451・選定試験クエスト
第451話になります。
よろしくお願いします。
世界一、強くなりたい。
リカンドラさんは単純明快な答えを口にしたけれど、その瞳は真剣だった。
彼は言う。
「金印になれば、より強い魔物と戦えるんだろ? そうすりゃ、俺はもっと強くなれるんだ。だから『金印』を目指す。わかり易いだろ?」
その声には、強い自信が満ちている。
今の彼は『銀印の魔狩人』だけれど、彼が受けられるクエストランクの魔物では、もう物足りなくなっているのだそうだ。
だから、より強い敵を求めて。
より強くなるための手段として、『金印』の称号を求めている。
…………。
キルトさんやレイさんのように、人々を守るために、希望の光になるために、なんて高尚な理由ではない。
でも、その瞳には決意と覚悟があった。
世界一、強くなる。
そのためには、どんな苦難な道であろうとも逃げず、恐れず、突き進むのだという純粋で強靭な意思が感じられた。
常人とは違う。
自分の欲望と理想に忠実で、だからこそ、常人には到達できない『金印の魔狩人』の高みにも到達できるかもしれない。
その強さは、結果として人々を守る剣となるだろう。
(…………)
レイさんとは違うベクトルだけど、凄い人だと思った。
というか、銀印のクエストで物足りないなんて、リカンドラさんはどれほどの強さなんだろう?
ビリッ
彼は、イルティミナさんを見つめている。
空気が、そこだけ張り詰めた感じだ。
「アンタは、相当強いんだろう?」
「…………」
「本当なら、あのキルト・アマンデスとやり合ってみたかったんだが、アンタも『金印』なら相当できそうだ。どうだ、軽く試してみないか?」
ジャリッ
彼は、イルティミナさんの方へと1歩、足を踏み出した。
その両手は、いつでも左右の腰にある短剣を抜ける位置に持ち上げられていた。
……って、ちょっと?
(王女様の前で、いきなり戦おうって、何考えてるの?)
僕は驚き、呆れた。
ソルティスも唖然とした顔だ。
レクリア王女は、特に気にされた様子もなく、ニコニコと微笑んだままでいる。
そして、イルティミナさんは、
「それで、私に何のメリットが?」
と静かに問いかけた。
リカンドラさんは、白い犬歯を見せながら笑った。
「どっちが強いかわかるぜ?」
「興味ありません」
「…………」
「…………」
「そうかい」
彼はつまらなそうに唇を尖らせ、前傾姿勢を解く。
張り詰めていた圧が消えた。
ガリガリ
赤毛の髪を乱暴にかきながら、
「つまんねえな」
まるで子供が不貞腐れるように呟いた。
……ある意味、本当に子供なのかもしれないなぁ。
世界一、強くなりたい。
子供の頃には誰もが思う夢で、けれど、大人になっていくにつれて現実を知って、それを諦める。
でも、彼は今も諦めてはいない。
それを純粋に追いかけ続ける姿には、なんとなく憎めない、むしろ応援したくなるような気持ちが僕の中にはあった。
(まぁ、イルティミナさんを傷つけるようなことはして欲しくないけど……ね)
心の中で苦笑する。
レイさんは、そんな彼の性格を熟知しているのか、軽くため息をこぼしていた。
姉に喧嘩を売られたソルティスは、ボソッと「……何、コイツ?」と呟き、ポーちゃんはポンポンとその背中を叩いて、命の恩人の弟の行動を許すように促している。
そして、レクリア王女が両手を合わせた。
パンッ
「自己紹介も終わったようですし、それでは、どちらが『金印』の称号に相応しいのか、判断をすることといたしましょう」
王女様は、そう告げる。
僕らの視線が、レクリア王女様に集まった。
彼女は、それらの視線を見つめ返して、
「その判断のため、2人には1つの試験を課しますわ」
と言った。
(……試験?)
