455・死毒竜ゲシュタル
第455話になります。
よろしくお願いします。
荒野では、それからも何回か戦闘があった。
今、戦っているのは、『殺人蜂』という巨大な蜂の魔物だった。
体長は2メードほど。
それが十数匹、編隊を組みながら、空から僕らへと襲いかかってくる。
「はっ、雑魚が!」
リカンドラさんは、白い犬歯を見せて獰猛に笑いながら、左右の手に『紅白の短剣』を構えて魔物の群れへと突っ込んでいった。
ザシュッ
迫る魔物の牙を交わして、カウンターで頭部を切断する。
タンッ
その勢いのまま、魔物の死体を蹴って、空中へ。
(!?)
リカンドラさんは、黒いコートのような旅服をなびかせて、次の殺人蜂を殺傷し、その死体を蹴って、また別の空中にいる殺人蜂へと襲いかかっていく。
何だ、あの動きは……。
空を飛ぶ殺人蜂を足場にして、リカンドラさん自身が空を走っている。
ソルティスもびっくりした顔だ。
「大した俊敏性ですね」
イルティミナさんも、その有り得ないような動きを眺めて、感嘆の言葉をこぼしている。
ザシュッ ガシュッ
斬られた殺人蜂は、空中で燃え上がり、凍りつき、次々と落下する。
もちろん、その間にも、他の殺人蜂たちは、地上にいる僕らにも襲いかかってきていた。
敵は空中にいる。
(アースホーンは使えないね)
僕は、剣の魔法を諦め、その美しい刃によって、直接、魔物たちを斬り倒していく。
ヒュコッ ヒュコン
数は多いけど、牙と針に気をつければ、難しい相手じゃない。
ドパン パァンッ
ポーちゃんの光る拳も、次々と殺人蜂を駆逐する。
ソルティスも「魔法がもったいないわ」と言いながら、手にした分厚い直剣で迫る殺人蜂を叩き潰していた。
(うん、いい太刀筋)
前と違って、見ていて安心感がある。
その上、もしもに備えて、ポーちゃんがさりげなくソルティスを即、フォローできる位置取りをしているのも心強さがあった。
2人とも、本当にいいコンビになったんだね。
戦闘中なのに、僕は、つい微笑んでしまった。
イルティミナさんの白い槍も、襲いかかってくる巨大な蜂たちを次々と貫き、地上へと落としていた。
「…………」
そんな彼女の視線は、レイさんへ。
レイさんは、巨大な金属盾で、空中から次々と襲いかかってくる蜂の針を防いでいた。
ガンッ ギギィン
火花と共に、丁寧に防ぎながら、
ヒュコン
間合いに入った蜂だけをショーテルで切断する。
討伐速度は、リカンドラさんには遠く及ばないけれど、危険な様子もなく、安定して魔物の数を減らしていく。
(いわゆる、堅実タイプかな?)
華はないかもしれないけれど、きっちり成果を出す感じだ。
「おらぁああっ!」
それとは正反対に、リカンドラさんは空中を縦横無尽に舞って、魔物たちの死体を地上へと落としていく。
2つの短剣が、陽光に輝く。
うん、素直に格好いい。
やがて、リカンドラさんは、この群のボスと思われる5メード級の『女王殺人蜂』を焼き殺した。
途端、生き残った魔物は逃げていく。
「逃げんな、クソが!」
リカンドラさんは追いかけたそうだったけれど、イルティミナさんの指示で、それは止められた。
ちょっと不満そうなリカンドラさん。
イルティミナさんは、
「私たちの目的は、『死毒竜ゲシュタル』ですよ? 心得違いをしないでください」
と静かに告げる。
彼は「わぁかってるよ」と両手をあげて、彼女の指示には従うことを示した。
…………。
イルティミナさん、こっそりため息をついてる。
(大変だなぁ)
ちなみに、もう一方のレイさんは、冷静で落ち着いた様子だ。
どちらも、金印候補。
対極の戦い方をする2人だけれど、イルティミナさんの採点では、今、どっちが有利なのかな? ふと、そんなことを思う僕だった。
◇◇◇◇◇◇◇
それから2日後、僕らは、大きな谷を発見した。
赤土の大地に生まれた、どこまでも長く続く渓谷の道みたいになっていた。
そこを見つめて、
「5年前、死毒竜ゲシュタルは、この谷を通って南下をしていました。恐らく今回も、ここを通るでしょう」
イルティミナさんは、そう教えてくれた。
北から南へ。
その大地の亀裂は、続いている。
「見た感じ、まだ通った痕跡はなさそうね」
「うん」
ソルティスの言葉に、僕は頷いた。
「この谷に沿って、北上しましょう」
そうだね。
イルティミナさんに従って、僕ら6人は、谷の上を北に向かって進んでいった。
…………。
翌日の早朝だった。
(ん?)
