393・マールとイルティミナの結婚式
書籍マール2巻発売記念の毎日更新、本日は4日目です。
第393話になります。
よろしくお願いします。
それから、僕らは『氷華洞窟』をあとにした。
手に入れたのは、自分たちのためのモアールの『氷の宝石』が1個と、それ以外にも、20個ほど。
こちらは、売るための物だ。
「せっかく、ここまで来たのですからね」
と、イルティミナさん。
実際には、モアールの花は300以上も群生していたから、もっと採れたんだけど、彼女曰く、あまり市場に流すと価値が下がってしまうんだって。
だから、これぐらいの数がちょうどいいんだそうだ。
(しっかりしてるなぁ)
僕は感心してしまったよ。
頼もしい、しっかり者のお嫁さんです。
……えへへ。
この人が、僕のお嫁さんになってくれるんだ。
そう思ったら、嬉しくて、恥ずかしくて、ちょっとドキドキしてしまったよ。
「? マール?」
そんな僕を、イルティミナさんはキョトンと見ている。
僕は「ううん、何でもない」と笑った。
ギュッ
彼女の手を握る。
突然の行動に、イルティミナさんは驚いていたけれど、すぐに笑って、そして僕らは、一緒に王都ムーリアへと帰っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから1ヶ月が経った。
今日の天候は、晴れ。
とても清々しい青空の広がる、太陽の光も気持ちのいい晴天の日だった。
――そして今日、僕とイルティミナさんは結婚する。
結婚式の当日だ。
式場をどうするかとか、イルティミナさんとは色々と話し合った。
盛大な結婚式もできたけれど、あまり人付き合いの多くない彼女は、身内だけの結婚式が良いというので、少人数で行うことになった。
場所も悩んだ。
人を呼ぶなら、王都がいいんだろう。
でも、僕らは人を呼ぶのは難しいけれど、やっぱり『あそこがいい』と意見が一致した。
なので今、僕らはその場所に来ている。
――そこは、アルドリア大森林・深層部にある塔だ。
僕らが出会った場所。
そして、『狩猟の女神ヤーコウル様』が祀られた礼拝所のある場所だ。
ヤーコウル様は、僕の……神狗マールの母神。
イルティミナさんも、実はヤーコウル様の信徒の子孫だ。
そんな自分たちと深い関わりがあり、幾度も助けてくれた女神様――その神前で、僕とイルティミナさんは、『永遠の誓い』を立てたいと思ったんだ。
準備は大変だった。
何しろ、約300年も放置された廃墟だもん。
僕ら2人とキルトさん、ソルティスにも手伝ってもらって、何日も泊まり込みで大掃除をしたんだ。
「これも、イルナ姉のためよ!」
と、ソルティス。
いつもなら文句ばかり言う彼女も、その時ばかりは、気合を入れて掃除をしてくれたんだ。
その姿に、キルトさんも笑っていた。
僕とイルティミナさんは、ちょっと感動しちゃったけどね。
そうして、人を呼んでも大丈夫なぐらいに綺麗にした塔の礼拝所で、今日、僕らは式を挙げることになったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
両手から光る水を流す女神像が、僕の目の前に立っている。
青い瞳を細めて、僕は、その姿を見つめた。
(…………)
心臓の上を押さえて、深呼吸する。
と、
「緊張しておるのか、マール?」
ポン
軽く肩を叩いて、紫色のドレス姿のキルトさんが問いかけてきた。
彼女は、僕の親代わり……保護者枠として参列してくれている。
僕は、小さく苦笑した。
「うん」
ちなみに僕は、白いタキシードで正装している。
似合っているかは、今は考えない。
新郎である僕は、もうすぐ礼拝所にやって来る新婦の入場を待っていた。
ドキドキ
鼓動が半端ない。
実は、まだイルティミナさんのウェディングドレス姿を見ていないので、緊張と期待で心がいっぱいになっていたんだ。
キルトさんは「そうか」と笑った。
「ま、一生に一度のことじゃ。その緊張もしっかりと楽しめ」
そう言ってくれる。
(う~ん、そんな余裕あるかなぁ?)
