401・会敵
第401話になります。
よろしくお願いします。
僕らは、手近な大木にロープを巻きつけ、崖下へと降りていった。
(よっ……と)
ゆっくりと降下し、濡れた岩場へと着地する。
波が来るたびに、飛沫が頭上高くまで弾けて、足首までが海水に浸かってしまう。
「向こうじゃな」
キルトさんが低い声で言う。
僕ら5人は、その濡れた岩場を移動していく。
(あ……洞窟だ)
予想した通り、波が打ち寄せる岸壁に、10メードぐらいの大きさの穴が開いていた。
幅も7メードぐらい。
両サイドの2メードほどは、ふくらはぎぐらいの深さだけれど、中央部分は、水深2~3メードはありそうだった。
洞窟の縁から、キルトさんは中を覗く。
「ふむ」
小さく頷いて、
「やはりここが、ジャイアント・シザーズの巣じゃな。どうやら、かなり奥まで続いておるようじゃ」
そう言って、僕らを振り返った。
「ここからは、隊列を組むぞ。マール、そなたはわらわと共に前衛じゃ」
「うん」
僕は頷く。
「イルナは、その後ろ。戦闘になったら、わらわたちのサポートに回れ」
「はい」
「ソルとポーは、後方。ソルは魔法に備え、ポーはソルの護衛を務めよ」
「ん、わかったわ」
「ポーは、了承した」
与えられる役割に、3人も頷いていく。
キルトさんは最後に、
「敵は、数が多い。持久戦を覚悟せよ。そして、繰り返すが、海には絶対に落ちぬようにの」
と警告した。
僕らは、もう一度、頷く。
それを見届けて、
「よし、行くぞ」
ザッ
キルトさんは『雷の大剣』の柄を握ると、洞窟内部へと向かって歩きだし、僕らもすぐそのあとに続いた。
◇◇◇◇◇◇◇
洞窟内には、湿った空気が充満していた。
ソルティスと僕が『光鳥』の魔法で、2つの光源を創りだし、奥へと進む。
ザザァン
波が寄せるたび、膝下までが濡れて、足を取られそうになる。
(海に落ちないよう、気をつけないと……)
慎重に、慎重に。
やがて、しばらくすると洞窟は傾斜していき、床面は上り坂になっていった。
海水も届かなくなり、歩き易くなった。
中央部分も陸地となり、僕らの動ける足場も広がってくれた。
「む」
しばらく進むと、キルトさんが足を止める。
僕も気づく。
20メードほど前方の奥にある暗がりで、巨大な黒い影が無数に蠢いていた。
「ソル」
「わかってるわ。輝きの羽ばたきよ、前方の闇を散らしなさい!」
ピィイン
魔法の光の鳥は、ソルティスの意思に従って、前方の暗がりへと飛んだ。
(!)
瞬間、その光に浮かび上がったのは、無数の魔物だった。
体長は2~4メード。
見た目は、赤黒い甲殻を持ったザリガニだ。
右手の鋏だけが異様に大きくて、『光鳥』の輝きに照らされて、濡れた甲殻が妖しく光っている。
それが数十匹。
洞窟の奥に密集していたんだ。
(ジャイアント・シザーズ!)
暗がりの中、その巨大な魔物が群れて集まる光景は、不気味さと恐怖心を強く刺激する。
「いたの」
ガシャンッ
キルトさんは短く告げて、正眼に『雷の大剣』を構えた。
僕も覚悟を決める。
右手で『妖精の剣』を鞘から引き抜き、キルトさんの隣へと並んだ。
そんな僕を横目で見て、
「良いか、マール。この濡れた空間では、わらわも『雷光斬』は使えぬ。1体ずつ、着実に倒していくぞ」
キルトさんはそう言った。
僕は「うん」と頷く。
後方からは、
「サポートは任せてください。マールは、ただ目前の敵に集中を」
そんなイルティミナさんからの声が届く。
(頼もしいお嫁さんだ)
僕は、心の中で小さく笑った。
ソルティスも、いつでも魔法が使えるように大杖を構え、そんな少女を守ろうと、その斜め前へ、ポーちゃんが両拳を握って立つ。
ギチギチギチ
僕らの殺意に反応したのか、甲殻を軋ませ、魔物たちが動き始めた。
「来るぞ」
キルトさんが鋭く言う。
僕は、大きく深呼吸すると、正眼に剣を構える。
(さぁ、来い!)
