441・番外編・クオリナの休日06
第441話になります。
よろしくお願いします。
3日後、私たちはタオリット君の『難民村』へと到着した。
その村は、馬車を降りて街道から半日ほど離れた場所にある、木立の裏の平原にあった。
遠くには、森と山脈。
村の家屋は、全て仮設住宅のような木造小屋だった。
周囲は、開墾されて畑になっている。
でも、その外周を覆っていた柵の一部が壊されていた。
(ゴブリンの仕業かな?)
私は、そう推測する。
タオリット君は、村へと入ると我慢できなかったように走りだした。
「みんなぁっ!」
その大声に、村の人たちが気づき、建物から出てきた。
「タオリット!」
「やっと来たか!」
「冒険者はどこにいる!?」
みんなが一斉に、タオリット君に詰めかける。
人口50~60人ぐらいの村かな?
みんな痩せていて、みすぼらしい格好をしている。
私は走れなかったので、マール君と一緒に、そちらへと歩いて向かった。
「あの2人だよ」
タオリット君の指が、私たちを示す。
村人たちの視線が、こちらに向いた。
希望、期待……それらに輝いていた瞳は、けれど、私たちを認識すると怪訝に変わり、そして失望に光を失っていった。
「……女と子供じゃないか」
ボソッと呟きが聞こえた。
タオリット君は、みんなの反応に戸惑っている。
体格の良い男の人が、そんなタオリット君をきつく睨んだ。
「どういうことだ、タオリット!? 俺たちは、冒険者を雇えと言ったんだ! それを、こんなガキと女を連れてきてどうするんだ!?」
「え!? で、でも、アイツらは冒険者で……っ」
「この馬鹿が!」
怒声が響く。
タオリット君は、ビクッと身を竦めた。
「この2人が冒険者!? こんな子供と女が何の役に立つ!? しかも、女の方は、足が悪いじゃないか! お前、騙されたな!?」
男の人は興奮状態だ。
それに引きずられるように、周囲の村人も冷たい視線をタオリット君に浴びせている。
タオリット君は泣きそうだ。
「で、でも……俺……っ」
「くそっ! ゴブリンどもはいつ襲ってきてもおかしくないのに……お前のせいで、この村はもうおしまいだ!」
ドンッ
男の人は、乱暴にタオリット君を突き飛ばす。
タオリット君は尻もちをついてしまった。
その瞬間、黙って見ていたマール君の青い瞳が、スゥッと細められていく。
私は、ぎこちない歩きで前に出た。
「大丈夫、タオリット君?」
そう声をかけ、手を伸ばす。
けど、タオリット君は茫然として、私の手にも気づいていないみたいだった。
「俺……俺は……」
その目に涙の粒が溜まっていく。
…………。
私は、タオリット君を突き飛ばした男の人を睨んだ。
「あ、何だ?」
男の人の興奮した怒りの視線は、今度は私へと向けられた。
私は言う。
「私たちは、タオリット君に頼まれて、この村を救うためにやって来た。彼に謝って」
「はっ!」
その視線は、私の補助具のついた右足へ。
彼は太い腕を伸ばして、
「この村を救う? そんな足のお前に何ができるってんだ!?」
ガッ
私の襟を乱暴に掴んだ。
(…………)
私は、その手首を握り、軽く押す。
彼は後ろに押されまいと、反射的に前に体重を加えてきた――瞬間、私は左足を軸にして、クルッと身を捻った。
「!?」
バランスを崩した彼は、前のめりに地面に倒れ込んだ。
ガキッ
私は立ったまま、片手で彼の手首を捩じり上げ、肩関節を極めて、その大きな身体を地面へと拘束する。
「イッ、イデデデッ!?」
ふん。
「こんな私でも、少なくとも貴方や村の人を全員、倒せるぐらいには強いつもりだよ?」
そう冷ややかに告げる。
地面に倒されたまま、男の人の目は、驚きと恐怖に染まった。
周りの村人たちも、ざわざわと騒ぎ出す。
タオリット君も、目を丸くして私を見ていた。
私は言う。
「言っとくけど、私は引退した冒険者。だけど、あっちのマール君は、こんな私よりもずっと強い現役の『白印の魔狩人』だからね」
皆の視線が、今度は茶色い髪の少年へと向いた。
マール君は、その視線を静かに受け止める。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「タオリットに預けられた村のお金は、クエストには全然足りない金額だった。しかも、この村は『難民村』で冒険者ギルドに依頼を受けてももらえない。本来なら、冒険者なんて1人も来なかった」
その声は、とても静か。
そして、心に深く刺さるような重みがあった。
「それで冒険者が来なくても、それはタオリットのせいじゃない、村全体の責任だ。違うの?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
村人たちは、誰も何も言えなかった。
マール君は続ける。
「それでも、タオリットは、冒険者の僕をこの村まで連れてきた」
彼は、皆を見つめる。
「王都までの街道は安全だというけど、魔物が出る可能性はゼロじゃないんだ。そんな危険な道を、タオリットは村を救う重責を負って、たった1人で駆けたんだよ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「その意味を、どうか考えて欲しい」
向けられるのは、綺麗な青い瞳だ。
その純粋な美しい輝きは、けれど、心にやましさのある者には断罪の光となって突き刺さる。
村人たちは、皆、視線を逸らしていった。
私に拘束される男の人も、唇を噛み締め、何も言えなくなっている。
(…………)
私は、男の人の手首から、自分の手を外した。
彼は、ノロノロと立ち上がった。
その表情からは、さっきまでの興奮した怒りが消えていた。
彼は、マール君の顔を見る。
それから、タオリット君へと向き直った。
「すなかった、タオリット……お前は、よくやってくれたよ」
「!」
タオリット君は驚いた顔をする。
すぐに「ううん」と首を振って、びっくりしたまま立ち上がった。
タオリット君は、マール君を振り返る。
マール君は笑った。
それを見て、タオリット君は「……あ」と呟き、嬉しそうに笑顔を輝かせた。
初めて見る笑顔だった。
マール君は「村長さんに詳しい話を聞きたいんだけど」と言い、タオリット君は「あぁ、案内するぜ」と頷いて、2人は歩きだした。
その背中を、私は見つめてしまう。
(…………)
タオリット君の笑顔を作ったのは、間違いなくマール君だった。
自覚はないのかもしれない。
でも、彼の輝きは、周りの人を巻き込んで、不思議と正しい方向へ導いていく。
「……凄いなぁ」
私は、その眩しさに目を細める。
そして、村人たちの間を進んでいく2人の少年の背中を、動きの鈍い右足を一生懸命に動かして追いかけたんだ。
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※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。