454・それぞれのキルトへの思い
第454話になります。
よろしくお願いします。
焚火を囲んで、野営を行う。
星空の下、僕ら6人は、携帯食料をかじって夕食を取っていた。
すると、
「なぁ、お前は、あのキルト・アマンデスの最後の弟子なんだろ?」
(ん?)
リカンドラさんが、不意にそんな質問をしてきた。
僕は「うん」と頷く。
彼の赤い瞳は、僕をジッと見つめながら、
「弟子のお前から見て、キルト・アマンデスっていうのは、どんな奴なんだ?」
と聞かれた。
……どんな?
少し考えて、僕は答えた。
「酒好き」
「…………」
リカンドラさんは、ポカンとした。
いや、彼だけでなくて、レイさんも意外そうな顔をした。
キルトさんを知っているイルティミナさんは、苦笑を漏らし、ソルティスとポーちゃんは、我関せずに食事を続けていた。
僕は言う。
「冒険者をしてない時は、ただのお酒好きのお姉さんだったよ」
「そ、そうか」
リカンドラさんは、困った顔だ。
ガリガリ
彼の手は、自分の赤毛の髪をかく。
それから、
「いや、俺が聞きたかったのはそういう話じゃなくてな。どれぐらいの強さだったのか、ってことを知りたかったんだ」
と訂正される。
(あ、そういう話か)
僕は、自分の勘違いに気づいて、ちょっと気恥ずかしくなった。
えっと、そうだね……。
「リカンドラさんの速さと正確な剣技、それと、レイさんの優れた身体能力、その両方を持ってる感じかな」
と答えた。
リカンドラさんは「へぇ」と呟き、目を輝かせた。
レイさんも興味深そうな顔だ。
僕は続ける。
「でも、それだけじゃなくて、『キルトさんなら絶対に何とかしてくれる』って思わせる人だった」
「…………」
「…………」
「どんなに絶望的な状況でも、諦めないし、くじけないし、そして本当に何とかしてきてくれた。ただ強いだけじゃなくて、そういう理屈の外の強さを感じる人だったよ」
そんな彼女がいたから、僕も戦えた。
恐ろしい『闇の子』たちにも抗い、最後は勝利を収めることができたんだ。
もしキルトさんがいなかったら、
(僕は、途中で心が折られていたかもしれないね……)
そんな風にも思っている。
リカンドラさんは、その手で顎を撫でながら「なるほどな」と呟いた。
「兄貴が惚れたのは、そんな女か」
そう小さく苦笑する。
あ……そういえば、リカンドラさんのお兄さんのエルドラドさんは、キルトさんに求婚もしてたんだっけ。
キルトさんは『ハーレム男は信用できん』って、言ってたけど……。
カチャッ
リカンドラさんは、腰に差した短剣の柄に触れる。
「一度、やり合ってみたかったなぁ」
そう子供が夢見るみたいに呟く。
リカンドラさんは、昔、お兄さんとの付き合いもあって、1回だけキルトさんに会ったこともあるそうだ。
その時は、軽く挨拶した程度。
だけど、その時には、キルトさんのことも、本当に強いのか弱いのか、よくわからなかったんだって。
リカンドラさんは苦笑する。
「きっと、当時は実力が離れすぎてて、わからなかったんだろうな。……チキショウめ」
なんだか悔しそう。
(ふ~ん?)
もしも再会したら、彼はキルトさんに勝負を挑みそうな感じだった。
レイさんは、吐息をこぼす。
「……私は、あの女が嫌いだった」
ポツリと呟く。
(え?)
