405・ソルティスとの買い物・前編
第405話になります。
よろしくお願いします。
「マール、私と付き合ってくれない?」
突然、ソルティスはそう言った。
それは、とある討伐クエストから帰った日の冒険者ギルドでの出来事だった。
僕はキョトンとなる。
その後ろで、
「ソ、ソル? そ、そそ、それはいったいどういう意味でしょう?」
イルティミナさんは、なぜかすっごく動揺していた。
(???)
ソルティスもポカンとして、
「どういうって……ほら、私、『闇の子』との戦いで、マールの短剣、壊しちゃったでしょ? それ、買い直してやらないと、って思って」
と答えた。
イルティミナさんは「……あ」と呟き、大きく息を吐いた。
その様子に、なぜか、キルトさんが口元を押さえ、横を向いて笑いを堪えている。
ポーちゃんは、無表情で静観しているのみだ。
コホン
イルティミナさんは少し赤い顔で咳払いすると、
「そ、そうですか。それでしたら、私の夫を貸しましょう。どうぞ、2人でお出かけください」
と言った。
(えっと……)
「そんなに気にしなくてもいいよ、ソルティス?」
短剣、自分で買うし。
そう思った僕だけれど、
「それじゃ、私が気持ち悪いのよ。貸しを作ってるみたいで、嫌なの!」
とソルティスさん。
そ、そう。
(じゃあ、そうするかな?)
僕は頷いて、
「わかった。それじゃあ、お言葉に甘えて……そうだね、明日、一緒にベナス防具店に行こっか?」
「オッケ~」
ソルティスは笑って、了承した。
その笑顔に、つい僕も笑う。
「…………」
と、そんな僕らを見つめるイルティミナさん。
(ん?)
振り返る僕のことをジッと見つめて、
「信じていますからね、マール?」
「?」
真剣に言われて、僕は首をかしげつつ「うん」と素直に頷いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
翌日、僕とソルティスは、ベナス防具店を訪れた。
「なんだ、マール? 結婚早々、浮気デートか?」
店主であるドワーフのベナスさんが、そんな冗談で僕らを出迎えてくれる。
(あはは)
僕は笑っていたけれど、ソルティスは顔を強張らせ、
「ち、違うわよ!」
と真っ赤になっていた。
ただの冗談なのにね。
……もしかしたら、イルティミナさんもその心配をしたのかな? なんて、ふと思う僕でした。
そんなわけで、僕らは用件を伝える。
「あのな……うちは防具屋だぞ? ぼ・う・ぐ・や」
ベナスさんは、失明している灰色の右目のまぶたを、指でこすりながら、呆れたように言った。
僕は答える。
「だって、他の武器屋より、ベナスさんの短剣の方が丈夫で、身を守れるんだもん」
「…………」
タナトス王との戦いでソルティスが生き残れたのも、ベナスさんの作った短剣がその攻撃の威力を防ぎ、吸収してくれたからだと思っている。
ベナスさんは渋い顔だ。
やがて、「はぁああ」と長いため息をこぼす。
「ったく……マールの坊主には、敵わねえな。わかった、ちょっと待ってろ」
そう言いながら、店の奥へと引っ込んでいく。
僕は、それを見送る。
と、ソルティスがこっちを見て、
「アンタって、本当、人たらしよね」
「へ?」
僕はキョトンとなる。
ソルティスは、さっきのベナスさんみたいにため息をこぼし、「この無自覚が問題よね」とブツブツ呟いている。
(???)
僕は意味がわからず、首をかしげるばかりだった。
◇◇◇◇◇◇◇
しばらくして、ベナスさんは店の奥から戻ってきた。
商品として並べていない、自分の認めた人物にしか売らないというベナス・オルドル特製の武具――その内の1本の短剣を持ってきてくれる。
「これでどうだ?」
受け取り、僕は鞘から短剣を引き抜いた。
キィン
照明の光を反射し、美しい刃が輝く。
(……うん)
前に使っていた『マールの牙・弐号』に勝るとも劣らない、見事な短剣だと直感で感じた。
僕は頷いた。
「ありがとう、ベナスさん」
これがいい、とお礼を伝える。
彼も笑って、「そうか」と頷いた。
ちなみに価格は、3000リド。
日本円で30万円だ。
一般市場と比べたら高めの値段だけど、性能を比べたら、かなりの割安なのだとわかる一品だ。
支払うソルティスは、『うへぇ……』って顔だったけどね。
(あはは)
そうして目的の買い物は終わったんだけど、
「あ、そうだ」
僕はふと思いついて、
「せっかくだから、ソルティスも剣を買っておいたら?」
と言った。
ソルティスは驚いた顔をする。
「私も?」
「うん。だって『魔法剣士』なんだし、使い易い片手剣を持ってても悪くないでしょ?」
「……そうねぇ」
少女も、ちょっと考え込む。
ベナスさんは「おいおい」と、また呆れ顔だ。
「あのな? うちは、『ぼ・う・ぐ・や』、だ」
「うん」
僕は頷いた。
「だからだよ。ソルティスが魔法を使うまでの間、自分の身を守るための道具が必要なんだ。ベナスさんの剣なら、それができる」
「…………」
黙り込むドワーフさん。
そんな彼に、
「それに、ソルティスなら間違った使い方は絶対にしない――僕は、そう信じてる」
と続けて、ベナスさんの目を真っ直ぐに見つめた。
彼は、唇を『へ』の字にしながら、僕の視線をしばらくの間、受け止める。
ソルティスは、ちょっと驚いた顔をしていた。
それから凄腕鍛冶職人のドワーフさんは、僕の隣にいる少女の顔を見る。
「…………」
「…………」
ソルティスは、いつも通りの表情で、その視線を受け止めた。
やがて、ベナスさんは息を吐く。
「わかった。マールの坊主がそこまで信頼してるんなら、俺も男だ。お前を信じて、この嬢ちゃんに売ってやるよ」
と苦笑して、言ってくれた。
その心意気が嬉しい。
「うん。ありがとう、ベナスさん!」
僕は笑って、心からのお礼を言ったんだ。