レクリア王女の白い手が、軽く持ち上げられ、北東の方向を示す。
「2人には、これより、1体の魔物を討伐してもらいますわ。その魔物の名前は、死毒竜ゲシュタル。北部の『赤き荒野』にて出現する魔物ですの」
◇◇◇◇◇◇◇
「死毒竜ゲシュタル!」
その名前に反応したのは、誰あろう、僕の奥さんが最初だった。
(知ってるの?)
僕はキョトンとなる。
気づけば、ソルティスも顔色を青くしていて、
「5年周期で活動する猛毒を持った竜よ。毎回、出現するたびに、その時代の『金印の魔狩人』が撃退してる。それが50年以上も続いているわ」
と教えてくれた。
そうなんだ?
ゲシュタルって名前もついているし、手強い魔物なんだね。
僕は単純に、そう思った。
そんな僕を、ソルティスは睨む。
「わかってるの? 毎回、撃退してるのよ?」
「?」
うん、撃退してるんだよね。
「そう、撃退。つまり、討伐できていないの。あのキルトでさえ、2回も討伐に失敗して、人の生活圏から追い出すしかできなかった魔物なのよ?」
「…………」
あの、キルトさんが……?
いや、彼女だけでなく、それ以外の歴代の『金印』が50年にも渡って討伐できなかった……?
その意味が、ようやく頭に浸透してくる。
同時に、僕の全身からは血の気が引いていた。
(その討伐が試験?)
レクリア王女様、それはちょっと無茶過ぎませんか……。
けれど、シュムリア王国の美しい第3王女様は、ニコニコと華やかな微笑みを浮かべていて、僕らの反応を見ているだけだった。
…………。
レイさんは、表情を厳しくしていた。
その脅威を正しく理解して、緊張しているようにも思えた。
一方で、
「おもしれえ!」
バンッ
リカンドラさんは、手のひらに拳を撃ち当てて、まるで玩具を与えられた子供みたいに目を輝かせていた。
強い魔物と戦える。
彼にとっては、それが全てみたいだ。
……なんか、凄いね。
そして、僕の奥さんであるイルティミナさんは、レクリア王女を静かに見つめる。
「本当によろしいのですか?」
と問いかけた。
レクリア王女は、
「もちろんですわ」
と微笑みを深くなされた。
「どちらにしても、死毒竜ゲシュタルの活動時期でしたもの。それに、イルティミナ様のみを挑ませるよりも、この2人も同行させた方が討伐確率もあがりますわ」
「…………」
それは、確かにそうかもだけど……。
でも、連携も取れてない冒険者同士では、逆に確率が下がったりもしないのかな?
(いや……違うか)
どちらにしても、近々、死毒竜ゲシュタルの討伐依頼は出されるはずだったのだ
その時には、きっと、イルティミナさんと僕が選ばれることになる。
2人では心許ないので、きっと元仲間であるソルティスとポーちゃんにも一緒に行ってもらうことになっただろう。
つまり、今ここにいる4人だ。
それだけでも戦力が足りないかもしれない。そして、もし戦力を追加するならば、この『金印候補』の2人が最も適任と判断できるんだ。
…………。
なるほどね。
(レクリア王女様って、本当に頭がいいよ)
死毒竜ゲシュタルの対応と合わせて、新しい『金印』の選定も行うように計算してるんだから。
心の中で、脱帽のため息だ。
イルティミナさんも、レクリア王女の考えがようやく理解できたのだろう。
軽く吐息をこぼして、
「わかりました」
と頷いた。
蒼と金のオッドアイの瞳を細めながら、美しい王女様は微笑む。
「それでは皆様、よしなに」
たおやかな声。
その逆らえぬ言葉に、僕ら6人は、その場に膝をついて「ははっ」と首肯した。
そうして3日後、僕らは死毒竜ゲシュタルの討伐のため、そして新しい金印の選定のため、王国北部にある『赤き荒野』を目指して、王都ムーリアを出発したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。