430・共存不可の関係
第430話になります。
よろしくお願いします。
トルガントンさんから『森林竜』の出現場所を聞いて、僕らは開拓村を出発した。
5人で、森の中を歩いていく。
鬱蒼とした森だ。
このドルア大森林は、あのアルドリア大森林と同じぐらいの広さを持つ森なんだそうだ。
(……迷子にならないようにしないとね)
遭難したら洒落にならない。
それぐらい大自然の奥地であり、でも、そんな場所を、僕ら人間は開拓しようとしている。
…………。
その結果が、現地に生きる『竜』との殺し合いだ。
なんとなく、心の中に冷たい風が吹いているような気分だった。
「……共存、できないのかな?」
僕は呟いた。
みんなの視線が、僕へと集まる。
「無茶言わないでよ、相手は魔物よ?」
とソルティス。
でも、魔物の生息域を侵しているのは、こっちの方なんだ。
人類の繁栄は大事。
だけど、それで魔物との殺し合いをしなければならないのなら、時には開拓しないという選択もあるんじゃないのかな? なんて思ったのだ。
イルティミナさんは微笑んだ。
「マールは優しいですね」
そう言いながら、白い手を伸ばして、いつものように僕の髪を撫でてくれる。
そして、
「ですが、共存するには、お互いがその意思を持っていなければなりません」
と続けた。
お互いが『お互いの領域を侵さない』という意思を持つこと、それが共存の大前提になるのだという。
だけど、それは難しい、とイルティミナさんは言った。
(そうなの?)
彼女は瞳を伏せながら、
「平均して、50件です」
「?」
「シュムリア王国内で、1年間における、魔物の侵攻によって滅びる町や村の数がですよ」
「!」
僕は、息を飲んだ。
(毎年、50もの町や村が……)
なら、そこで生まれた人的被害は、どれほどのものだろう……?
それを思うと、呼吸が苦しくなる。
イルティミナさんは、魔狩人の目をしながら、前方の森を見つめている。
「魔物とは、そういう存在です」
「…………」
「人間が開拓によって、魔物の生活圏を脅かすように、魔物たちも人間の生活圏を破壊するのです。状況はお互い様なのですよ」
……そう、だったんだ。
僕は、何も言えなくなってしまった。
キルトさんが苦笑する。
「いつか、人が圧倒的強者となり、その余裕によって魔物と共存する時代も来るかもしれぬ。しかし、それは今の時代ではないということであろうの」
「……うん」
僕は、力なく頷いた。
ポン ポン
キルトさんの手が、励ますように僕の頭を軽く叩いた。
「じゃが、マールの考えは、その時代を招く種となるのかもしれぬ。その優しさも、決して間違いではないぞ」
イルティミナさんも「はい」と微笑み、頷いた。
ソルティスは、小さく肩を竦める。
ポーちゃんは、いつも通りに何も言わず、ただ僕らの話を聞いていた。
…………。
僕は顔をあげ、前を見る。
(これが今の時代の、人と魔物の関係なんだね)
そう心に刻む。
そして、僕は『魔狩人』として、ここに来ているんだ。
ギュッ
強く手を握り締める。
これから先にある戦いで、自分の心を揺らしてしまわないように、僕はしっかりと覚悟を決めた。
(うん)
そんな僕の顔を見て、2人の年上の魔狩人は頷いていた。
そうして、僕ら5人は鬱蒼と茂った木々の間を抜けながら、ドルア大森林の奥地へと進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
「すでに竜どもも、わらわたちの存在に気づいているであろうの」
歩きながら、キルトさんが言った。
トルガントンさんに聞いた『森林竜』の群れの生息地が、だいぶ近くなった頃だった。
彼女の言葉に、僕らは頷いた。
よくわからないけれど、空気が重くなっていた。
……まとわりつくような敵意と殺意。
それはきっと、この先にいるという竜の群れが放つ、僕らへの威嚇行動でもあるのだろう。
ギュッ
無意識に『大地の剣』の柄を握る。
この剣では、初めての実戦だ。
素振りなどは何回もしたけれど、実際の戦いとはやはり違うはずだ。
(落ち着け)
ちゃんと『妖精の剣』も持ってきている。
もしもの時は、そちらも使える。
将来的には、『大地の剣』と『妖精の剣』の二刀流で戦えるようになるのが理想だ。
でも、それは今じゃない。
少しずつ、段階を踏んで強くなっていこう。
そんな風に思っていた時だ。
(!)
僕の嗅覚に、生臭い臭気が伝わってきたんだ。
「――いる」
僕は短く告げた。
その言葉に、みんながピクッと反応し、足を止めた。
キルトさんが『雷の大剣』を、イルティミナさんが『白翼の槍』を構え、ソルティスは大杖を持ったまま後ろに下がり、そんな彼女を守るようにポーちゃんが前に出る。
臭いが、どんどん強くなる。
やがて、
メキッ ミシシッ ズズゥン
遠くから、木々が軋み、踏み倒される音が響いてきた。
シュラン
僕も『大地の剣』を鞘から引き抜いた。
3つのタナトス魔法文字が描かれた、両刃の美しい刀身が露になり、陽光にギラリと輝いた。
そして、
ドズズゥン
遠い木々の向こうから、巨大な3頭の竜が姿を現した。
(これが、森林竜!)
体長は、どれも12~13メード。
まるで樹皮のような硬そうな外皮に覆われ、その表面には、所々、緑色の苔が生えている4つ足の巨大な竜だった。
頭部からは、折れた幹のような尖った角が伸びていた。
黒い眼球。
そこには、強い敵意が爛々と灯っていた。
3頭の森林竜は、小さな5匹の人間を取り囲むようにして、接近してくる。
「ふん」
キルトさんは、小さく鼻を鳴らして笑った。
「生意気にも、少数の斥候を出してきよったか? よかろう。その命を持って、わらわたちの脅威を思い知るが良い」
ジャキンッ
その手にある『雷の大剣』を、竜の群れへと向ける。
そして、大きく息を吸い、
「皆、行くぞっ!」
開戦の雄叫びを、ドルア大森林に木霊させたのだった。
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