436・番外編・クオリナの休日01
皆さん、こんばんは。
月ノ宮マクラです。
本日より『番外編クオリナの休日』をお送りいたします。どうか楽しんで頂けましたら幸いです♪
それでは本日の更新、第436話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
「やぁ、今日は晴れたね」
朝、窓の外に広がる青空を見つけて、私は、つい表情を綻ばせてしまった。
よいしょ。
動きの悪い右足を、両手で抱えてベッドの上から床へと下ろす。
(うん、痛くない)
昨日は雨のせいで、ちょっと痛みがあったけれど、今日は天気も良いし大丈夫そうだ。
さて、今日は仕事も休み。
「ちょっと商店通りをブラブラしてこようかな?」
私は、そう本日の計画を立てる。
私の名前は、クオリナ・ファッセ。
冒険者ギルド『月光の風』の職員をして生計を立てている、元冒険者の女である。
寝ぐせのついた赤毛の髪の中で、獣人特有の獣耳がピコピコと動く。
「よし」
その髪を撫でつけて、私はベッドから勢い良く立ち上がった。
◇◇◇◇◇◇◇
私服に着替えて、暮らしている3階建ての集合住宅を出発する。
(いい天気だね)
太陽が眩しくて、思わず、目の上に手でひさしを作っちゃう。
そのまま、王都の中心街へ。
今日は久しぶりにショッピングを楽しもうと思って、通りを歩いていく。
ヒョコ ヒョコ
歩いていると、すぐに後ろから来た人たちに追い抜かれてしまう。
私は足が悪い。
4年前、冒険者をしている時に、魔物に右足を食い千切られ、足の再生はできたけれど後遺症が残ってしまったのだ。
それで冒険者も引退した。
……でも、
(思い出しても、昔ほど胸は痛まないね?)
悔しさ、後悔、悲しさなどに苛まれる時もあるけれど、最近は、そこまででもなくなった。
きっと、ギルド職員が板についてきたから、かな?
私はもう、昔に憧れていたのとは違う、新しい生き方をしているのだ。
その現実を受け入れている。
それに、かつて自分が目指していた冒険者たちのサポートをするのも、悪くない仕事だと思えているの。
(……たまに書類の多さに泣きたくなるけどね)
でも、私は今の仕事を誇りに思っている。
……あ。
いけない、いけない。
せっかくの休日なのに、ついつい仕事のことを考えてしまったよ。
(切り替え、切り替え)
パンパン
軽く頬を叩く。
今日は目いっぱい、ショッピングを楽しむんだ!
私はヒョコヒョコと、自分のペースで、王都の商店通りまでの道を歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇
商店通りに辿り着いた。
さすが王国の首都にある商店通りだけあって、多くの店が立ち並び、大勢の人々が集まっている。
(人とぶつからないよう気をつけないと)
右足では踏ん張れないからね。
なるべく、人の流れの邪魔にならない端っこの方を、ゆっくりと歩いていく。
さて、どこのお店に行こうかな?
と思った時、
(あれ?)
私は、見覚えのある茶色い髪の少年を見つけた。
あれは、
「マール君?」
思わず名前を呼んでしまった私に、彼も気づいて、振り返った。
綺麗な青い瞳。
それが私を見つけ、その幼くも整った顔に驚きの色が生まれていた。
「クオリナさん」
そして、嬉しそうな笑顔。
う……眩しい。
その無垢な笑顔に、私の心はドキンと跳ねてしまった。
いけない、いけない。
マール君は、すでに結婚している妻帯者なのだ。
そんなマール君とは、3年前、彼の冒険者登録を担当した頃からの付き合いで、当時は女の子みたいに可愛かった。
(今は、ちゃんと少年っぽくなったかな?)
でも、童顔だし、すでに成人していると言っても信じてもらえなさそうな感じではある。
……身長のせいかなぁ。
そんな失礼なことを考えてしまう私だけれど、マール君はこう見えて、凄腕の『魔狩人』なのだ。
あの金印の魔狩人キルト・アマンデス、イルティミナ・ウォンの2人と同じパーティーで、数々の国家的クエストを達成してきた将来有望な若者なのである。
近い将来、『銀印』に昇格させようかという話もあるんだよ?
