409・キルトのお酒・後編
第409話になります。
よろしくお願いします。
村で2時間ぐらい待つと、王都に向かう帰りの乗合馬車が来た。
僕らは、それに乗車する。
カッポ カッポ
またのんびりした馬車の旅だ。
手にいれた酒瓶は、丁寧に布でくるんで、衝撃などで割れないようにして鞄に詰めた。
「すぐ飲まないの?」
僕は首をかしげる。
キルトさんは笑って、
「部屋に帰ってから、落ち着いて、ゆっくり味わうつもりじゃよ」
と、酒瓶の入った鞄を大事そうに撫でた。
(そっか)
僕も笑って、頷いた。
それから教えてもらったんだけど、この『郷愁の水』は、祝い事の時などにもよく飲まれたりするんだって。
例えば、結婚式とか。
(へ~、そうなんだ?)
高くて珍しいお酒だもんね。
もちろん、普通に飲む人もたくさんいるみたいだけど。
そんな話をしたあと、
「そういえば、そなた、イルナと結婚してどうじゃ?」
と聞かれた。
ん?
僕は答えた。
「ずっと幸せ」
満面の笑みで、そう正直に。
キルトさんは驚いた顔をして、それから「そうか」と苦笑した。
「結婚生活は想像と違った、という話もよく聞く。じゃが、そなたには無用の心配だったようじゃの」
「うん」
だって、イルティミナさんだもの。
結婚してからも、僕のことを凄く立ててくれるし、色々と尽くしてくれる。
優しくて。
綺麗で。
正直、僕には勿体ないぐらいの人なんだ。
(だから僕も、しっかりしないとね)
ちゃんとイルティミナさんを幸せにできるように、これからもがんばるんだ。
キルトさんは頷いた。
「そうか」
瞳を伏せて、ゆっくりと息を吐く。
そんな彼女を見て、
「そういうキルトさんは、結婚するつもりはないの?」
その問いに、キルトさんは目を瞬いた。
「わらわか?」
「うん」
キルトさんは美人だし、強くて優しいし、その気になったら引く手数多だと思うんだ。
僕の視線に、彼女は苦笑した。
「どうかの?」
「…………」
「したくないわけではないが、これと思う相手がおらぬ」
これと思う相手……か。
「何か条件があるの?」
「いや」
「…………」
「特にこだわりを持っているつもりもないがの。……強いて言えば、わらわの強さも弱さも受け入れてくれる相手、かの」
彼女は、そう首をかしげた。
……う~ん?
結構、曖昧な条件だ。
考え込む僕の頭を、キルトさんの手がクシャクシャと撫でた。
彼女は笑って、
「そう気にするな。別に、なんとしても結婚したい、というわけでもないからの」
「そうなの?」
「今はの」
頷いて、キルトさんはジッと僕の顔を見つめてくる。
(???)
僕はキョトンとした。
キルトさんは、黄金の瞳を伏せる。
「そういえばの」
ん?
「先日、ヴェガ国のアーノルドから手紙が届いた。どうやら近々、正式に王位を継ぐそうじゃぞ」
え、そうなの!?
アーノルドさんは、西方のドル大陸にあるヴェガ国の王子だ。
獅子の獣人さん。
そして、なんと2年前、キルトさんにプロポーズしたこともある人物なんだ。
そのアーノルドさんが王様に……。
僕は驚きつつ、
「もしもあの時、プロポーズを受けてたら、キルトさん、王妃様だったんだね」
と言った。
キルトさんは苦笑する。
「で、あるの」
僕は、窺うように問いかける。
「後悔してる?」
「いや」
キルトさんは即答だ。
「別に、地位などにこだわらぬ。それに、アーノルドはいい男であったが、わらわにとっては、それだけであった」
「…………」
う、う~ん?
王様になるような人でも、いい男止まりかぁ。
(じゃあ、キルトさんの眼鏡にかなうのは、どんな人なんだろう?)
ちょっと想像がつかない。
また考え込んでしまう僕だったんだけど、
ガタンッ
(!?)
「むっ?」
突然、馬車が大きく揺れて、急停止したんだ。
「きゃあ!?」
「な、なんだ!?」
「急にどうした!?」
他の乗客たちも騒いでいる。
(え、何?)
