427・大地の剣
第427話になります。
よろしくお願いします。
翌日、僕、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの5人は、王都ムーリアから3キロほど離れた草原にいた。
周囲は、草と土の地面だ。
あちこちに、大人より大きな岩も散乱している。
遠くには、緑の濃い森とその先に青く霞む山脈の景色が広がっていた。
頭上は、晴れ渡った青空だ。
少し離れた場所には、『灯りの石塔』の並んだ街道があり、そこを、僕らをここまで運んでくれた馬車の去っていく後ろ姿が見えていた。
「さて、それじゃ、始めましょ?」
ソルティスが、そう促した。
うん。
頷いた僕の手には、先日、ミューグレイ遺跡で手に入れた『タナトスの魔法剣』が握られている。
今日は、その性能を試そうというのだ。
イルティミナさんが微笑みながら、
「まずは、血の契約からですね」
と言った。
(血の契約?)
聞き慣れない言葉に首をかしげると、僕の奥さんは教えてくれた。
タナトス魔法武具を使うには、一番最初に、その所有者を登録する必要があるんだそうだ。
そのためには、
「魔法石に血を垂らすのです」
とのこと。
この世界の人の血液には、魔素というものが溶け込んでいる。
その魔素から、個人個人で違うと言われる魔力パターンを登録して、これ以降、使用者を認識させるのだ。
それでセキュリティが発動する。
つまり、他の人には使えなくなるのだ。
もしも他の人を登録し直すならば、新しい魔法石への交換、複雑な魔法式による初期化作業が必要らしい。
それは、
「現代では、王立魔法院でのみ可能な技術ですね」
とのこと。
しかも、かなり高額なんだって。
だから、『タナトス魔法武具』を狙って襲われることも、そうそうないのだそうだ。
いや、それ以前に、強力な『タナトス魔法武具』を持った相手を襲うこと自体が命懸けだし、そのリスクに見合った報酬とは言えないんじゃないかな。
閑話休題。
そんな話を聞いた僕は、片刃の短剣である『マールの牙・参号』で自分の指を浅く切った。
ポタッ ポタッ
血がこぼれる。
それを、剣の刀身と柄の間にある魔法石に垂らした。
ヒィン
硬い石の表面に、真っ赤な血液が吸収されていき、やがて、魔法石が光を放つ。
魔法石の表面には、細かいタナトス魔法文字が浮かび上がっていた。
「これでいいの?」
「はい」
イルティミナさんは笑って、頷いた。
なんだかあっけない。
…………。
おや?
その時、ふと僕の中で、不思議な感覚が生まれていた。
手にした『タナトスの魔法剣』を見つめる。
なぜだろう?
なんとなくだけれど、これの使い方がわかる気がした。
僕の様子に、キルトさんが頷く。
「不思議なもので契約を済ませると、その『タナトス魔法武具』の扱い方がわかるようになる。わらわの時も、そうであった」
そうなの?
見つめる僕に、もう1人の先輩所有者であるイルティミナさんも「はい」と頷いた。
(ふぅん……なんだか面白いね)
僕は、小さく笑った。
ソルティスが期待した瞳で僕を見つめる。
「ほら、マール! その剣の魔法、早速、発動してみなさいよ?」
「…………(コクコク)」
ポーちゃんも頷いた。
イルティミナさん、キルトさんも、それを早く見たそうな顔である。
「うん」
僕は大きく頷いて、手にした剣の柄をギュッと握り直した。
◇◇◇◇◇◇◇
草原の中、僕は、美しい片手剣を手にして立つ。
視線の先、20メードほど離れた場所には、高さが3メード近い巨大な岩があった。
「…………」
僕は、それを見つめる。
目標は、あれだ。
僕は、元々の魔力が少ないので、代わりに体内にある『神気』の蛇口を開いて、それを握った手のひらから剣へと流し込む。
ジジジ……ッ
剣の中に、エネルギーが溜まっていくのを感じる。
魔法石が光り、刀身にある3つのタナトス魔法文字が、1つ1つ、根元の方から輝いていく。
もう少し……。
やがて、3文字とも光り、魔法の発動に必要なエネルギーが溜まり切った。
(よし!)