その気合に反応したかのように、巨大なジャイアント・シザーズの群れは、大きな鋏を持ち上げて、一斉に僕らめがけて襲いかかってきた。
◇◇◇◇◇◇◇
ガッ ギィン ダキュン
洞窟内に、激しい戦闘音が響いている。
(はっ、はっ)
僕は、剣技の合間に、必死に呼吸を整えながら、更なる剣技を繰り出していく。
ガヒュン
美しい青白い刀身が、赤黒い甲殻を切断する。
ジャイアント・シザーズは、1体1体は、それほど手強い相手ではなかった。
知能が低いのか、動きが単調なんだ。
巨大な鋏に挟まれないように、そして、その脅威的な瞬発力に遅れないように、その巨体に押し潰されないように、それさえ注意していれば倒すのは容易かった。
あとは、
(甲殻が、ちょっと硬いけど……)
でも、僕の剣技ならば、充分に切断できるレベルだった。
「やぁっ!」
ヒュコン
迫る鋏を避けつつ、その腕を切断し、返す刀で頭部を斬り落とす。
ギチチッ
驚いたことに、頭部を失ってからも、この魔物はしばらく動くんだ。
でも、理性的な動きじゃない。
反射的な動きで、そばにいる同じジャイアント・シザーズにも襲いかかったりするんだ。
僕は、すぐに間合いの外に外れる。
頭部を失ったジャイアント・シザーズは、他のジャイアント・シザーズに襲いかかり、逆に、そのまま群れに襲われて、全身、バラバラにされてしまった。
共食いだ
(同じ魔物なのに……)
世の中では『魔物』と一括りにしているけれど、魔物もそれぞれ本当に多種多様みたいだ。
とはいえ、そんな感慨に浸っている場合でもない。
今は集中だ。
目の前に迫ってくる魔物を、僕は、1体1体、丁寧に倒していく。
「ぬんっ!」
ガギャアン
そばでは、キルトさんが『雷の大剣』を振るって、魔物の巨体を弾き飛ばしていた。
火花が散り、頑丈な甲殻が砕けていく。
もちろん、『鬼剣・雷光斬』は使わない。こんな濡れた場所で使われたら、僕らまで焼き殺されてしまうからだ。
刀身近くでは、小さな青い放電がパチパチと散っている。
けど、感電するほどじゃないみたいだ。
そして、
「シッ!」
キュボボッ
僕らの後方からは、周囲から近づく魔物に対して、イルティミナさんが白い槍を繰り出していた。
ガッ ギギィン
槍は、魔物たちの甲殻を弾き、後方へと下がらせる。
牽制だ。
おかげで僕もキルトさんも、側面から回り込まれたりすることもなく、ただ正面の魔物に集中することができている。
本当に戦い易い。
(さすが、イルティミナさんだね!)
僕の自慢のお嫁さんだ。
後方に待機しているソルティスとポーちゃんも、今回は何もすることがない。
こうして僕らの討伐は、順調に進んでいた。
このまま、何事もなく終わってくれれば……そう思っていた時だった。
「うえっ!? ち、ちょっと、嘘でしょ!?」
突然、ソルティスの叫びが聞こえた。
(!?)
僕は、反射的に振り返る。
そして、そこにあった光景に驚いてしまった。
僕らが戦っているのとは反対側、ソルティスたちのいる洞窟の出入り口がある側から、10体ぐらいのジャイアント・シザーズが迫ってきていたんだ。
(な、なんで!?)
僕は唖然となる。
けれど、すぐにキルトさんは気づいたのか、舌打ちした。
「しまった! 巣の外に、まだ海から戻ってきていない群れの仲間がおったのか!」
そんなっ!
僕とキルトさんとイルティミナさんは、こっち側の魔物で手いっぱいだ。
(どうする!?)
判断に迷っていると、
ザッ
ポーちゃんが、即座に、ソルティスを庇うように魔物たちの前に立った。
「ポー」
ソルティスは、驚いた顔をする。
でも、すぐに覚悟を決めた表情になって、
「こっちは、私たち2人で何とかするわ! キルトたちは、そっちを倒し終わったら加勢に来て!」
そう宣言した。
そして、左手に大杖を持ち、右手で腰ベルトに差してあった短剣を引き抜く。
ポーちゃんも、両拳を神気に白く輝かせた。
パシュッ パシュン
放散する神気が、白く火花を散らす。
蒼い瞳が、近づく魔物たちを見据え、
「この程度の敵、問題ない――と、ポーは伝える」
そう淡々と告げる。
そして、その『神龍』の幼女は、光る2つの拳をゆっくりと身体の前に構えたんだ。