424・剣と心
第424話になります。
よろしくお願いします。
(僕とレオルクさんが……戦う?)
彼の瞳は、真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。
イルティミナさん、ジャックさん、オルファナさんの3人は、僕の返事を待つように黙っていた。
僕は答えた。
「いらない」
って。
レオルクさんは「え?」と呟いた。
「それなら、そのタナトスの剣はいらない。僕は、そんな理由でレオルクさんに剣を向けられないよ」
真宝家の3人は驚いた顔をした。
イルティミナさんだけは、「……マール」と心配そうに僕の名前を呼ぶ。
いらないったら、いらない。
(僕の剣は、人を守るための剣だ)
報酬を手に入れるために、仲間だと思った人に向けるためのものじゃない。
その報酬が、貴重なタナトスの剣でも、だ。
僕は、怒りにも似た感情を宿した青い瞳で、そんな提案をしたレオルクさんを睨んだ。
彼は戸惑った顔をする。
それから、
「そうか。マールは、そういう性格なんだな」
と頷いた。
レオルクさんは、僕へと身体ごと向き直ると、小さく頭を下げる。
「すまない」
「え?」
「タナトスの剣については、また別の方法で考えよう。今の提案は、ただ俺がマールと手合わせしたいと思って、理由にしてみただけなんだ」
(……どういうこと?)
僕は目が点だ。
そんな僕を見つめて、
「俺は、イルティミナの旦那になった男のことを、もっと知りたいと思ったんだよ」
と続けた。
その言葉に、僕だけでなく、イルティミナさんも少し驚いた顔だった。
そんな彼女を見て、彼は言う。
「イルティミナにとったら、俺はただの知り合いかもしれない。けど、俺にとっては、冒険者になった9年前から、ずっと知っている世間知らずで不器用な妹分なんだ」
「…………」
「…………」
「そんな妹分が結婚した。俺としては、その相手がどんな奴か、やはり心配になってな」
彼は、ガリガリと髪をかく。
そこから生えた獣耳も、ピコピコと動いている。
そして、
「会ってみて、マールがいい奴なのはわかった」
彼の瞳は、僕を見る。
「だが、それが全てなのか、その心の深い所はわからない。酒を酌み交わして、言葉を交わすのもいいんだが、それよりも、もっといい方法があった」
カシャッ
その手が、腰ベルトに提げられた剣の柄に触れる。
「俺たちは剣士だ」
…………。
「剣は嘘をつかない。万の言葉を並べるよりも、一度、剣を合わせる方がお互いを理解し合える。だから、俺は、マールと手合わせをしたかったんだ」
レオルクさんは、そう話を締め括った。
(……そっか)
僕は納得した。
剣を合わせると、不思議と相手のことがわかるんだ。
その感覚は、僕も知っている。
イルティミナさんは、なんだか困ったように自分の兄貴分だというレオルクさんを見つめていた。
(うん)
僕は、頷いた。
「そういうことなら、手合わせしよう、レオルクさん」
「そうか」
僕の言葉に、同じ剣士である獣人さんは、嬉しそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
相手を怪我させるような剣技は使わない。
でも、全力で。
本気で手合わせをする――そういう約束で、僕とレオルクさんは剣を構えて、向き合った。
「…………」
「…………」
彼我の距離は、3メード。
僕は、いつものように『妖精の剣』を正眼に構えていた。
対するレオルクさんは、右手に片手剣、左手には盾を装備していた。
盾。
この差は大きい。
それでも僕は、いつも通りの剣を心掛ける。それ以外に、できることはないのだから。
イルティミナさん、ジャックさん、オルファナさんは、焚火のそばで、向き合う僕ら2人のことを見守っている。
ジリ ジリ
つま先だけを使って、少しずつ間合いを詰めていく。
同じように、向こうも近づいてくる。
その距離が、自分の剣の間合いまで届いた瞬間、僕は、前方へと大きく踏み込んだ。
ヒュッ ガィイン
振るった剣は、盾に弾かれた。
(…………)
でも、それでわかった。
僕の剣の方が、速い……って。
レオルクさんの動きは、僕より遅い。
ならば、一気に攻め切ろう。
そう思った僕は、そのまま攻勢を強めていく。
カンッ ギン ギャリン
レオルクさんは、剣と盾を使って防いでいるが、防戦一方になっていた。
でも、僕の剣は当たらない。
(瞳が死んでない)
劣勢だけど、レオルクさんの集中力は途切れることなく、勝機を探していた。
(負けるものか)
僕も焦りを抑え、必死に攻撃をし続けた。
夜空に、剣戟の音が鳴り響く。
お互いの一挙手一投足に集中しながら、剣を振るっていく。
そうしている内に、ふと奇妙な光景を幻視した。
(……?)
