406・ソルティスとの買い物・後編
第406話になります。
よろしくお願いします。
やがて、店の奥から運ばれてきた幾つかの片手剣が、僕らの前に並んだ。
どれも見事な逸品だ。
「どれにする?」
僕は、ソルティスに問いかけた。
彼女は、並んだ片手剣たちを眺めながら、難しい表情をしていた。
「……どれがいいか、わからないわ」
とぼやいた。
(そっか)
ソルティスは『魔法剣士』として剣も振るけれど、まだ経験は浅いんだった。
僕は考える。
「基本的には、身を守るためだからね。切れ味よりも頑丈さ、耐久度を重視した方がいいんじゃないかな?」
攻撃は、魔法でできるし。
ソルティスは「ふむふむ」と頷いている。
(ん~、そうなると、この辺の剣かなぁ)
候補としては、3本ぐらいに絞られる。
ベナスさんも「なら、この辺の3本がいいだろうな」と、同じ剣を見ながら言ってくれた。
(うん)
あとは、
「大杖も併用するから、ちゃんと片手で扱える重さがいいかな?」
と、僕はアドバイス。
ぶっちゃけ、僕自身は小柄なので、ここに並んだ頑丈で厚めの剣たちは、片手では扱えない。
でも、ソルティスは『魔血の民』だ。
筋力も半端ない。
僕と同じぐらいの体格だけど、ここに並んだ剣は、充分、片手で振るうことが可能だろう。
あとは、どれだけ自分の思い描く通りに、その剣を振るえるか? その限界となる重さを見極めればいいんだと思う。
ということで、
「ちょっと持ってみたら?」
「ん、そうね」
頷いて、ソルティスは、並んでいる片手剣を1本ずつ手に取った。
ヒュッ ヒュン
店内で、軽く素振りをしてみる少女。
(……どうだろう?)
僕とベナスさんは、その光景をしばし見守る。
やがて、ソルティスは、紫色の髪を揺らして首を傾けた。
「……こっちとこっちの2本かしら?」
そう自信なさそうに呟いた。
(ふむふむ)
重さ的には、候補は2本か。
残った2本を見比べると、どちらも肉厚で頑丈そうだった。
でも、片方は反りが入っていて切れ味も鋭そうであり、もう片方は、真っ直ぐな刀身で幅広な鉈みたいな直剣だった。
ベナスさんは何も言わず、見守っている。
ソルティスは、僕を見る。
「どっちがいいのかしら?」
「ん……」
僕はしばらく悩んで、
「こっちかな?」
真っ直ぐな刀身の鉈みたいな直剣を選んだ。
「こっち?」
「うん」
ソルティスの確認に、僕は頷いた。
「切れ味の鋭い剣って、逆に、正しい剣の動きじゃないと、全く斬れない時があるんだ。正直、ソルティスの剣の腕だと、実戦でそこまで安定した剣技が、いつでも出せると思えないんだ」
「…………」
「だから、こっちの鉈みたいな剣の方が合ってると思う。剣というより、鈍器みたいに扱えるから」
ソルティスの力は、凄まじいんだ。
そして現状、それを生かせるのは、こっちの直剣の方かなと思ったんだ。
少女は「ふ~ん?」と呟いた。
もう一度、僕の選んだ方の剣を手に取る。
ギュッ
しっかりと柄を握って、持ち上げた。
照明の光に、磨き上げられた真っ直ぐな刀身は、美しい光を放っている。
「…………」
ソルティスは、それを見つめ、そして頷いた。
ベナスさんを振り返り、
「これ、買うわ」
と宣言した。
ベナスさんは「おう」と短く応じる。
あっさり決めてしまったので、僕は少し驚いてしまった。
「いいの?」
「いいわよ」
ソルティスは、軽い調子で頷く。
「アンタは、私を信じてくれてるんでしょ。なら、私もアンタを信じるわ」
小さく肩を竦めて、そう笑顔を見せた。
…………。
その明るい笑顔に、ちょっと見入ってしまった。
僕らのやり取りに、ベナスさんは小さく笑っている。
彼女は、真紅の瞳を細めて、
「マールの選んでくれた剣、大事にするわね」
そう楽しそうに言うと、その細い指で、綺麗な刀身をゆっくりと撫でたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「毎度あり」
店主のドワーフさんに見送られながら、僕らはベナス防具店をあとにした。
王都の通りを歩いていく。
僕の腰ベルトには、真新しい短剣『マールの牙・参号』が装着されている。
そして、隣を歩くソルティス。
その少女の腰ベルトにも、買ったばかりの真っ直ぐな刀身の鉈剣が、鞘に納められて提げられていた。
「ふふ~ん、ふ~ん♪」
無意識なのか、彼女は鼻歌を歌っている。
(上機嫌だね)
やっぱり新しい買い物をして楽しかったのかもしれない。
僕は笑った。
「いい買い物したね」
「そうね」
ソルティスも笑って、頷いた。
ちなみに剣のお値段は、2万リド――200万円だった。
少し高いけど、高難度、高収入の討伐クエストをこなしている僕らなら、買えない額じゃない。
それに、ベナスさんほどの凄腕の鍛冶職人が作った武具は、本来、そう簡単には手に入らない、その道の人ならば誰しもが求める逸品なのだ。
カチャッ
彼女は、剣の柄に触れて、
「まぁ、まだ未熟な剣士だけどさ。でも、この新しい剣で、これから魔物をガンガン倒していってみせるわ」
と決意を口にする。
……うん。
僕はその心意気に頷きながら、
「でも、無理はしないでね」
と忠告した。
ソルティスはこちらを見る。
「新しい剣や戦い方に慣れるまで、少しは時間がかかると思うからさ。それまでは無理をしないで、自分の身を守ることを一番に考えててね」
そう言って笑い、
「それまでは、必ず僕が君を守るから」
と続けた。
ソルティスは驚いたように小さく口を開けて、僕を見つめた。
その頬が、少し赤くなる。
それから、すぐに不機嫌そうに唇を尖らせて、
「マールって、本っ当、そういうところよね!」
と、そっぽを向いた。
え?
(な、何で怒ってるの?)
さっきまでの上機嫌はどこへ行ってしまったのか、ソルティスは、そのままスタスタと歩いていく。
「わっ? ちょっと待ってよ」
「ヤダ。待たない」
えぇ……?
1人先を行く少女を、僕は慌てて追いかける。
(ソ、ソルティス~!?)
戸惑いながら、必死に足を速めていると、彼女はチラッとこちらを振り返った。
僕の慌てっぷりを見て、
クスッ
小さく笑った。
それから、またツーンとそっぽを向くと、早足に行ってしまう。
(なんで?)
わけがわからない。
「ふんだ、この馬鹿マールっ!」
どこか楽しげな少女の悪態は、青い空へと響き渡る。
とある春の昼下がり、王都の通りで繰り広げられる僕ら2人の追いかけっこは、もうしばらくだけ続いたんだ。




