404・春の風
第404話になります。
よろしくお願いします。
依頼だった『ジャイアント・シザーズの討伐』を終えた僕らは、海洋の島からシュールの町へと戻った。
漁業ギルド長のモーリアスさんは、
「よくやってくれたぜ!」
バシッ バシッ
僕ら1人1人をハグして、背中を強く叩いて喜んでくれた。
(ち、ちょっと痛い……)
けど、よかった。
それぐらいの感激を起こすほど、シュールの漁業は厳しい状況だったんだろうから。
でも、
「ゲッホゲホ!」
ソルティスはあまりに強く叩かれて咳き込み、ポーちゃんが慌てて、その背中をさすってあげていた。
その様子に、僕らはクエスト達成の開放感もあって、ついつい笑ってしまった。
そうして僕らは、シュールの町を去った。
あの巨大クラゲの討伐については、特別報酬を出すとモーリアスさんは約束してくれた。
漁業ギルドとしては、想定外の出費だろう。
でも、あれはジャイアント・シザーズよりもずっと脅威で、あんなのに海域に居座られては、シュールの漁業はどうにもならなかったのだ。
なので、モーリアスさんは、
「あんな化け物、お前さんらじゃなければ倒せなかったろう? さすが『金印』の冒険者パーティーだぜ!」
嬉々として、報酬の約束をしてくれたんだ。
…………。
まぁ実際には、ポーちゃん1人で倒してしまったんだけどね。
王都ムーリアへと向かう道中、馬車の車内で、討伐で疲れてしまったのか、ポーちゃんは座席にもたれたまま、眠ってしまっていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら4人は、その寝顔を眺めてしまう。
無垢な寝顔だ。
とても幼くて、腕も細く、その手はとても小さかった。
この手が、ジャイアント・シザーズの固い甲殻を砕き、あの巨大クラゲを1撃で倒すほどの攻撃を生み出すことが信じられないほどだ。
神龍ナーガイア。
かつて、そう呼ばれた彼女の戦闘力は、本当に凄まじかった。
これまで、一緒に戦ったこともある。
でも、
「ポーって、前線で戦うとこんなに強かったのね」
ソルティスが呟いた。
……うん。
ポーちゃんは、積極的な性格ではない分、いつもサポート役に回ってくれていた。
ソルティスの護衛に。
あるいは、皆と連携しながら。
だけど、彼女が何の制約もなく単独で戦った時は、これほどの強さだったんだ。
(僕らは、足枷だったのかな?)
ふと、そんなことを思う。
冒険者ギルド『草原の歌う耳』のエルフさんたちでは、彼女の実力を生かし切れなかったみたいに、僕らも同じだったのかもしれない。
…………。
見つめる僕の髪を、イルティミナさんの手が優しく撫でた。
「これからは、ポーの特性を生かした戦法も考えなければいけませんね」
そう微笑む。
僕は「うん」と頷いた。
これからは、一緒のパーティーなんだ。
僕らだけでなく、ポーちゃんも自由に動けるように、みんなが活躍できる戦い方を考えていこう。
ソルティスも、
「そうね」
と笑った。
そんな僕らを、キルトさんは1人静かに眺めていた。
その黄金の瞳は、ポーちゃんを、そしてイルティミナさんを見つめて、それから伏せられる。
「……そろそろ時期かもしれぬの」
小さな呟き。
(?)
その声は、他の2人には聞こえておらず、聞こえた僕は意味がわからなくて、首をかしげた。
そんな僕ら5人を乗せて、馬車は進む。
穏やかな青空の下、牧歌的な草原の街道を、ただ王都へと向かって進んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇
「私、ポーと一緒に暮らすことにしたわ!」
シュールの町から帰って2日後、冒険者ギルドのレストランで、ソルティスはそう宣言をした。
(……はい?)
僕とイルティミナさんは、唖然となる。
立ち上がって宣言したソルティスの隣では、椅子に座ったポーちゃんが、まるで他人事みたいな顔で食事を続けている。
キルトさんは「そうか」と苦笑した。
「まぁ、とりあえず座れ、ソル」
「あ、うん」
言われて、素直に従う少女。
ゴトゴト
椅子に腰を落ち着けたのを見計らって、彼女の姉が問いかけた。
「それは、つまり、ついに家を出るということですか?」
「そうよ」
ソルティスは、あっさり頷いた。
「不動産屋で、いい物件が見つかったのよ」
そう言いながら、彼女は、料理の食器を脇にどけると、地図の描かれた紙をテーブルに広げる。
(ふむふむ?)
