394・新婚さん
書籍マール2巻発売記念の毎日更新、本日は5日目です。
第394話になります。
よろしくお願いします。
僕とイルティミナさんが結婚してから、1ヶ月が過ぎた。
僕らは、いわゆる新婚さんだ。
新婚さんなんだけど、実際のところ、生活はこれまでと変わらなかった。
(だって、元々同居してたしね)
日々の生活スタイルに変化はなく、変わったことといえば、僕らの左手の薬指に、お揃いの『氷の宝石』の指輪がはめられるようになったことぐらいだろうか。
夜の方も、その……ちゃんと仲良くやっています。
ソルティスが気を遣って、よくキルトさんの部屋に泊まりに行ってくれているんだ。
ソルティスには、ちょっと申し訳ないけど……でも、ありがたい。
おかげで、この1ヶ月の間、新婚生活で見えてくる問題点などもなくて、イルティミナさんは前と変わらず僕にとっても過保護なままで、僕は本当に幸せな日々を送らせてもらっているんだ。
そうそう、冒険者としての仕事も順調だ。
新婚であっても依頼はあるので、僕らは日々、『魔狩人』としても活動している。
「ふむ、イルナもずいぶんと貫禄が出てきたの」
と、キルトさん。
先日の討伐クエストでも、イルティミナさんは大活躍で、キルトさんと同じような戦果を挙げていた。
(凄いなぁ)
キルトさん曰く、
「精神的に充実しているのじゃろうの。もはや名実ともに立派な『金印』じゃの」
とお墨付きを与えていた。
冒険者ギルドで、その依頼完了の手続きを、キルトさんとイルティミナさんが受付でしてくれている時、ギルド職員のクオリナさんと話す機会があった。
クオリナさんは、
「最近、イルナさん、丸くなったよね」
と言った。
(丸く……?)
僕は、キョトンとなる。
クオリナさんは笑って、
「イルナさんって、昔から張り詰めた雰囲気があって、ギルド内でも孤高の人ってイメージがあったんだ。だから、みんな、話しかけ辛い印象だったんだよ」
と教えてくれた。
言われてみれば、キルトさんの周りには人が集まるけど、イルティミナさんの周りに人が集まる光景は見たことがない。
同じ『金印』でも、まるで違った。
「でも」とクオリナさんは続けた。
「結婚してから、イルナさん、雰囲気が柔らかくなったみたい。とても話しかけ易くなった気がするよ」
「…………」
そうなんだ?
僕としては、あまり変化は感じない。
でも、僕以外の人には、イルティミナさんは変化があるみたいだった。
「きっと、マール君のおかげだね」
チョン
クオリナさんは、そう笑って、僕の額を指でつついた。
(そうなのかな?)
額を押さえながら、僕は首をかしげる。
でも、何にしても、周りからイルティミナさんがいい印象を持たれるようになったんなら、それは良いことだと思う。
「…………」
ギルドの受付のお姉さんと、微笑みながら会話をする自分の奥さんを眺めて、僕もついつい笑顔になってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇
「そう言われると、確かに、前より心に余裕ができたかもしれません」
受付から戻ったイルティミナさんにその話をすると、彼女は頷いて、そう答えた。
(心に余裕?)
どんな余裕なんだろう?
不思議そうな僕に気づいて、彼女は微笑んだ。
「結婚したことで、マールは、自他ともに認める『私のもの』になりました。他に魅力的な女性たちがいたとしても、すでに『マールは私のものなのだ』という余裕です」
チラッ
その視線は、なぜかキルトさんとソルティスへ。
キルトさんは苦笑し、ソルティスは明後日の方向へ視線を外した。
(?)
僕は言った。
「僕は昔からずっと、イルティミナさんが一番大好きだったよ?」
これまで色んな女の人に会ったけれど、それは変わらない。
僕の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
それから両手を伸ばして、
「そうですか、とても嬉しいです、マール」
ギュッ
僕を抱きしめてくれた。
「ですが、貴方の周りには、貴方を求めるたくさんの女性たちがいましたからね。それを思うと、色々と不安だったのですよ」
……えっと。
「僕、そんなモテないよ?」
女の人に求められたことなんて、イルティミナさん以外に、一度もないんだけど……。
僕の言葉に、イルティミナさんは苦笑する。
ソルティスがボソッと、
「この無自覚が」
と、妙に冷たい声で呟いた。
え、ええ……?
キルトさんは苦笑し、少女の肩をポンポンと宥めるように軽く叩く。
イルティミナさんは、大きく息を吐いた。
それから、
「まぁ、全ては昔の話です。今の貴方はもう、本当に私の――私だけのマールですからね」
ツン
艶っぽく微笑み、白い指で、僕の鼻を優しく触ったんだ。