ちなみに、礼拝所に並べられた新品の長椅子には、たくさんの来賓の方々が来てくれていた。
まずは、ギルド長のムンパさん。
それから、僕と馴染みのギルド職員である、赤毛の獣人クオリナさんも駆けつけてくれた。
(……嬉しいなぁ)
特に足の悪いクオリナさんは、ここまで来るのも大変だったと思うと、余計に感謝だった。
それから、コロンチュードさんとポーちゃんの義母娘。
「おめでと、マルマル」
コクコクッ
面倒くさがりで、森に1人引きこもることが大好きなコロンチュードさんも、わざわざ来てくれたんだ。
森の家まで、ポーちゃんが呼びに行ってくれたんだって。
そして、竜騎士のアミューケルさん。
それと、魔物から人間に戻ったレヌさん。
2人も参列してくれた。
お祝いしてくれたけれど、少しだけ寂しそうな顔もしていて、ちょっと不思議だった。キルトさんは「気にするな」と苦笑していたっけ。
あと、お世話になっている防具屋のベナスさん。
「やれやれ……お前ら、本当に凄いところで式するなぁ」
と呆れられてしまったよ。あはは……。
でも、こんな森の奥まで来てくれて、本当に嬉しい。
そして、ここまでベナスさんを護衛してきてくれたのは、冒険者のアスベルさん、リュタさん、ガリオンさんの3人だ。
3人も、そのまま式に参加してくれている。
僕とイルティミナさんの結婚を伝えた時のアスベルさんの反応は、ちょっと可哀相なぐらいの放心状態で、真っ白な灰になっていた。
僕らが付き合っていることにも気づいてなかったから、まさに寝耳に水。
1週間ぐらい、その状態だったんだって。
リュタさんやガリオンさんの励ましで、ようやく立ち直ってくれたそうだ。
そんな彼は、
「他の男だったら、納得できなかったかもしれない。だが、マールなら仕方がないとも思えるよ」
「…………」
「おめでとう。どうか、イルナさんを任せたぞ」
「うん」
固い握手を交わして、僕は、アスベルさんに強く頷いた。
アスベルさんは、本当にいい人だ。
いつかアスベルさんに相応しい女性が、彼の隣に来てくれることを願うよ……なんて、彼に片思いしているリュタさんを見ながら思ってしまった。
式に来てくれたのは、以上だ。
でも、それ以外にもお祝いしてくれた人たちがいる。
まず、レクリア王女。
どこで知ったのか知らないけれど、なぜか僕らの結婚を知って、わざわざお忍びで『イルティミナさんの家』まで祝福の言葉をかけに来てくれたのだ。
「ふふっ、どうかお幸せにですわ」
彼女は、そう可憐に微笑んだ。
そうして、お祝いの品を置いて、お付きのフェドアニアさんと馬車に乗って去っていった。
(ひぇぇ……)
突然の嵐のような出来事に、その時の僕とイルティミナさんは、しばらく呆けてしまったよ。
それと、王国騎士のロベルト将軍。
シュムリア竜騎隊隊長のレイドルさん。
神殿騎士団長のアーゼさん。
この3人からも、お祝いの手紙をもらったよ。
そして、同じような祝福の手紙を、なんと隣国のアルン神皇国から送ってくれたのは、フレデリカさんとダルディオス将軍の父娘だった。
遠くて式に来れなかったけど、ぜひ参加したかった、と書いてあった。
それから、皇帝陛下御夫妻からも祝福を伝えて欲しいというお言葉があったことも書かれていた。
そして最後に、おめでとう、どうか幸せに、と。
「…………」
イルティミナさんは、フレデリカさんからの手紙をジッと見つめていた。
瞳を伏せ、それを丁寧に折り畳む。
そして、
「落ち着いたら、アルンにいる彼女の所まで、一緒に顔を出しに参りましょうね」
そう僕に微笑んだんだ。
そんな風にして、僕らの結婚式は、思ったよりも多くの人に祝福してもらえるものになったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――来たぞ」
キルトさんの声で、我に返った。
参列者の皆さんが、礼拝所の出入り口を見ている。
昔は、丈夫な蔦が張り巡らされていて、開けることもできなかったけれど、もちろん今は、綺麗にお掃除されて、扉の開閉ができるようになっている。
ギギィ
その扉が、音を立てて開かれた。
まず目に入ったのは、おめかししたドレス姿のソルティスだ。
新婦の妹。
扉を開いた彼女は、すぐに横にどく。
そして、その空いた空間へと、ゆっくりと進み出てきたのは、
「――――」
僕は、言葉を失った。
そこにいたのは、まるで女神様みたいな、清楚で美しい純白のドレス姿のイルティミナさんだった。
……綺麗。
みんなも呆けたように、彼女の美しさに魅入られている。
ソルティスだけが、ドヤ顔だ。
