448・キルトの手紙
第448話になります。
よろしくお願いします。
冒険者ギルドの2階にあるレストランへとやって来くると、僕ら4人は、シュムリア湖の望めるテラス席へと腰を落ち着けた。
「私、これとこれとこれ、あとデザートにこれとこれと……」
注文を聞きに来たギルド職員さんに、ソルティスは、メニューを指差しながら、相変わらずの注文の仕方である。
(あはは……)
でも、この光景も懐かしい。
イルティミナさんも、そんな妹の姿に瞳を細めていた。
やがて、全員の注文の料理がテーブルいっぱいに並べられて、僕らは遅めの昼食兼早めの夕食を食べ始めた。
モグモグ ムグムグ
(うん、美味しい)
冒険者ギルドのレストランだけあって、価格は安いのに、量はたくさんだ。それでいて、味も良い。
ソルティスも満足そうである。
ポーちゃんは甲斐甲斐しく、ソルティスの分の料理を切り分けてあげたりもしていた。
そんな風に食事をしながら、会話をする。
お互いの生活の近況。
受注したクエストであったこと。
最近、買った物や食べた料理、昨夜見た夢とか、他愛もない話もたくさんした。
そんな中、
「そうそう、マールたちの所にも『キルトの手紙』、届いた?」
と、ソルティスが言った。
◇◇◇◇◇◇◇
「あ、うん。先々週に来たよ」
僕は、頷いた。
ちょうど『天空竜の討伐クエスト』に出る前に、自宅に届いたんだ。
「そっか」と笑うソルティス。
どうやら、彼女たちの所にも届いていたみたいだね。
キルトさんが僕らの前から去ってから、およそ3ヶ月が経っていた。
そんな彼女からの手紙だ。
僕とイルティミナさんは、一緒のベッドに腰かけながら、その紙面へと目を走らせたんだ。
まず、手紙の差し出し元が、
(アルン神皇国?)
となっていた。
それから、その内容を読んでいくと、どうやらキルトさんは、別れ際に言っていたように、まずは幼馴染のナルーダさんの村を訪れたそうなんだ。
ナルーダさんの村は、アルン神皇国の辺境にある。
3年前は、『魔血の民』への差別が原因で、とても酷い状況になっていた。
でも、アルン皇帝陛下にお会いした時に、その窮状を訴えたおかげか、現在は領主も変わって、悪質な徴税はなくなったそうだ。
「キルトたちのおかげだね」
ナルーダさんは、再会したキルトさんに、そう笑いかけたという。
そして、『金印』の立場を捨てたキルトさんには、「本当に自由人だね、アンタは」と呆れられたそうだ。
(あはは)
でも、笑い合っている2人の姿が目に浮かぶ。
キルトさんが、ナルーダさんの村に到着したのは、およそ2ヶ月前だそうだ。
それからは、その村に滞在しているんだって。
悪質な徴税はなくなったけれど、過酷な環境なのは変わらない。
キルトさんはその村で、剣の代わりに鍬を持ち、荒れた大地を耕して畑にしているそうだ。
最初は困惑していた村人たちも、キルトさんの前向きな姿勢に刺激されたのか、最近は、一緒に開墾を手伝ってくれるようになったらしい。
(キルトさんの人望だね)
あのカリスマ性が、こういう場面でも役に立っているみたい。
そして、この手紙が届いている頃には、最初の収穫が行われているだろうってさ。
またそれ以外にも、あまり当てにはならない領主軍には期待せず、キルトさんは近隣の野盗団を、1人で次々と壊滅させていってるそうだ。
すでに3つの野盗団、1000人以上をやっつけたって。
ひょええ……さすが、元金印の魔狩人だね。
そんな感じで、キルトさんは今、アルン神皇国での日々を送っているそうだ。
(…………)
これからは、手の届かなかった人々を助けたい――引退する時に、そう言っていた。
今の彼女は、それを実行しているんだね。
うん。
やっぱり、あの人は僕の憧れだ。
手紙には、もうすぐナルーダさんの村を出て、また旅に出ること、そして落ち着いたら、再び手紙を書くことが記されていた。
最後に、
『――そなたらも、自分の人生を楽しむことを忘れてはならんぞ』
なんて書かれていた。
やれやれ。
その時の僕とイルティミナさんは、思わず顔を見合わせて苦笑しちゃったよ。
そして、現在、
「キルトはようやく、自分のための人生を生き始めたのね」
とソルティスが笑った。
(うん)
ずっと人々を守るために生き続けたキルト・アマンデスという女性は、今、ようやくその役目を終えて、自分のためだけに生きているんだ。
僕は、ふと空を見る。
夕日に、赤と紫の色が重なり合った空だ。
それはきっと、キルトさんのいるアルン神皇国の空にも繋がっている。
「キルトさん、次はどこに行くのかな?」
僕は呟いた。
ソルティスは「さぁね」と苦笑した。
手紙には、次の行き先は書いていなかった。
きっと自由気ままに、その時の思いつきで決めるのかもしれない。だからこそ、こちらからは手紙を送れないことが、ちょっとだけ歯がゆかった。
イルティミナさんの手が、僕の髪を撫でる。
「キルトなら、どこでも元気にやっていきますよ」
「うん」
そうだね、きっと。
僕は笑った。
「次の手紙が楽しみだね」
「はい」
「そうね」
「…………(コクッ)」
僕らは、4人で笑い合った。
シュムリア湖の上を渡ってきた風が、そんな僕らの髪を撫で、また遥か高みの綺麗な空へと抜けていった。
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