050・解散、そして
第50話になります。
よろしくお願いします。
ギルド長の部屋から、2階に戻ると、外はもう真っ暗だった。
紅の月の位置から、多分、19時ぐらいかな?
ムンパさんと1時間近く、話していた計算になる。
「遅くなってしまったの」
「うん」
イルティミナさん、ちょっと待たせちゃったな。
申し訳ない気持ちを抱えながら、僕は、キルトさんより先にレストランへと入っていく。
(まだ、テラス席にいるかな?)
ガラス扉を開けて、テラスに出る。
そこに、彼女たちはいた。
僕がいなくなった時と同じ席に、あの美しい姉妹は座っていた。
でも、僕が座っていた席には、知らない男の人が座っている。
(…………。誰?)
思わず、立ち止まってしまった。
まだ若い、15、16歳ぐらいの少年だ。
青い髪に、茶色の瞳をして、顔立ちも整っている。
年齢の割に、背も高い。
動き易そうな金属鎧に、背中に長剣を装備しているので、冒険者だと思う。
……2人の知り合いかな?
その少年は、彼女たちと親しそうに話している。
「イルナさんも今日、帰ってきてたんですね。俺たちも、さっき王都に着いたんですよ」
「偶然ですね、アスベル」
「アスベルたち、何の依頼だったの?」
「ガザン遺跡の探索だよ。――だけど今回は、ガーゴイルが多くて大変でした。俺、30体は壊しましたよ?」
「そんなにですか?」
「うへ~、そりゃ大変そう」
……なんか会話も弾んで、楽しそうだ。
(どうしよう?)
ちょっと声をかけ辛い。
「どうした、マール? 早う行け」
「わ?」
テラスの出入り口で止まった僕の背中を、キルトさんがポンッと押す。
つんのめった僕に、3人は気づいた。
「マール!」
イルティミナさんは、パッと花が咲くように表情を輝かせ、椅子から立ち上がる。
アスベルさんは、「え?」と驚いたように、走りだした彼女を見る。
ソルティスが頬杖をつきながら、僕らに笑う。
「遅かったじゃない。おかえり、キルト、マール」
「うむ」
「た、ただいま」
答える僕の前に、イルティミナさんは膝をつき、その綺麗な白い手で頬に触れてくる。
「おかえりなさい、マール」
「……うん。ただいま、イルティミナさん」
その手の温もりで、強張っていた心が緩んでいく。
(イルティミナさんの手って、あったかいな……)
なんだか安心してしまう。
僕は、目を閉じて、大きく息を吐いた。
でも、それを見たイルティミナさんは、ちょっと勘違いをしたようだ。
「どうしました、マール? もしかして、ムンパ様に、何か言われたのですか?」
「あ、ううん」
僕は、慌てて首を振った。
「大丈夫。ちょっとお話しただけ。優しい人だったよ」
「そうですか」
イルティミナさんは、安心したように頷いた。
それから、労わるように僕の髪を、優しく撫でてくれる。
えへへ、ちょっと気持ちいい。
そんな僕らに、キルトさんとソルティスは、苦笑している。
そして、アスベルさんが、少し慌てたように質問してきた。
「イ、イルナさん? その子供はなんですか?」
「マールです」
「……マール?」
彼は、怪訝そうに僕を見る。
僕も、彼を見る。
目が合った。
(…………)
互いの目の奥に、共通の感情を見つけた。
――あぁ、この人も、イルティミナさんのことが好きなんだね?
そうわかった。
きっと彼も、僕の感情に気づいたと思う。
あんまりな説明だったので、キルトさんが、苦笑しながら補足する。
「このマールは、今回のクエストで、イルナの命を救った恩人での」
「……イルナさんの命を?」
「うむ。しかし、身寄りがないゆえ、こうして連れてきたのじゃ」
「そうでしたか」
彼は、頷いた。
「なら、俺の知り合いの孤児院に連絡しますよ。すぐに引き取ってもらえると思います」
「いえ、結構です」
イルティミナさん、僕を抱きしめながら、速攻で断った。
(ぐえ……っ)
ち、ちょっと苦しい。
アスベルさんは、驚いた顔だ。
姉の姿に、妹のソルティスが肩を竦める。
「なんかさ~。イルナ姉ったら、このマールのこと、お気に入りなのよ」
「お気に入り……」
彼は呟き、うつむく。
それから顔を上げ、僕を見る目は、強い敵意の光が灯っていた。
「――でも、コイツ、『血なし者』ですよね?」
空気がキンッと凍った。
(……血なし者?)
もしかして、『魔血の民』じゃない……ってことかな?
