450・2人の金印候補
第450話になります。
よろしくお願いします。
翌日、僕らは、神聖シュムリア王城を訪問した。
そこで、いつものように王女の侍女フェドアニアさんに案内されたのは、あの美しい空中庭園だ。
「ようこそ、皆様」
その花園で、どの花よりも可憐で美しいレクリア王女が微笑みを咲かせていた。
蒼と金のオッドアイ。
16歳となった彼女は、匂い立つような大人の色香も放ち始めていた。
僕らは跪き、臣下の礼を取る。
「お久しぶりです、レクリア王女様」
イルティミナさんが代表して挨拶すれば、王女様には、すぐに立つように促された。
素直に従う。
そして顔を上げて、見れば、王女様の左右には、一組の男女が立っていた。
ピリッ
静かな圧を感じる。
(……この人たちが『金印』の候補者だ)
すぐにわかった。
男性の方は、動き易さを重視した黒い鎧とコートのような黒い旅服を装備していた。
外見は、20代後半ぐらい。
赤毛の髪と赤い瞳をした整った風貌の、長身の男の人だ。
でも、目つきが鋭い。
そして、腰の左右には、紅と白の短剣が提げられている。魔法石があるので、多分、タナトス魔法武具だ。
…………。
女性の方は、男性とは逆に、重装備の重そうな金属鎧を全身にまとっていた。
こちらも年齢は、20代後半ぐらいに思える。
銀色の短い髪と、緑色の瞳をした綺麗な顔立ちの女の人なんだけれど、その美貌には、無数の傷跡と火傷跡が残されていた。
表情からも、とても硬い雰囲気を感じる。
彼女は、自分の身長よりも大きな巨大な金属盾を背負っていて、腰の後ろには、弧を描いた剣ショーテルが固定されていた。
…………。
どちらも、只者ではない雰囲気だ。
2人は静かに僕らを見つめ返している。
レクリア王女が、
「リカンドラ・ローグとレイ・サルモンですわ」
と紹介してくれた。
男の人がリカンドラさん、女の人がレイさん、だね。
レクリア王女の説明によると、2人とも『冒険者ギルド・黒鉄の指』の所属なんだって。
王女様は、僕らのことも2人に紹介してくれる。
「こちらがマール様ですわ」
ピクッ
その際、僕のことを紹介された時に、なぜか2人が反応して、僕のことをジッと見つめてきた。
えっと……何?
そのまま、僕ら4人の紹介も終わる。
すると、銀髪の美女レイさんが、なぜか僕の方へと近寄ってきた。
ザッ
そして、僕の前に膝をつく。
(え?)
戸惑う僕の右手を、レイさんの両手が握り締めた。
傷痕のたくさん残った手だった。
彼女は僕を見つめて、
「貴方がマール、なのか。……エルの仇を取ってくれて、ありがとう」
そう頭を下げてきた。
……エル?
その言葉で思いつくのは、僕の中では、イルティミナさんの前の『金印の魔狩人』であった烈火の獅子エルドラド・ローグさんしかいない。
レイさんは、瞳に涙を滲ませていた。
僕の手を強く握る指は、その感情に、小さく震えている。
えっと……。
こちらが質問する前に、
「そちらのレイ様は、かつて、エルドラド様の冒険者仲間であった方なのですわ」
レクリア王女が教えてくれた。
その意味に、僕らは震えた。
3年前、金印の魔狩人エルドラド・ローグは、あの『闇の子』との戦いに敗れて、亡くなってしまった。
5人の冒険者の内、生き残ったのは1人。
瀕死の重傷を負いながらも、生きて帰った彼女のおかげで、その情報は王国に届けられた。
けど、その人物は、肉体的にも精神的にもボロボロで、日常生活を送るのも大変な後遺症が残り、自死を選びかねないような精神状態だったと聞いている。
(その人が……レイさん?)
