452・赤き荒野
第452話になります。
よろしくお願いします。
10日後、僕らはシュムリア王国北東部にある『赤き荒野』へと辿り着いていた。
王国の手配した竜車を降りる。
目の前には、どこまでも広がる真っ赤な土の大地が広がっていた。
(……まるで暗黒大陸みたいだ)
あの遠い海の向こうの大陸で見た、赤茶けた荒野にそっくりだった。シュムリア王国にも、こんな土地があったなんて知らなかったよ。
「参りましょう」
イルティミナさんが言って、僕らは歩きだす。
赤い土の上に、僕ら6人分の足跡が残されていく。
目指すのは、『死毒竜ゲシュタル』が進行してくるだろうと予測される地点だ。
死毒竜は、5年周期で南下する。
10年前、そして5年前は、キルトさんの活躍で追い返すことができた。
そして、その5年前の討伐には、今、僕らの先頭に立っているイルティミナ・ウォンも参戦していたはずだった。
僕は問う。
「その死毒竜ゲシュタルって、どんな魔物なの?」
彼女は、こちらを顔だけで振り返る。
「その名の通り、死に至る猛毒を持った竜です。毒爪、毒牙、毒液の吐瀉などの攻撃を仕掛けてきますが、血液も毒なので迂闊に傷つけることもいけません」
「…………」
「もしその毒に触れたなら、人間は3秒で死ぬことになるでしょう」
……それは、恐ろしいね。
イルティミナさんの紅い瞳は、遠くを見つめる。
「5年前は、キルトも苦戦していましたね。ソルの解毒魔法がなければ、彼女も死んでいたかもしれません」
(あのキルトさんが?)
僕は、ちょっと驚いてしまった。
とはいえ、それは相性もあるのかもしれない。
キルトさんは、接近戦が主体の戦い方だ。
死毒竜ゲシュタルの特性を聞く限り、その戦い方はどうしても大きな危険を伴うと思えた。
と、
「その時は、たまたま間に合ったけどね」
ソルティスが呟いた。
「でも、今回も間に合うとは限らないから、あんまり私の解毒魔法に期待しないでよ」
そう忠告する。
(そっか)
僕は、頷いた。
イルティミナさんも頷いて、今回同行しているリカンドラさんとレイさんを見る。
「先に言っておきます」
ん?
「レクリア王女は討伐を期待されていましたが、私は、それを無理になそうとは思っていません。結果として追い返せれば、それで充分。これは2人にとって『金印』の試練ではありますが、私の考えは理解しておいてください」
静かだけれど、譲る気のない意思を感じる声。
2人の金印候補者は、黙っていた。
レイさんは瞳を伏せ、
「わかった」
感情を殺した声で答える。
人々の脅威となる竜を排除したい、その強い思いを我慢しているのが伝わってきた。
一方でリカンドラさんは、
「別に、倒せりゃ倒していいだろ?」
好戦的な笑みを浮かべて、そんなことを言っている。
……もしかしたら、いざとなっても彼は引かないかもしれない……そんな危うさを感じさせた。
そんな対照的な2人を見つめ、イルティミナさんは、小さく嘆息する。
「まぁ、いいでしょう」
そう言って、前を向いた。
僕とソルティスとポーちゃんの3人は、なんとなく顔を見合わせる。
討伐という目標はあっても、それぞれの向いている方角は、全くのバラバラに思えたんだ。
…………。
これは、イルティミナさんも大変そうだ。
僕としては、できる限り自分の奥さんをサポートして、このクエストを6人全員無事に終わらせられるように努めようと思った。
◇◇◇◇◇◇◇
数時間、荒野を進んだ。
もう少ししたら、今日は野営をしようという時間帯だった。
(ん?)
その時、僕の嗅覚に魔物の臭いがあった。
同時に、
「あん?」
リカンドラさんが形の良い眉を片方だけ上げて、前方を睨む。
彼も気づいたみたいだ。
僕はイルティミナさんに魔物の接近を伝え、その時には、リカンドラさんは両腰に差してあった2つの短剣の柄を掴んでいた。
「全員、陣形を取りますよ」
イルティミナさんが指示を出す。
「リカンドラ、レイ、貴方たちは前線に立ちなさい。私はすぐ後ろでサポートに回ります」
「おう」
「はい」
2人は頷いた。
片方は嬉しそうで、片方は粛々とした硬い声だ。
「ソルは後方待機。マールとポーは、ソルを守ってください」
「うん」
「了承した」
僕とポーちゃんは頷く。
けれど、イルティミナさんの妹は、少し不満そうだった。
「イルナ姉。今の私には、別に護衛は要らないわ」
ヒュン
そう言いながら、彼女は肉厚で幅広の片手剣を鞘から抜く。
前に、僕と選んで買った剣だ。
その構えを見て、ちょっと驚いた。
今までのソルティスは、まだ剣士としては半人前だったけれど、今、目の前にいるソルティスの構えは、1人前の剣士の風格が宿っていた。
実戦に裏打ちされた自信。
それが伝わる。
キルトさんの引退と共にパーティーを解散してから、ソルティスは、ポーちゃんと2人組で冒険者をしていた。
ポーちゃんが前線に立てば、ソルティスを守る者はいない。
彼女は、その状況の中で討伐クエストをこなし続け、危険な魔物たちから身を守る術を身に着けていったのかもしれない。
それが今の風格を生んだのだろう。
彼女は『魔法剣士』。
かつての魔物の接近で無力化される『魔法使い』だけの少女ではなくなったのだ。
しばらく目を離した間の妹の成長に、イルティミナさんも驚いていた。
けれど苦笑して、
「今回の戦闘は、前線2人の実力を見極めるための場でもあります。今は私の指示に従って、3人とも待機をしていてください」
と指示を重ねた。
そう言われてしまえば、ソルティスも「……わかったわ」と引き下がらざるを得ない。
(なるほどね)
ソルティスの実力はわかっている。
だから今は、リカンドラさんとレイさんのお手並みを拝見する場となるわけだ。
「…………」
「…………」
1人は嬉々として、1人は生真面目な表情で、前方の荒野を見つめている。
やがて、30秒ほどすると、
ザザザッ
その赤土の地面が持ち上がりながら、こちらへと迫ってきた。
そして、僕らの前方10メードほどで大地が爆ぜる。
ドパァン
そこから現れたのは、体長が3メードほどの岩みたいな外骨格をした巨大なカマキリみたいな生物たちだった。
数は、5体。
両腕の先にある巨大な鎌が、陽光にギラリと妖しく輝いている。
「殺戮の岩蟷螂」
イルティミナさんが低く魔物の名前を呟いた。
僕も『大地の剣』の柄を握り、
シュラン
美しい刃を鞘から抜く。
ポーちゃんも、直剣を構えるソルティスの前で、光る両拳を持ち上げた。
シャンッ
リカンドラさんも、黒いコートの裾を払いながら、紅と白の2色の短剣を鞘から抜き放った。
ズシン
レイさんも巨大な金属盾を、全身鎧を着こんだ身体の前方へと左腕1本で向け、右手は弧を描いた剣ショーテルを構える。
2人の背中から、強い圧を感じる。
強者の気配だ。
キシャアアアッ!
魔物の群れは、けれど、それに委縮することなく、巨大な鎌を振り上げてこちらに突進してくる。
そして、戦闘が始まった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




