395・引っ越し計画
書籍マール2巻発売記念の毎日更新、本日は6日目です。
第395話になります。
よろしくお願いします。
冒険者ギルドで討伐完了の報告を終えた時には、もう夜になっていた。
なので、
「今夜は、わらわの部屋に泊まっていけ」
というキルトさんの言葉に、僕らは甘えることにしたんだ。
冒険者ギルドの3階。
宿泊施設のある階の一番奥に、キルトさんが10年以上も借りている部屋がある。
ガチャッ
扉を開けて、中に入る。
そこには、前世のホテルのスウィートルームかという豪華な部屋が広がっていた。
たくさんの客室とリビング。
綺麗なキッチン。
豪華なテラス。
大きなお風呂。
などなど、人1人が暮らすにはもったいないほどの広さと設備だ。
これぞ、冒険者ドリームとでも言うべきか……。
(さすが、王国に3人しかいない『金印の冒険者』だよね)
この部屋を見るたびに、そんなことを思ってしまうんだ。
ここ最近、よく泊まっているソルティスは、慣れた様子でリビングの隅に装備と荷物を下ろして、ふかふかソファーにポフンと腰かける。
「あぁ……疲れたわぁ」
なんて言いながら、大きく伸びをしていた。
僕らも装備を外して、
「お茶でも飲んで、一息入れましょうか。キルト、キッチンをお借りしますね」
「おぉ、すまんな」
「あ、僕も手伝うよ」
キッチンに向かう自分の奥さんを、僕は急いで追いかけた。
「ふふっ、ありがとうございます、マール」
「ううん」
イルティミナさんの優しい微笑みに、僕も笑顔を返す。
そうして僕らは、一緒に4人分の紅茶を準備する。
ふと気づけば、そんな僕ら夫婦の様子を、キルトさんが金色の瞳を細めて、とても微笑ましそうに眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇
「私さ、次のクエストが終わったら、引っ越そうと思うの」
みんなで紅茶を飲んで一息入れていると、突然、ソルティスがそんなことを言った。
(え?)
「ソル?」
僕とイルティミナさんは驚く。
けれど、キルトさんは前から相談を受けていたのか、落ち着いた様子だった。
僕は、恐る恐る問う。
「それって……僕らのせい?」
「当たり前でしょ」
ソルティス、僕を睨んで即答だ。
「アンタね? 新婚イチャイチャの2人と一緒に暮らす私の肩身の狭さも考えなさいよ? もう居場所がないったらないんだから!」
「うぐ……」
僕は返す言葉もない。
イルティミナさんは「ソル……」と悲しそうに妹を見た。
それに気づいたソルティスは、
ゴホン
と咳払いをする。
「ま、それだけじゃなくてさ。前にも言ったけど、私、自立したいのよ。だから、ちょうどいい機会だなって思ったわけ」
「…………」
「…………」
僕とイルティミナさんは、何とも言えない表情でお互いを見てしまった。
キルトさんは苦笑する。
「まぁ、良いのではないか?」
「……キルトさん」
「……キルト」
「別に、今生の別れというわけでもあるまい。今まで通り、冒険者パーティーとしては共にあるのじゃし、同じ王都の中で暮らすのじゃぞ」
キルトさんの言葉に、ソルティスも頷いた。
「そそ。それに最近だって、私、家に帰らないことも多いじゃない?」
「…………」
「…………」
「言ってみれば、状況はそれと同じよ。ただ今後は、キルトの部屋に泊まらずに、自分の部屋を用意するってだけの話ね」
う~ん。
(そう言われると、そうかもしれないけど……)
でも、
「なんだか、僕がソルティスを追い出したみたいな感じで……」
妙な罪悪感があるんだ。
ソルティスはあっけらかんと言った。
「そりゃ事実でしょ」
「うぐっ」
僕は胸を押さえて呻いた。
「でもさ。マールだから、私は追い出されてあげるのよ?」
(……え?)