そんな逸材の冒険者登録を担当したことは、私の密かな自慢なんだ……えっへん。
マール君の成長は、私の楽しみ。
そして、マール君のおかげで、私もギルド職員となった今の自分を誇らしく思えるようになったのかもしれないんだよね。
私は、マール君を見つめる。
彼は、無邪気に笑って、
「こんにちは、クオリナさん」
と挨拶してきた。
私も笑う。
「こんにちは、マール君。こんなところで会うなんて、奇遇だね?」
「うん」
そんな彼は今、1人だった。
キョロキョロ
私は周囲を見回すけれど、あの人の姿はない。
あれぇ?
「今日は、イルナさんは一緒じゃないの?」
私は、そう聞いた。
シュムリア王国で最も新しい『金印の魔狩人』イルティミナ・ウォン――何を隠そう、彼女こそ、このマール君の奥さんなのだ。
そして彼女は、マール君が本当に大好きなの。
だから、お出かけする時は、いつもマール君と一緒のはずなんだけど……今日は不思議と彼1人みたいだった。
私の問いに、マール君は頷いた。
「うん。今日はお城に行ってて」
との言葉。
(お城?)
驚く私に、マール君は教えてくれた。
実は先日、キルトさんが『金印の魔狩人』を引退したことで、王国の貴族や有力商人たちは、次代を担う新しい『金印の魔狩人』であるイルナさんに、接触しようとしてきたんだって。
2人の家には、連日、その『使い』だという人が押し寄せるようになってしまった。
2人は困った。
そして、ギルド長であるムンパ様やレクリア王女様に相談したところ、むしろ、そういう場を作ることになったそうだ。
それが、お城での食事会。
大変ではあるけれど、今回、そこで顔見せをしておけば、今後は、そういう人たちの動きも落ち着くだろうという話だった。
(なるほど)
私とマール君は、なんとなく、遠くに見えるシュムリア王城を見てしまう。
マール君はため息をこぼして、
「イルティミナさん、本当は、そういうのは嫌いなんだけどね。でも、これから必要なことだからって、ムンパさんやレクリア王女に説得されて」
と苦笑い。
そうなんだね。
(偉くなるっていうのも、大変なんだなぁ)
私は、しみじみ思ったり。
王国には、もう1人『金印の魔学者』がいるけれど、彼女は変人という話で森に引きこもっているから、実質、王国で活動しているのはイルナさんだけなんだよね。
そして、マール君は、
「それで今日は僕、1人なんだ」
と、話を締め括った。
そっか。
頷く私に、彼は首をかしげる。
「ところで、クオリナさんは何してるの?」
「私? 私は、今日はお休みだから、ちょっと商店通りでブラブラしながら買い物や食事でもしようかなって」
「わ、僕と同じだ」
マール君は驚き、嬉しそうな顔をした。
……うん。
そんな笑顔を、奥さん以外の人に向けたらいけないと思うんだけどな、クオリナお姉さんは。
マール君の綺麗な青い瞳が、私を見つめてくる。
そのせいなのか、
「それじゃあ、マール君も一緒に行く?」
気づいたら、私は、そんなことを口走っていた。
(……え?)
そんな自分に、自分で慌てる。
マール君も驚いた顔をしている。
私は、自分の言葉を取り消すために口を開こうとした――でも、その前に、
「うん、いいよ」
マール君は、輝くような笑顔で了承してしまった。
もしもマール君が獣人なら、尻尾をブンブンと左右に振っていたかもしれない……そんな笑顔だ。
あぁ、困ったな。
その反応に喜んでいる自分を感じるよ。
これはもう仕方ないよね?
……うん。
(でも、イルナさんには、絶対にばれないようにしよう……)
と、ちょっと遠い目で思ったり。
そうして休日のとある日、私とマール君は、一緒に王都の散策をすることになったのだった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。