覗き込む僕とイルティミナさん。
「冒険者ギルドの近くにある一軒家なんだけどね。日当たりもいいし、治安もいいし、ギルドも近いしで気になってたのよ。でも、賃料が月2000リドで悩んでたの」
(月20万円……?)
確かに、ちょっとお高いね。
「だけど、ポーと2人なら賃料半分でしょ?」
ソルティスは、そう隣の幼女に笑いかけた。
ポーちゃんは何も言わない。
移動された料理のお皿から、黙々と食事を続けている。
「現状、ポーはキルトの部屋に泊まってるけど、いつまでもそのままってわけにもいかないじゃない? でも『月光の風』の宿泊施設に泊まるより、賃貸料の方が安いし、私も助かるわ」
(……なるほど)
僕は、チラッとイルティミナさんの横顔を見る。
彼女は、少し考え込んでいる。
それから、
「そうですね。ポーは家事もできるようですし、その強さは防犯としても充分です。女の1人暮らしよりは、2人暮らしの方がより安全でしょう」
と頷いた。
ソルティスは、頬を指でかく。
「ま、まぁ、家事の面でも期待してるけどさ」
と白状した。
「でも、私、なんかポーとなら、上手くやっていけそうな気がしてるのよ」
「…………」
「…………」
「自分でも、自分が面倒臭い性格してるのは自覚してるわ。だけど、やっぱり1人暮らしは不安だったし、ポーがいてくれたら嬉しいなって、素直に思ったの」
そう言うソルティスは、真剣な表情だった。
…………。
「ポーちゃんは、どう思ってるの?」
僕は、そう訊ねた。
ポーちゃんの食事の手が止まる。
カチャッ
フォークとナイフをお皿に置いて、彼女の蒼い瞳は、僕とイルティミナさんを見つめた。
「構わない、とポーは答える」
淡々とした声。
ポーちゃんは、とても世話焼きな性格だ。
これまでソルティスの世話もずっと焼いてきたし、そんな少女に乞われたら、きっと断れないだろう。
(でも、それでいいのかな?)
僕は心配になった。
と、それを察したのか、
「これでも、ポーは、ソルとの新生活を楽しみにしている」
と微笑み、そう続けたんだ。
……そっか。
僕も笑った。
それなら、僕から言うことは何もない。
自分の奥さんの方を見ると、彼女も同じ表情をしていて、僕の視線に気づくと微笑んだ。
そして、ポーちゃんに向き直り、
「わかりました」
と言うと、
「どうか、私の妹のことをよろしくお願いします」
長い髪を肩からこぼして、深々と頭を下げる。
ソルティスは驚いた顔をする。
ポーちゃんは、イルティミナさんを見つめて「了承した」といつものように短く、けれど、はっきりと答えた。
うんうん。
なんだか、心が温かい。
そんな僕らに、キルトさんは、お酒のグラスを傾けながら、
「まぁ、家を出るといっても、引っ越し先は近所であるし、これからも同じパーティーとして活動はしていくのじゃがの」
と困ったように笑った。
(あ……)
言われて、ポーちゃん以外の僕らは、キョトンとしてしまった。
それから、互いの顔を見て、苦笑する。
そして、みんなで笑ってしまった。
やがて、ひとしきり笑ったあと、ソルティスは、また隣の幼女を見て、
「ポー、改めて、これからよろしくね」
と、微笑みかけた。
少女の右手が伸ばされる。
ポーちゃんはそれを見つめ、頷く。
「こちらこそ、ソル」
珍しく、こちらも笑顔を見せ、しっかりと握手を交わしたんだ。
僕らは、それを見守った。
キルトさんが瞳を細め、
「どうやら、新しい風が吹いているようじゃの」
まるで歌うように言う。
その声は、穏やかな春の風に乗り、新たな芽吹きを迎える季節の青空へと溶けるように流れていった――。