それは、幼いイルティミナさんだった。
きっと14歳、冒険者になったばかりの頃だ。
髪は肩ぐらいの長さで、でも、手入れはあまりされていなくて、その瞳には光がなく、代わりに暗く濁った何かがあった。
装備は、短剣1本。
昔、僕が貸してもらっていた『マールの牙』だけだった。
そんな少女に、若いレオルクさんが声をかけている。
でも、返事もされない。
少女は行ってしまい、レオルクさんは、少し呆れた顔でその背中を見送っていた。
…………。
イルティミナさんが、少し成長した。
皮の鎧を着ている。
でも、討伐クエストをしてきたのか、その鎧と全身が魔物の血で汚れていた。
冒険者ギルドの受付で、彼女はクエスト完了の手続きをしていた。
周りの冒険者たちは、少し奇異の目で少女を見ていた。
そんな中、レオルクさんが彼女を見つけて、声をかけながら近寄った。そばには、ジャックさんもいる。
レオルクさんは、タオルで少女の顔を拭う。
頬についた魔物の血が落ちる。
ペシッ
でも、若いイルティミナさんは、その手を振り払い、そのまま行ってしまった。
レオルクさんは、『やれやれ』と手で髪をかく。
ジャックさんは、そんな2人を何も喋らずに、ずっと見守っていた。
…………。
イルティミナさんの武器が、金属製の槍になっていた。
鋼の槍だ。
そんな少女に、レオルクさんが近づいた。
そばには、15歳ぐらいのクオリナさんがいる。
彼は気さくにイルティミナさんに話しかけるが、彼女は返事もしない。
どうやらレオルクさんは、自分の同郷出身で、新人冒険者となったクオリナさんを紹介しているみたいだった。
不愛想なイルティミナさんに、クオリナさんは緊張した顔だ。
ポムポム
そんなイルティミナさんの頭を、レオルクさんが笑いながら叩いた。
コイツは、こういう奴なんだよ。
そんな風にクオリナさんに伝えて、明るく笑っているみたいだった。
ゲシッ
彼の脛を、イルティミナさんが蹴飛ばす。
痛がる彼と心配するクオリナさんを残して、少女のイルティミナさんは「ふん」と鼻を鳴らして去っていった。
…………。
それからも、レオルクさんはイルティミナさんに話しかけ続けた。
イルティミナさんの反応は、素っ気ない。
それでも、その心の距離は少しずつ縮まっているように思えた。
…………。
ある日、レオルクさんが、ジャックさん、オルファナさん、そして、2本の剣を装備したクオリナさんと一緒に、イルティミナさんに声をかけた。
少女のイルティミナさんには、冒険者らしい貫禄が出てきた。
装備も、鋼の槍と金属鎧になっている。
どうやら、レオルクさんは、イルティミナさんにクエストの助っ人になってくれるよう頼んでいるみたいだった。
少女は、ため息をこぼす。
そして、了承した。
レオルクさんたちは驚いた顔をした。
了承してもらえると思ってなかったのかもしれない。
その反応に、イルティミナさんは、なんだか少し不機嫌そうな顔をする。
レオルクさんは、慌てて何かを言う。
それから、本当に嬉しそうに笑って、イルティミナさんの頭をクシャクシャと撫でた。
ペシッ
彼女の手がそれを払う。
いつものこと。
レオルクさんは、そのやり取りも楽しそうだった。
そうして、レオルクさんたち4人とイルティミナさんは、こちらに背中を向けて、一緒に歩いていった。
…………。
…………。
…………。
自分が見えたものが何だったのか、よくわからない。
けど、それは現実の過去なのだと思えた。
イルティミナさんとレオルクさんにあった過去、そして、紡いできた心の交流だ。
ガィン
僕の剣と、レオルクさんの剣がぶつかり合う。
彼の剣に宿された思い、それが伝わってきたのだと、僕はそう思った。
(……うん)
僕は、心の中で笑った。
ならば、僕も。
自分の中にあるイルティミナさんへの思い、今日までに積み重ねてきた日々の全てを込めて、この手にある『妖精の剣』を振るった。
カィン ギィン
澄んだ音色が響いていく。
そして、ついに、
ガギィイン
僕の剣は、レオルクさんの剣を弾き飛ばして、その剣はクルクルと回転しながら、やがて遠く離れた地面へと突き刺さった。
僕の剣先は、彼の首元に添えられている。
「はぁ、はぁ」
「はっ……ふぅ、ふぅ」
お互い呼吸を乱しながら、相手の目を見つめている。
イルティミナさん、ジャックさん、オルファナさんの3人は、固唾を飲んで、その光景を見つめていた。
やがて、レオルクさんが瞳を伏せ、
「俺の負けだ」
どこか安心したように、そして、清々しそうに言った。
僕は、息を吐く。
剣を引いて、鞘にしまった。
チィン
小さな音色が響く。
「ありがとうございました」
僕は頭を下げる。
レオルクさんは微笑んだ。
そんな僕ら2人のことを、イルティミナさんは、何とも言えない表情で見つめていた。
夜空には、紅白の月が輝く。
その月光の下で、ちっぽけな僕ら5人の冒険者は、古代の遺跡でのそんな一夜を過ごしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回の更新で、ミューグレイ遺跡編の物語は最後となります。
もしよかったら、今回のマールたちの冒険も、どうか最後まで見届けてやって下さいね~!
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。