僕はまじまじと、目の前の女性を見つめてしまった。
傷跡だらけの美女。
彼女は、僕の手を握りながら、
「私は、絶望の中にいた。だが、そこから救い出してくれたのは、マールという名の希望の光だった」
そんなことを言った。
3年前、戦いに敗れた彼女の心には、あの『闇の子』の恐ろしさが刻まれてしまった。
絶対に勝てない。
あのエルでさえ敗れた邪悪な存在なのだ。
その絶望と恐怖が、心を埋め尽くしていたのだという。
そんな中、その『闇の子』に抗おうとしている僕らの存在を知ったそうだ。
最初は、無理だと思った。
けれど、前人未到のアルン大迷宮を踏破し、コキュード地区では、『第3の闇の子』を撃破。
それだけでなく、ヴェガ国では『第4、第5の闇の子』まで倒してしまい、暗黒大陸の探索も成功させて、そこにいた『第6の闇の子』までも撃破してしまった。
中心となったのは、『マール』という少年。
その事実は、彼女の闇に包まれた心に、一筋の光となって突き刺さったという。
彼女は、自分を恥じた。
自分よりも幼い少年が、あの恐怖に立ち向かい、撃破していく姿に感銘を受けたのだそうだ。
このままではいられない。
レイさんは、後遺症の残った肉体のリハビリを始め、精神面のカウンセリングも受けて、必死に立ち直ろうとした。
自分も『マール』の下で、あの『闇の子』と戦うために。
エルの仇を討つのだ、と。
結局、最終決戦までには間に合わず、けれど『マール』によって『闇の子』は討たれた。
それからも、彼女は必死の努力を続けた。
結果として、レイさんは奇跡的ともいえる回復を見せ、冒険者としても復活。以前よりも上の実力を身に着けたのだという。
そして、
「貴方のように、エルのように人々の光となりたいと、おこがましくも『金印』を目指したのだ」
レイさんは、そう微笑んだ。
(そうだったんだ……)
僕の手を握るのは、傷だらけの手。
女性でありながら、見える肌には、たくさんの傷跡、火傷の跡があって、その身にどれほどの苦しみがあったか、想像するのも辛くなるほどだ。
キュッ
僕は、その手を握り返す。
「ありがとう、レイさん」
「え?」
「エルドラドさんの戦いのおかげで、あのあと、僕も、ポーちゃんも生き残れたんだ」
エルドラドさんが『闇の子』の戦力を削っていてくれたから、そのあとのケラ砂漠での戦いで、僕やキルトさんたちは生き残れた。
ポーちゃんも、直前まで『闇の子』に襲われていた。
それを救ったのが、エルドラドさんたちだったんだ。
彼やレイさんの存在がなければ、この世界は、とっくに『闇の子』の思い通りに支配されていたかもしれない。
だから、エルドラドさんは亡くなってしまったけれど、彼は希望を残したんだ。
「その希望が『闇の子』に勝ったんだ」
僕は笑った。
「レイさんの言う『マール』には、きっと知らないだけで、レイさん自身の思いも宿っていたんだよ」
彼女は、驚いた顔をしていた。
それから、
「あぁ……これが『マール』、か」
そう切なそうに呟いた。
レイさんは瞳を伏せて、ようやく安心したように微笑み、息を吐く。
それから、立ち上がる。
「私が『金印』になれるかはわからない。だが、全力を尽くすことを貴方に誓おう、マール」
僕を見つめて、そう力強く言った。
(うん)
僕の青い瞳も、彼女を真っ直ぐに見つめ返しながら、頷きを返したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(あれ?)
そこで、僕はふと気づいた。
エルドラドさんは、赤い髪と瞳をした男性で、その名前はエルドラド・ローグという。
僕は、もう1人の候補者の男の人を見る。
赤毛の髪、赤い瞳。
そして名前は、リカンドラ・ローグ。
僕の視線に気づいて、彼は、白い犬歯を見せつけるように、獰猛に笑った。
「あぁ、エルは、俺の兄貴だよ」
そう告げる。
僕もイルティミナさんもソルティスも、その事実に驚いてしまった。
ポーちゃんだけは無表情。
レクリア王女も、そしてレイさんも、リカンドラさんの正体については知っていたみたいだ。2人に驚いた様子はなかった。
リカンドラさんは、ガシガシと赤毛の髪をかく。
「別に、俺にはそこまで深い思い入れはねえよ。兄貴の跡を継ぎたいわけでも、兄貴になりたいわけでもねえしな」
粗野な物言い。
けれど、嘘のない真っ直ぐな印象を感じる、素直な声だ。
彼の赤い瞳は、レイさんを見る。
どこか皮肉そうな視線だ。
レイさんの生き方を認めつつ、けれど、自分とは別の道なのだと思っているのが伝わってきた。
イルティミナさんが、彼を見つめる。
静かに問いかけた。
「では、なぜ貴方は『金印』の称号を得ようと思ったのですか?」
現役の『金印』からの問いかけ。
リカンドラさんは、両手を広げ、肩を竦めた。
そして、
「世界一、強くなりたいからだ」
と言った。
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