僕は、顔をあげる。
ソルティスは、僕の顔を真っ直ぐに見つめていて、
「マールだったら、イルナ姉を任せられるって、幸せにしてくれるって信じられるから、私は安心して家を出るの。この信頼を裏切ったら、承知しないんだから」
最後は、軽く拳を振り上げて、そう言った。
(ソルティス……)
「ソル……」
イルティミナさんは口元を両手で押さえて、妹を見つめている。
僕は、大きく頷いた。
「うん、絶対に裏切らないよ。約束する!」
「えぇ、任せたわよ」
ソルティスは明るく笑って頷くと、とても美味しそうに紅茶のカップを傾けたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それからお茶会は、ソルティスの引っ越しについての話になった。
「引っ越し先は決まってるの?」
「まだ」
僕の問いに、ソルティスは首を振った。
「キルトと一緒に不動産屋に行って、一応、候補は幾つか見つけてるんだけどね」
と続ける。
(そうなんだ?)
僕とイルティミナさんは、キルトさんを見る。
彼女は、紅茶を飲みながら、
「とはいえ、どこも決め手には欠けていての。女の1人暮らしじゃし、色々と慎重に考えんとな」
と言った。
(そっか)
とはいえ、ソルティス自身はそれなりに稼いでいるので、いい物件さえ見つかれば、即、決めてもいい状況であるそうだ。
と、そこで思い出した。
「そういえば、ソルティス、料理とかできるの?」
「…………」
彼女は、視線を逸らした。
……うわぁ。
「1人暮らしなのに、大丈夫?」
「お、おいおい勉強していくわよ。何も、すぐに引っ越すわけじゃないし、引っ越したあとにも練習できるんだし」
「……そう」
僕は、生温かい笑顔になるしかなかった。
イルティミナさんが何でもできるお姉さんだったから、その反動で、ソルティスは家事が何にもできない少女になってしまったのかもね。
イルティミナさんは不安そうに「ソル……」と呟き、キルトさんは苦笑する。
「ま、先のことは、また考えればよい」
パン
軽く膝を叩いた。
「それよりも、その前にわらわたちは、また別のクエストに行かねばならぬ。まずは、そちらに集中することじゃ」
と続ける。
(あ、そうだった)
今回のクエストから帰ったばかりだけど、『金印の魔狩人』が2人もいる僕らのパーティーには、すでに次の討伐クエストの依頼が来ているんだ。
僕とイルティミナさんの結婚式のために、少し長い休暇を取った影響もあるんだけどね。
おかげで、依頼は立て込んでいる。
だから明後日には、また次の土地へと移動しなければいけなかったんだ。
「やれやれね」
とソルティス。
「仕方がありません。それだけ、世の中には魔物に苦しめられている人々がいるのですから」
「うん。だから、僕らもがんばろう」
僕とイルティミナさんは、頷き合う。
キルトさんも頷いて、
「まぁ、明日1日はしっかり英気を養い、明後日からのクエストに備えようではないか」
「うん」
「はい」
「へいへ~い」
僕らはそれぞれに返事をして、そうしてその夜は、みんなで、キルトさんの部屋で就寝したんだ。
…………。
そして夜が明け、朝が来た。
僕らは身支度を整え、みんなで朝食を食べに、ギルド2階のレストランに行こうかと話していた時だった。
コンコンコン
(ん?)
部屋の扉がノックされる。
僕らは顔を見合わせ、部屋主である銀髪の美女が応対に出た。
「なんじゃ?」
扉を開くと、そこにはギルド職員の女性が立っていた。
「朝早くから失礼いたします。実は、キルト様、イルティミナ様、マール様、ソルティス様のことを、ギルド長様がお呼びになっております」
(え?)
「ムンパが?」
キルトさんも驚いた顔だ。
ギルド職員のお姉さんは頷いた。
「申し訳ありませんが、準備が整い次第、ギルド長室までお越しくださいませ」
そう伝えて、深々と一礼する。
キルトさんは、豊かな銀髪を手でかき回して、
「やれやれ、朝食は後回しじゃな」
とため息をこぼした。
それから、僕らを振り返って、
「聞いての通りじゃ。皆、これより、ムンパ・ヴィーナに会いに行くぞ」
と告げたんだ。