、毒ガスの爆発、毒の血液。
死毒竜ゲシュタルと戦うには、気をつけなければいけない項目が多すぎる……。
レイさんが呟く。
「さすが、金印のクエストだ」
人々を守るため、『銀印』でも手に負えない超高難易度のクエストを受けるのが『金印の魔狩人』だ。
かつては、エルドラドさんと共に受けた難易度。
3年間、リハビリして復活したレイさんは、どうやら、その脅威を思い出しているみたいだった。
パンッ
初挑戦となるリカンドラさんは、手のひらを拳で打ちつける。
「面白れぇ、やってやるぜ!」
そう獰猛に笑った。
そんな2人の様子を、現役の金印の魔狩人イルティミナ・ウォンは、静かに見つめた。
…………。
僕もがんばらないと。
2人の金印候補の選定試練ではあるけれど、そんなの関係なく、まずは人々の生活を守るため、『死毒竜ゲシュタル』の脅威を排除しなければいけない。
ソルティス、ポーちゃんからも、そんな意思を感じる。
やがて、僕らは岩だらけの岸壁を降りて、巨大な渓谷の底へと降り立った。
ズズゥン ズズゥン
白く巨大な胴体を引き摺るようにして、猛毒の竜がこちらへと迫ってくる。
……でっかい。
まるで小山が動いているみたいだ。
その圧力に負けないように気合を入れて、僕は『大地の剣』を鞘から抜き放った。
陽光に、美しい刃が煌めく。
みんなも、それぞれの武器を構えた。
(さぁ、行くぞ!)
呼吸を整え、僕らは走りだす。
そうして、赤土の大地の底で、僕ら6人の魔狩人と死毒竜ゲシュタルの戦いが始まった。
◇◇◇◇◇◇◇
接近する僕らに、死毒竜ゲシュタルも気づいた。
すると、その芋虫みたいな白い巨体が、更にプク~ッと膨れ上がる。
(?)
威嚇行動?
そう思った僕の鼓膜に、
「毒液です! 気をつけて!」
イルティミナさんの警告が届いた。
ほぼ同時に、巨体からするととても小さな口が開き、そこから紫色をした液体が噴水のように放出された。
(うわっ!?)
僕は、慌てて急停止。
すぐに後方にバックステップを踏んで、それを回避した。
けれど、2人の金印候補は、足を止めることなく、真っ直ぐに死毒竜へと走っていく。
「当たるかよ!」
タタンッ タァンッ
リカンドラさんは、素早いステップを踏みながら、まるで残像を残すような動きで、空から落ちてくる毒液を回避していく。
速い!
まるで獣みたいな動きだ。
一方のレイさんは、身長よりも巨大な盾を上方へと構えて、全ての毒液を防いでいる。
「…………」
走る速度も落ちない。
リカンドラさんほどの脅威的な速度はないけれど、毒液だけでは、彼女の進行を止めることはできないようだ。
「……やるじゃない」
僕の隣で、ソルティスが感心したように呟いた。
ポーちゃんも頷いている。
イルティミナさんは、そんな僕らに、
「マールは、私と共に前線へ。ソルは、後方で待機しながら、いつでも解毒魔法が使えるよう準備をしていてください。ポーは、ソルのサポートをお願いします」
そう指示を出す。
僕ら3人は頷いた。
そして僕は、イルティミナさんと一緒に走りだし、再び、死毒竜ゲシュタルとの間合いを詰めていく。
「おらぁ!」
ザキュン ガシュン
リカンドラさんは『紅白の短剣』で、死毒竜の巨大な足の1本に斬りかかった。
肉が裂け、猛毒の体液が噴き出る。
けれど、リカンドラさんの2つの短剣は、それぞれの魔法の力を発動して、飛散する体液を炎が蒸発させ、あるいは氷として凍りつかせてしまう。
上手い毒の防ぎ方だ。
「ははははっ! こんなものか、ゲシュタル!」
彼は笑いながら、短剣を縦横無尽に振り回していく。
一方、レイさんは堅実に、盾で身体を隠しながら、弧を描いた剣ショーテルで『死毒竜の足』を攻撃していた。
ブシュッ
吹きだす猛毒の体液は、盾が防ぐ。
またショーテルは、弧を描いて反りがある分、切断力に優れている。
レイさんの凄まじい膂力によって放たれる一撃は、リカンドラさんの一撃よりも、遥かに深い傷を『死毒竜の足』に与えていた。
(2人とも、凄いや)
さすが、金印候補。
どちらも、死毒竜ゲシュタルの凶悪な毒を物ともしない立ち回りを見せていた。
僕も負けてられない。
16本ある内の1本の足へと、僕は近づいた。
ヒュボッ
(!)
巨大な足には爪があり、それが僕を蹴飛ばそうと迫ってきた。
慌てて回避する。
(あの爪にも、猛毒があるんだ)
絶対に当たるわけにはいかない。
そして僕は、回避した動きのまま、独楽のように回転して『死毒竜の足』へと『大地の剣』を振り抜いた。
ヒュコン
美しい刃が肉を裂く。
手応えは重く、凝縮された肉の硬さが感じられた。
そして、毒の体液が噴き出す。
(よけろ!)
斬った勢いのまま、横へと跳躍して、傷口から噴く紫色の液体をかわす。
回避はできた。
でも、結構ギリギリだった。
これは、斬る角度をもっと考えないと、かわし切れないかもしれないぞ。
でも、死毒竜ゲシュタルは動いているんだ。
当然、足も動くわけで、それに合わせて正確な剣技を当てるのは、至難の業だった。
(…………)
どうする?
少し攻撃の手が止まってしまう。
チラッとイルティミナさんを見れば、彼女は、その至難の業を難なく実行して、毒を回避しながら『死毒竜の足』に深手を与えていた。
さすが、金印の魔狩人だ。
(……よし!)
僕もやってやる。
そう思った時だった。
イルティミナさんが、ハッとした顔でこちらを見た。
「危ない、マール!」
(え?)
顔をあげた僕の視界の隅で、何かが動いた。
視線が向く。
そこにあったのは、死毒竜ゲシュタルの鞭のように長い尾だった。
先端には、鋭い棘が無数に生えている。
(……あ)
気づいたのとほぼ同時に、
ヒュボッ
その猛毒の棘を生やした黒い尾は、僕めがけて、恐ろしい速さで振り下ろされていた。
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