392・モアールの氷の宝石
書籍マール2巻発売記念の毎日更新、本日は3日目です。
第392話になります。
よろしくお願いします
(ふぅ……)
氷の地面に着陸すると、背中の金属翼を光の粒子に戻して、僕は大きく息を吐いた。
よかった。
氷雪竜は、無事に倒せたみたいだ。
首を失った胴体は、洞窟内に力なく横たわり、頭部の瞳からも生気は消えている。
その死骸を見ていると、
「マール!」
僕を呼ぶ声がして、こちらにイルティミナさんが駆けてきた。
イルティミナさ……わっぷ?
振り返ろうとした僕の身体を、ギュッと抱き締められる。
ワシャワシャ
強めに髪を撫でられて、
「お見事でしたよ、マール。氷雪竜を本当に一撃で倒すとは……貴方は、とても強くなりましたね」
そう褒められた。
(えへへ……)
ちょっと照れる。
でも、本当に凄いのはイルティミナさんの方だと思った。
僕はただ、真っ直ぐに飛んで首を跳ねただけ。
途中に僕へと向けられた氷雪竜の攻撃は、全て、イルティミナさんが無効化してくれたんだ。そんなこと、普通はできない。
でも、彼女は、それをあっさりやってのけた。
さすが、『金印の魔狩人』だよ。
それに僕も、彼女だからこそ、信頼して攻撃だけに集中できたんだ。
それを伝えて、
「だから、これは2人の勝利だね」
と笑った。
そんな僕を、イルティミナさんは何かを我慢するように見つめてくる。
その瞳は、何だか熱っぽく潤んでいて、
「あぁ、マール!」
(わっ?)
感極まったような彼女に、また抱き締められてしまった。
チュッ
そのまま、額にキスを落とされる。
そんなイルティミナさんの熱い抱擁を、僕はちょっと苦笑しながら、でも心を温かくしながら受け入れたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
氷雪竜を倒した僕らは、洞窟の奥へと進んだ。
空間は、どんどんと広くなっている。
天井までは、50メード近くあるかもしれない。
そして、不思議なことに、そんな洞窟の壁や天井などが、所々、ぼんやりと青白い光を放っていたんだ。
「どうやら、光苔が自生しているみたいですね」
と、イルティミナさん。
(こんな寒い場所なのに……)
植物って凄いなぁ、と、僕は感心してしまった。
まるで満天の星空の下にいるみたいな空間を、そうして僕らは、ゆっくりと歩いていった。
…………。
しばらく進んだ時だった。
(あ……?)
突然、洞窟の先の床一面が光っている場所を見つけたんだ。
僕らは、顔を見合わせる。
そして、すぐにそちらへと向かったんだ。
(うわぁ……)
そこに広がっていたのは、水面に咲いた一面の白く光る花畑だった。
1つ1つの花は、5センチぐらい。
花の中心には、直径1~2センチほどの光る結晶があった。
それが、深さ10センチぐらいの洞窟中を満たした広大な水面に、隙間なく咲き誇っていたんだ。
「これは……」
イルティミナさんも驚いた顔だ。
僕は問う。
「これが、モアールの花?」
「はい」
頷くイルティミナさん。
「ですが、5年前に来た時には、ほんの10輪ほどの花しかありませんでした。まさか、これほどの群生になっているとは……これも高濃度の魔素の影響でしょうか?」
(そうなんだ?)
でも、理由はどうでもいいや。
無事に、モアールの花を見つけられたんだから。
チャポッ
僕は、冷たい水に足首まで浸らせながら、花畑に近づく。
花々の放つ光が、下から僕を照らす。
「……綺麗」
思わず、呟いた。
白い小さな花弁の中心にある、透明な結晶は、まるで神様の流した涙のように神々しく光っている。
視線をあげる。
そこに広がるのは、モアールの光の絨毯だ。
それが、僕らのいる星空のような洞窟内で、この世のものとは思えない美しい世界を生み出していた。
チャポッ
後ろから、水音がする。
イルティミナさんも隣にやって来たんだ。
「…………」
「…………」
僕らは、その幻想的な風景を見つめた。
それから、しゃがんで手を伸ばし、見た中で一番大きそうな結晶を1つ、手に入れた。
とても冷たい。
でも、本当に美しい結晶だった。
(ようやく……手に入れた)
なぜだろう?
その輝きを見つめていたら、なんだか涙がこぼれてきそうだった。
「マール」
イルティミナさんが僕を呼んだ。
振り返ると、広がる星空の煌めきの中、咲き誇る白い輝きに照らされて、僕の愛する人が立っていた。
心が震える。
僕は、微笑んだ。
そして、手にした『氷の宝石』を差し出して、
「――イルティミナさん、どうか、僕と結婚してください」
そう口にしていた。
気負いも何もなくて、ただ、そうするのが当たり前のように感じられたんだ。
ただ、胸の奥だけが熱い。
イルティミナさんは、僕の手にある宝石を見つめる。
そこに自身の白い手を重ねて、そして、顔をあげて、僕の顔を真っ直ぐに見つめてきた。
……あぁ。
イルティミナさんは、本当に綺麗な人なんだなぁ。
その美貌を見て、ぼんやりとそう思った。
彼女は微笑んだ。
そして、
「――はい」
真紅の瞳を潤ませながら、僕のプロポーズを受け入れてくれたんだ。
…………。
お互いの心が満たされていくのを感じる。
どちらからともなく、身を寄せ合った。
そうして僕らは見つめ合い、この美しい『氷華洞窟』の星空と水面に光る白い花々に祝福されて、幸福に満ちた口づけを交わしたんだ――。