僕も、ちょっと驚いている。
そんな僕らの耳に、
「ま、魔物だ! 街道に魔物が出たぞぉ!」
御者さんの悲鳴のような叫びが聞こえてきた。
(!)
僕とキルトさんは、顔を見合わせる。
この辺は、王都近郊の街道だ。
騎士団もよく見回りをしていて、安全が確保されている。だから、この馬車には護衛の冒険者などもいなかった。
でも、予想外の出来事はあるものだ。
幸い、僕らは、護身用に武器を装備してきている。
ギラッ
キルトさんの黄金の瞳に、人々を守る『金印の魔狩人』としての鋭い光が灯った。
「マール、行くぞ!」
「うん!」
そう来ると思った。
僕は頷き、キルトさんと一緒に馬車の外へと飛び出した。
ギャッ ギギッ グワァアッ
外へと出ると、馬車の進行方向にある街道脇の茂みから、7体ほどの羽毛に覆われた2足竜のような魔物が集まっていた。
体長は2メード弱。
鋭い嘴と、トサカのような頭の飾りが特徴的だ。
「ふむ、羽竜鳥どもか」
キルトさんは、魔物たちを見据えて、低く呟く。
シュラン
僕は『妖精の剣』を鞘から抜き、正眼に構えた。
キルトさんも『雷の大剣』に巻きつけていた赤い遮雷布を外していく。
そして、
「一気に殲滅するぞ、マール!」
「うん!」
その声を合図に、僕とキルトさんは、魔物の群れへと駆けだした。
◇◇◇◇◇◇◇
戦闘は、1分もかからなかった。
キルトさんがあっという間に5体を倒し、僕も2体を倒して、それで終了だ。
正直、敵ではなかった。
(っていうか、僕、いらなかったかも?)
あと10秒もあれば、僕が倒した2体も、キルトさん1人で討伐できた気がする……。
「こんなものか」
キルトさんは、魔物の死体を見つめ、息を吐く。
それから僕を見て、
「見事、討伐じゃ。ようやったぞ、マール」
と笑った。
僕も笑って、「うん」と頷く。
と、僕らが魔物を討伐したのを見て、馬車の御者さんや乗客たちが大きな歓声をあげた。
「すげぇ!」
「さすが冒険者だ!」
「女子供だと思ったが、なんて強さだ……」
「ありがとう!」
「おかげで助かったわ!」
みんな、凄く喜んでくれている。
(よかった)
僕とキルトさんは、お互いの顔を見て、笑い合った。
そこからは馬車に戻って、また王都に向かう馬車の旅が始まった。
カッポ カッポ
車内では、まだ僕らへの賛辞が続いている。
そんな中、
「2人とも息ピッタリだったわね。もしかして、ご夫婦なの?」
と1人のご婦人に言われた。
(はい?)
思わぬ言葉に、僕とキルトさんは、ポカンとなってしまった。
考えたら、僕の左手の薬指には、結婚指輪が填まっている。それを見て、勘違いされたのかもしれない。
(えっと)
違います、と説明しようとして、
「いや、コヤツは、わらわの弟子での」
ポン
僕の頭に手を乗せて、先に言うキルトさん。
だけど、その表情は笑っていて、なんだか嬉しそうだ。
はて?
キルトさんは、そのまま、そのご婦人とお喋りをし始める。
(……ま、いいか)
その間、僕は座席にもたれかかって、くつろいだ。
馬車はゆっくりと進み、窓の向こうには、のどかな風景が広がっている。
…………。
キルトさんとご夫婦、かぁ。
いつか、キルトさんの旦那さんになる人が現れるとしたら、どんな人なんだろう?
さっきの戦闘を思い出す。
あの『金印の魔狩人』の凄さを目の当たりにして、改めて、キルト・アマンデスに相応しい人物を考えてみた。
(……ちょっと思いつかないや)
僕は、少し遠い目だ。
でも、もしその時が来たならば、今日と同じ『郷愁の水』を結婚式に用意してあげようかな、なんて思った。
チラッ
お喋りしているキルトさんの横顔を窺う。
笑顔の素敵な美人さんだ。
窓からの陽の光に、豊かな銀色の髪がキラキラと輝いている。
(うん)
早くその日が来ればいいな。
そんなことを思う僕とキルトさんを乗せて、馬車は、ゆっくりゆっくりと王都に向かって進んでいった。