僕の嗅覚が、遠くから漂ってくる異臭を捉えた。
って、何だこれ!?
鼻に痛みのようなものが生まれるほど、嫌な臭いだった。
「マール?」
鼻を押さえてしゃがんだ僕に、イルティミナさんが驚いた顔をする。
事情を話すと、彼女の表情が引き締まった。
「死毒竜が近いのですね」
そして、
「気化した毒を吸ったかもしれません。ソル、念のため、マールに解毒魔法を」
「わかったわ」
ソルティスの大杖が、僕の背中に触れて、回復魔法が発動される。
ん……。
少しだけ、鼻の痛みが引いた気がした。
それを確認したあと、イルティミナさんは、荷物のリュックから液体の入った小瓶を6本、取り出した。
「抗毒薬です」
1本ずつ、僕らに渡される。
イルティミナさんは、僕らを見回して、
「これを服用することで、毒耐性が上がります。ですが、死毒竜ゲシュタル相手には、気休め程度に思っていてください。これを使っても、奴の毒には30秒も耐えられないでしょう」
30秒……。
使わなかったら3秒という話だから、それよりはマシだけど。
「繰り返しますが、牙、爪、毒液などには、決して当たらぬように。この抗毒薬も、気化した毒を吸い込んでも耐えられるようにというだけのものです」
伝える声は真剣だ。
(うん)
僕らは頷いた。
そして、その抗毒薬の蓋を外して、中身を飲む。
ングッ ングッ
ちょっと苦みのある、ドロッとした液体だ。
見たら、ソルティスは「うぇぇ……」って顔をしている。
あはは……。
皆が服用したのを確認して、
「では、参りましょう」
イルティミナさんはそう言って、僕らは、再び歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇◇
「――いた」
あれから、30分ほどだろうか。
遠い谷の底に、真っ白な生物を発見して、イルティミナさんが小さく呟いた。
皆の視線が集まる。
赤い谷底にいたのは、体長が30メードはある芋虫のような生き物だった。
爪のある小さな足が16本ほど生えていて、お尻からは、黒くて長い鞭のような尻尾が伸びていた。尻尾の先には、肋骨みたいな長い棘がある。
顔のある先端には、無数の眼球と小さな口。
口には、小さな歯が無数に並んでいた。
粘液に包まれているのか、全身が太陽の光に照らされて、ヌメヌメと光り輝いている。
(……あれが?)
僕の視線に、イルティミナさんは頷いた。
「死毒竜ゲシュタルです」
その声には、静かな緊張が滲んでいた。
…………。
大きさは凄まじいけれど、正直、思ったほどに恐ろしい容姿ではなかった。
むしろ、ちょっと愛嬌も感じられる。
けど、
「もしもアレが南下を続け、人のいる町に到達してしまったなら、その町に住む全ての人間たちは数分もせぬ内に、その毒に侵されて死に絶えるでしょう」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
イルティミナさんの声には、冗談や誇張の気配は微塵もない。
僕は、手で胸を押さえる。
ギュッ
その想像を現実にしないためにも、僕らは、あの芋虫みたいな竜と戦い、最悪でも北へと追い返さなければいけないんだ。
「はっ、面白れぇ」
リカンドラさんは、愉悦の笑みを浮かべていた。
レイさんは、
「そんなことはさせん」
冷静な表情でありながら、その瞳には、強い意思の光を灯している。
ザッ
イルティミナさんは、長い髪をなびかせ、僕らを振り返る。
その真紅の瞳が、全員を見回して、
「これより私たちは、あの死毒竜ゲシュタルとの交戦に入ります。さぁ、皆、全力を尽くしますよ」
強く美しい声が、そう告げた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。