驚く僕らに、彼女は、淡々とした口調で語った。
レイさんは、エルドラドさんの冒険者仲間だ。
エルドラドさんの他には、レイさんも含めて4人の冒険者がいて、全員が女性だった。
そして、全員が彼のハーレムだった。
レイさんは、エルドラドさんのことが本気で好きだったんだ。
でも、彼の方はそうでもない。
愛情は向けられているし、優しくもされていたけれど、それ以外の姿を見せてはくれなかった。
見せるのは、キルト・アマンデスという女性のみ。
自分たちがどれほど望んでも手に入らないエルドラドさんの心を、キルトさんだけが手に入れられそうで、けれど彼女は、それを放り捨てていた。
だから、彼女が憎かった。
キルトさん自身が悪いわけじゃない。
それでも、嫌いという感情は消せなかった。
それだけではなくて、キルトさんもレイさんも、同じ女性冒険者だった。
そして、レイさん自身も『銀印の魔狩人』という高みにいて、自分の強さには誇りを持っていた。
恋に負けても、強さなら負けない。
もしも相手がキルトさんでなければ、そんな風に思えたかもしれない。
けれど、キルト・アマンデスという女性は、そのレイさんよりも高みに昇った『金印の魔狩人』だった。
女として。
魔狩人として。
レイさんは、完敗してしまったのだ。
だからこそ、レイさんはキルトさんが嫌いだった。
「完全な逆恨みだが、な」
彼女は、皮肉そうに笑った。
その感情が消えたのは、『闇の子』に敗れ、自分が再起不能と思われるような大怪我をしたあとだった。
心身共にボロボロだった。
あの闇の子供には、誰も勝てないと思えた。
愛するあのエルドラドでさえも、殺されてしまったのだ。
キルト・アマンデスが、その『闇の子』の討伐のために動いているという話は耳にしていたけれど、馬鹿な女だと、彼女も殺されると思っていたそうだ。
けれど、
「彼女は、それをなした」
レイさんの緑色の瞳が、僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんを見つめた。
キルトさんと共に戦った僕らを。
アルン神皇国での、ヴェガ国での、暗黒大陸での彼女の戦果を聞くにつけ、レイさんの心境も少しずつ変わっていった。
もしかしたら……?
そんな気持ちを、希望を持つようになった。
そして、悟った。
自分は女として、魔狩人として以前に、『人間』として、あのキルト・アマンデスに負けていたのだと。
それを理解したのだ。
そうして自らの敗北を受け入れたら、不思議と楽になった。
それからのレイさんはリハビリに励むようになり、カウンセリングも受けて、再起を果たしたのだ。
レイさんは小さく微笑んだ。
「今の私は、少しでも彼女の見ていた高みへと昇りたい、そう思っている」
そのために『金印』に。
キルト・アマンデスと同じ称号を手に入れようと、こうして、ここに立っているのだと、レイさんは僕らに語った。
(……そっか)
キルトさんは、ここにはいない。
けれど、キルトさんに影響を受けて、リカンドラさんもレイさんもここにいる。
それはとても不思議で、けど、なんだか嬉しかった。
僕は笑った。
「どちらが選ばれるかはわからないけれど、僕も、2人のことをできる限り手伝うよ」
2人の金印候補は、驚いた顔をする。
それから、
「おう!」
「ありがとう」
それぞれに笑って、頷いてくれた。
そんな僕らに、イルティミナさんは微笑み、ソルティスは「相変わらず、お人好しねぇ」と呆れ、ポーちゃんはそんな少女の肩を宥めるように、ポンポンと叩いていた。
パチパチッ
焚火の火の粉が弾ける。
揺らめく炎が高く夜空に昇っていく。
リカンドラさんが「なぁ、少しでいいから、手合わせしようぜ?」とイルティミナさんを誘い、「試練、失格にしますよ?」と、イルティミナさんがお断りしたりする一幕もあったりして、その夜も更けていく。
交代で見張りをこなして、やがて、朝が来る。
荒野の東側から、太陽の光が差し込み、世界を赤く染めあげた。
「さぁ、参りましょう」
イルティミナさんの号令に僕らは頷く。
そうして僕ら6人は、赤く輝く早朝の荒野を北へと向かって歩きだした。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。