445・番外編・クオリナの休日10
第445話になります。
よろしくお願いします。
(もしかして、タナトス時代の魔法具なのかな……?)
空を飛ぶマール君を眺めて、私は、そんなことを思った。
古代タナトス魔法王朝の時代には、現代からは考えられない魔法の道具がたくさん存在していたらしい。
だから、
(あの翼も、その1つ?)
そう思った。
きっとどこかの遺跡で、彼は手に入れたのかもしれない。
そして、もしそうなら、そういう奥の手は、他の人には見せたくないものだろう。
それでも、マール君は見せてくれた。
うん。
彼の信頼に応えるためにも、私もこのことは他言しないようにしよう。
そう決めた私は、マール君の姿を視線で追いかけた。
翼を生やした彼は、真上へと飛翔していく。
バフッ
やがて、その姿は、空中に虹色の残滓を残しながら、頭上に広がる雲の中へと飛び込んでしまった。
10秒ほどの静寂。
次の瞬間、遠方の雲の中から、虹色の輝きが飛び出した。
それは、先ほど『光鳥』の輝きによってゴブリンキングが視認された空間の真上だった。
ヒュゴオオッ
まるで流星のように、虹色の光が地上へと落ちていく。
その輝きに、ゴブリンたちも気づいた。
『ホギャア!』
ゴブリンキングの命令の下、ゴブリンシャーマンたちが魔法を使い、ホブゴブリンや他のゴブリンたちは投石を始めた。
魔法の光が夜の空間に煌めく。
虹色の輝きは、迫りくる無数の魔法の光や投石たちを回避しながら、速度を落とさず落下していく。
(マール君……っ)
私は祈るように、その光景を見つめた。
息を呑むような数秒間が過ぎ、そして、虹色の輝きは、ついに地上へと到達した。
(――あ)
その輝きに照らされて、ゴブリンキングが巨大な『石の剣』を振り被っているのが見えた。
翼を広げたマール君も、片手剣を構えている。
ヒュゴッ
巨大な『石の剣』が振り回される。
同時に、マール君も片手剣を素早く振り下ろしていた。
「!」
分厚い石の塊が切断され、ゴブリンキングが驚愕の表情を浮かべていた。
次の瞬間、
ヒュコン
その巨大な頭部が、胴体から切り離されて、地面へと落下した。
マール君は、そのまま地面に着地をすると、手にした片手剣を逆手に持ち替えて、その剣先を地面へと突き刺した。
ドゴゴン
周囲にいたゴブリンシャーマン、ホブゴブリンたちが地面から生えた角に次々と貫かれ、絶命していく。
(うわ……)
その威力に、思わず心の中で声をあげてしまう。
群れのボスとそれ以外の実力者たちが殺されて、残された普通のゴブリンたちは、混乱状態に陥った。
それを尻目に、マール君は再び空へ。
虹色の輝きは、もはや投石も届かぬ地上から100メードほどの高さで停止した。
その頭上に、真っ赤な魔法文字が生まれる。
それが強く光り輝くと、そこから夜空を埋め尽くしてしまいそうなほどの『炎の蝶』が噴き出して、地上へと落ちていった。
ドパドパパァアン
凄まじい爆発が起きた。
「っっっ」
それは大気を震わせ、大地を鳴動させている。
何百もの爆発が連鎖する中、ゴブリンたちはそれに巻き込まれて、手足が吹き飛び、血肉を散らし、悲鳴も飲み込まれて、死んでいった。
まるで真っ赤な花が咲いたみたいだ。
美しい『死』の赤い花。
それが夜空に巨大に咲き誇り、地上のゴブリンたちを殺しているみたいだった。
「…………」
目が離せない。
30秒ほどの開花が終わると、その赤い花は消えた。
地上にあった生命も消えていた。
動く影は1つもない。
その時、風に流されて、頭上を覆っていた分厚い雲が裂け、美しい月の光が差し込んできた。
…………。
そこに、翼を生やした少年が照らされている。
静かな表情で。
地上に起きた死の惨劇を、ただ静寂のままに見つめている。
ブルッ
私は、身を震わせた。
その姿はとても美しくて、とても恐ろしくて、まるで『神の遣い』が地上の魔物に天罰を下したかのような、そんな印象を私に与えていた。
「…………」
吹く風に茶色い髪が揺れている。
その青い瞳が、ゆっくりと閉じられた。
風が流れて、また紅白の月は、灰色の雲に隠されてしまう。
世界は、暗闇に。
そして、その少年の姿も見えなくなる。
同時に私は、この『難民村』を襲っていた悲劇が、これで終幕を迎えたことを理解したのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。