彼の声には、刺すような嫌悪がある。
イルティミナさんが、僕を守るように抱いたまま、静かな怒りを込めて、口を開いた。
「それが何か?」
「……あ」
アスベルさんは、ハッとする。
キルトさんが苦笑し、理解ある瞳で彼を見た。
「マールは、マールじゃ。それ以上でも、以下でもない。同じように差別を受けてきた『魔血の民』ならば、そなたもわかるであろ、アスベル?」
「…………」
彼は、悔しそうに唇を噛みしめる。
やがて、大きく息を吐いた。
「すみません……少し、頭を冷やしてきます」
そう言って、その場を去ろうとする。
横を通る時、彼は僕を見た。
「悪かったな」
「…………。ううん」
そして、彼はテラスから出ていった。
(……悪い人じゃないよね?)
そう思った。
イルティミナさんが、申し訳なさそうに謝る。
「ごめんなさい、嫌な思いをさせましたね」
「ううん、大丈夫」
僕は首を振る。
「アスベルさんだっけ? 今度、ゆっくり話してみたいな、僕」
彼の消えた方を見ながら、正直に言う。
3人は驚いた顔をした。
「マールは、凄いですね」
「お人好し」
「ふむ。そなたは、わらわたちが思ったよりも、ずっと強い子じゃの?」
そう言って、3人とも嬉しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
そうして僕ら4人は、改めて、テラスの椅子に座り直す。
(ん……いい風だ)
夜の湖を渡ってきた風は、冷たくて気持ちいい。
それに誘われるように、視線をあげる。
テラスから見える王都ムーリアの夜景は、とても綺麗だった。家々の灯りが、どこまでも広がって、夜空の星々も霞んでいる。
特に、神聖シュムリア王城は、ライトアップもされて、まさに巨大な光の城だった。
(異世界なんだなぁ……ここ)
ちょっと感慨深かった。
1人だけ食事をしていなかったキルトさんは、店員に注文をしてから、僕らを見る。
「さて、皆、ご苦労じゃったな。無事、報告も終わった。今回のクエストも、これで終了じゃ」
「はい」
「そうね」
そっか。
赤牙竜ガドの討伐は、これで、本当の意味で終わったんだ。
キルトさんは、赤いカードみたいな物を、2人に渡す。
なんだろう?
覗き込む僕に気づいて、イルティミナさんが優しく笑って、教えてくれる。
「これは、報酬の引換券です。窓口で渡せば、登録されたリド硬貨をもらえるのですよ」
「へ~?」
クエスト報酬って、こういう感じなんだ。
キルトさんが笑いながら、隣にいる紫髪の少女を指差して、
「前に、コイツは引換券をなくしての。あの時は、大変じゃったの」
「だぁ~っ! んなの、昔の話でしょ~がっ!!」
ソルティス、真っ赤だ。
年上の2人は、楽しそうに笑っている。
(あはは……小さいカードだもんね。やっぱり、なくすこともあるんだ?)
僕もつい笑って、ソルティスに睨まれる。
おっとっと。
慌てて、笑いを引っ込める。
そして、僕は気になったことを、聞いた。
「それで、このあと、みんな、どうするの?」
「ふむ。とりあえず、パーティーは一時解散じゃな」
「解散?」
キルトさんは、「うむ」と頷く。
「今回のクエストは、予想外に時間がかかったからの。それぞれに7日ほど休暇を取り、8日目にギルドに集合じゃな」
「ふぅん」
「そなたらも、それで良いかの?」
「はい。問題ありません」
「いいわよ」
姉妹は、自分たちのパーティーリーダーに頷いた。
(8日後か……)
その間、僕は、どうしようかな?
やりたいことは、幾つかあるんだけど……。
と、キルトさんがこちらを見る。
「さて、わらわたちはそれで良いとして、マール、そなたはどうする?」
「ん?」
「そなたの望む王都まで、こうして辿り着いた。今後は、どうするつもりじゃ?」
僕は少し考えて、答えた。
「とりあえず、ムンパさんに頼んだことの報告待ちかな」
「ふむ?」
「他にも、考えてることは、幾つかあるんだ。報告を待ちながら、まずは、それをがんばってみるよ」
「そうか」
キルトさんは、大きく頷いた。
「ならば、しばらくギルドの宿に泊まれるよう、ムンパに頼んでおこう」
「本当?」
それは助かる。
実は、久しぶりの葉っぱ布団も考えてたんだ。
でも、イルティミナさんが首を振った。
「いえ、その必要はありません」
「え?」
「マール、私は約束したでしょう? 貴方を決して1人にはしないと」
それは、熱い視線だった。
僕とキルトさんは驚き、ソルティスは、数秒の間を置いて青ざめる。
「ちょ……イルナ姉、まさか?」
妹を無視して、イルティミナさんの白い両手は、僕の両手を包み込むようにしっかりと握る。
その美貌を近づけて、
「これからマールには、私の自宅で、一緒に暮らしてもらいます」
きっぱりと言った。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




