408・キルトのお酒・中編
第408話になります。
よろしくお願いします。
翌朝、僕とキルトさんは王都を出発した。
今回は、乗合馬車での移動だ。
貸し切り馬車ではないので、他にも乗客が10人ぐらい乗っている。
カッポ カッポ
蹄の音が響く、のんびりした馬車の旅。
窓からは、牧歌的な草原と遠くに水色に見える山脈、そして、綺麗な青空の景色が広がっていた。
(いい景色だなぁ)
ふと、隣のキルトさんを見る。
馬車の揺れに合わせて、キルトさんの身体と豊かな銀髪も揺れている。
表情も、どことなく上機嫌そうだ。
(……そんなに楽しみなのかな? お酒を買うの)
僕は、小首をかしげる。
そして、
「お酒って、そんなにいいもの?」
と訊ねてみた。
キルトさんは「む?」と呟き、僕を見る。
それから、白い歯を見せて笑った。
「無論じゃ。酒は、百薬の長ぞ」
(ふ~ん?)
僕は、成人しているけれど、普段、お酒を飲まない。
むしろ果実水の方が好み。
イルティミナさんもお酒に強くないので、祝い事がある時ぐらいしか飲んだりしない。
夫婦揃って、下戸なんだ。
だから、キルトさんのお酒好きの感覚は、正直よくわからない。
そんな僕に、キルトさんは優しく笑った。
「人間というのは、考える生き物じゃ。それは他の生物とは違う特性での。それゆえに人は、魔物だらけの世界でも、こうして繁栄しておる」
「…………」
「しかし、人間は考えすぎる時がある」
彼女の視線は、少し遠くを見た。
「生きる上で、どうにもならぬ過去を、わかりえぬ未来を、考えすぎてしまうことがある。それは、人の心を蝕む毒での。時に、死に至ることもあるのじゃ」
ポン
その手が、僕の頭に乗った。
「酒は、その毒を散らす薬じゃ」
「…………」
「飲みすぎれば毒にもなるが、適量であるならば、人を幸せにし、人生をより謳歌するための良薬となるのじゃよ」
そう笑って、僕の髪を撫でる。
(そういうものなのかな……?)
人生経験が浅いからか、僕には、よくわからない。
でも、
「もし『郷愁の水』が手に入ったら、盃1杯だけ、僕ももらっていい?」
僕は、そう言ってみた。
キルトさんは、大きく頷いて、
「もちろんじゃとも」
なんだか、とっても嬉しそうに笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
半日ぐらい馬車に揺られて、メモリア村に到着した。
「う~ん」
僕は大きく伸びをして、身体をほぐしてから、周囲を見回した。
見た感じは、小さな村だ。
緑豊かな山の麓にあって、村の近くには、美しい清流の川が流れている。
「あれが、美味い酒の秘密じゃ」
とキルトさん。
あの山から流れてくる天然水が、隠れた名酒『郷愁の水』のふくよかな味わいを生み出しているんだって。
(なるほどねぇ)
ちょっと川に近づいてみる。
透明度が高くて、水に触ったら、とても冷たかった。
手ですくって、一口。
ゴクッ
ん、冷たくて美味しい。
キルトさんも同じように川の水を飲んで、「美味いの」と頷いた。
「うむ。今年の味は、期待できそうじゃ」
そっか。
僕らは笑いながら、村の中へと入っていった。
…………。
村には、小さな店舗が1つだけあって、そこには、僕ら以外にも『郷愁の水』を求めてきた酒飲みの人たちが30人ぐらい並んでいた。
(本当に大人気なんだね)
売り切れたりしないかな?
ちょっと心配。
キルトさんも、自分たちの番が来るまで、ずっとソワソワしていた。
やがて、僕らの番が来て、
「はい、どうぞ」
売り子のお姉さんに渡されたのは、真っ白な陶器の酒瓶だった。
(量は、500ミリリットルぐらいかな?)
お値段は、1本100リド。
これで1万円だ。
僕とキルトさんで1本ずつ、計2本、手に入れた。
「おぉ……」
キルトさんは子供みたいに瞳をキラキラさせて、酒瓶を見つめ、大事そうに抱きかかえた。
あはは。
ちょっと可愛いな。
「よかったね、キルトさん」
「うむ」
僕の言葉に、キルトさんは満面の笑みで頷いたんだ。