視線を伏せたまま、彼女は、長椅子の間を通って、僕が待っている女神像の方へと歩いてくる。
ドレスの裾は、ソルティスが持っていた。
やがて、僕の隣で彼女が止まる。
「…………」
「…………」
僕は、ただただ言葉もなく、その端正な美貌の横顔に視線が吸い寄せられていた。
気づけば、キルトさんとソルティスが着席していた。
代わりに、神父役をしてくれる約束だったムンパさんが、僕らの正面、女神ヤーコウル像の足元に立った。
「んん」
小さく咳払いして、
「それじゃあ、始めるわね」
と、真っ白な獣人さんは柔らかく微笑んだ。
彼女は、ヤーコウル像に一礼し、そして僕を見る。
「――汝マールよ。貴方は、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、喜びの時も悲しみの時も、この者イルティミナを愛し、敬い、慰め、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを、女神ヤーコウルの御名の元に誓いますか?」
礼拝所内に、歌うような声が響いていく。
僕は、それを夢見心地で聞いていた。
「はい」
頷いた自分の声は、ずいぶんと遠くに聞こえた。
ムンパさんは微笑み、頷いた。
そして、僕と同じようにイルティミナさんにも問いかける。
「――汝イルティミナよ。貴方は、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、喜びの時も悲しみの時も、この者マールを愛し、敬い、慰め、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを、女神ヤーコウルの御名の元に誓いますか?」
その言葉に、
「――はい、誓います」
イルティミナさんも、神前での誓いを立てた。
…………。
胸の奥が、凄く熱いよ。
それから、僕らは指輪の交換をした。
1ヶ月前に、一緒に『氷華洞窟』で手に入れたモアールの『氷の宝石』が埋め込まれた指輪だった。
手に入れた時は、2センチほどの大きさだった。
でも、2つに分けた上、研磨とカッティングで、それぞれ4分1以下の大きさになっている。
(こんなに小さくなるんだね)
ちょっと驚く。
でも、原石のままよりも美しく、洗練されている。
「…………」
震える手で、イルティミナさんの左手を支えて、その薬指に指輪をはめようとした。
プルプル
でも、緊張しすぎて、上手くはめられない。
と、その時、イルティミナさんがスッと手を動かして、自分から軽く薬指に指輪を引っ掛けてくれた。
(あ……)
他の人にはわからない、小さな動き。
でも、僕にははっきりとわかった、彼女の優しさと気遣い。
(……イルティミナさん)
そのまま、指輪を彼女の薬指にはめる。
サイズは、ピッタリだ。
そうして今度は、僕の左手の薬指に、彼女が指輪をはめようとしてくれる。
そこで気づく。
イルティミナさんの指も、少し震えていて、僕はそこで初めて、彼女もとても緊張していることがわかったんだ。
(…………)
キュッ
指輪交換したあとの彼女の手を、指先だけで軽く握る。
彼女は驚いた顔をした。
でも、僕の思いが伝わったのか、嬉しそうに白い美貌が綻んだ。
「――それでは、誓いのキスを」
ムンパさんが告げる。
ドキドキ
人前でキスをするのは、正直、恥ずかしい。
でも、僕が今、目の前にいるこの人を愛していて、永遠の伴侶とするのだと示すためにも、覚悟を決める。
「……マール」
ふと、イルティミナさんが僕の名前を呼んだ。
顔をあげる。
彼女の瞳は、涙に甘く潤み、その頬は赤く染まっていた。
僕は微笑んだ。
「ずっと愛しています、イルティミナさん」
「……はい」
彼女の頬を、涙が伝う。
それを優しく指で払いながら、僕は、ゆっくりとお互いの顔を近づけた。
唇が重なる。
参列してくれていた人たちからの歓声や口笛、「おめでとう!」という祝福の声が湧き上がった。
心が満たされ、いっぱいだ。
顔が離れる。
イルティミナさんは、僕が今まで見たことがないほどに幸せそうな笑顔を浮かべていた。
僕も同じかもしれない。
僕らは感極まって、もう一度、口づけを交わした。
出会ってから、およそ3年の月日。
そして今日この日、深き森の奥にある偉大なる『狩猟の女神ヤーコウル』様の神前で、僕とイルティミナさんは、ついに結婚することとなったのだ。
カラーン カラーン
塔の鐘楼から、大きな鐘の音が鳴り響く。
――その祝福の音色は、風と共に舞い上がり、太陽の光に満ちた晴れ渡った青空へと、遠く響いていった。