僕は意識を集中すると、
クルン
手の中の『タナトスの魔法剣』を回転させ、逆手に持ち換えた。
その先端を、
ザシュッ
地面へと突き刺す。
同時に、魔法武具から伝わってきた魔法の名称を、その発動の意思に合わせて口にした。
「大地の破角!」
剣の魔力が、大地に流れる。
それは地中を走り、20メード離れた大岩の真下に集束した。
ドゴォオオン
土を吹き飛ばし、地面の中から飛び出した巨大な角が大岩を粉砕しながら、5メードぐらいの長さまで突き出していた。
大岩は、細かい破片となって空中を舞い、地面に落下する。
完全に粉々だ。
「これは……」
「ほう?」
「お~、やるじゃないの」
「…………」
その凄まじい威力に、4人も感心したように目を丸くしている。
(やった!)
魔法が発動できて、僕も喜んだ。
近くまで転がってきた大岩の破片を、キルトさんは手で掴み上げ、眺める。
「ふむ」
頷いて、
「大した威力じゃの。これでマールは、遠距離戦での強力な魔法攻撃も手に入れたわけじゃな」
と、しみじみ言った。
弟子の成長に目を細める師匠……といった雰囲気だ。
僕は苦笑する。
「でも、少し弱点もあるかな」
「弱点?」
聞き返したのは、イルティミナさん。
僕は頷いて、手にした剣を見つめる。
「この魔法は、地面を伝って発動するんだ。だから、地面が途切れていたり、空中の敵には使えないみたい」
扱い方がわかった時に、そんな注意点もわかったんだ。
ソルティスは、「へ~、そうなのね?」と、早速、それをメモしている。
キルトさんは、
「万能の武器とは、そうないものじゃ。わらわの『雷の大剣』も基本は接近戦でしか使えぬしの」
と言った。
まぁ、『雷の大剣』には『鬼神剣・絶斬』という遠距離攻撃もあるけれど、それは威力が高すぎて、使用状況が限られるしね。
イルティミナさんの白い手が、僕の髪を慰めるように撫でた。
「大丈夫、問題ないですよ」
ん?
「マールのそばには、常に私がいるのですから、そういう状況の時は、私の『白翼の槍』が役立ちましょう」
そう微笑んでくれる。
あは。
(うん、そうだね)
イルティミナさんの笑顔に、僕も笑ってしまった。
ないものねだりをしても、仕方ないんだ。
僕は1人じゃないんだから、自分にできないことは、他の人を頼ればいい。そのための仲間なんだからね。
それに、
(やっぱり、この剣の魔法は強力だ)
その事実は変わらない。
少なくとも、地上にいる敵に対して、この剣は恐ろしいほどに有効だろう。
うん。
大事にしよう。
そして、その力に溺れないよう、それを使う心にも注意しよう。
「…………」
僕は、この手にある『古代タナトス魔法王朝』の時代に造られた古の魔法剣を、ジッと見つめる。
と、ソルティスが、
「そういえばさ、その剣は、なんて名前にするの?」
と何気なく聞いてきた。
(え?)
あ……そうだね。
雷の大剣や、白翼の槍みたいに、僕もこの剣に名前を付けようか。
少し考え、僕は言った。
「大地の剣」
って。
4人は『へ~』という顔をした。
それから、
「良いのではないですか、とてもいい名前だと思いますよ」
「うむ」
「ま、単純だけど、いいんじゃない?」
「…………(コクコク)」
笑って、そう言ってくれた。
僕も笑った。
それから、右手にある美しい片手剣を――『大地の剣』を頭上へと高く掲げる。
「これからよろしくね、大地の剣」
そう声をかける。
その声に応えるかのように、その古代の剣は、太陽の光を反射してキラリと美しく輝いたのだった。
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