383・神々との別れ
第383話になります。
よろしくお願いします。
さて、僕らが『悪魔王』を倒したあとの話をしよう。
力の源である魔素を失った『悪魔』たちは、ほどなくして、『神々』の御力により全てが滅ぼされた。
そして『神々』は、人類にとっては恐ろしい『魔界生物』も倒してくれたんだ。
残されたのは、『刺青の魔』たち。
闇の力によって、魔物にされてしまった人たちだった。
けれど、それも『神々』が動きを封じ、その腕輪を破壊してくれて、生き残った彼らや彼女たちは全員、人間に戻すことができたんだ。
(あぁ……)
その慈悲深さには、ただただ感謝しかない。
そうして、第2の神魔戦争とでも呼ぶべき、この地での戦いは、本当に終わったんだ。
…………。
この地で戦ったシュムリア、アルンの戦士たちは、皆、傷を負っていた。
無傷な人は、1人もいない。
勝鬨をあげる人々へと、空から『神々』の降らした光の雨が弾ける。
(わ?)
すると、戦士たちの傷が一瞬で癒えてしまった。
手足の欠損や瀕死の人など、回復魔法でも及ばないかもしれない状態の人々まで、みんなが無傷の状態になってしまったんだ。
もちろん僕も。
そして、イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人も。
「これが神の力か……」
自分の身体を見つめ、キルトさんは驚いたように呟いていた。
生き残った1万人ほどの戦士たちを全員、一瞬で癒してしまう奇跡の御力には、僕も言葉を失ってしまったよ。
…………。
やがて空にいた『神々』は、地上へと降りる。
その神々しい光の巨人たちを前にして、人類は皆、跪き、頭を垂れていた。
そんな人々の前へと、神々を代表する3柱神――正義の神アルゼウス様、愛の女神モア様、戦の女神シュリアン様が進み出てきたんだ。
『――良く戦った、人の子らよ』
アルゼウス様が、そう声をかけられた。
威厳があり、慈悲深い声。
それを聞くだけで、僕は身体の芯が震えるような思いだった。
「ははっ」と人類を代表して応えたのは、シュムリア王国、アルン神皇国を束ねるシューベルト国王様とアザナット皇帝陛下だった。
モア様が、優しく瞳を細められる。
『貴方たちは苦難の試練を乗り越え、平安の世界を掴み取ったのです。――それを誇りなさい』
愛に満ちた微笑み。
それに人々は、息をすることも忘れて魅入られる。
そして、シュリアン様が頷かれた。
『多くの者が勇ましく戦い、散っていった。だが、その魂は大いなる光となり、世界を巡る。お前たちはその輝きに恥じぬように、これからも生きていくのだぞ』
美しく、凛々しい表情だ。
その言葉に、僕らは、無意識に「はい」と大きく頷いてしまっていた。
ザッ ザッ
そんな僕らの間を抜けて、『神の子』らが光の巨人たちの足元へと集まりだした。
人と共に戦ってくれた『神の子』ら。
400年前も、300年前も、そして今も……その姿を、僕らはジッと見つめた。
(あ……)
その中に、ラプトとレクトアリスがいた。
思わず、僕は立ち上がる。
「ラプト、レクトアリス!」
その名を叫んだ。
みんなが僕を見て、そして、2人も僕を見つめていた。
ラプトが八重歯を見せて、笑った。
「ワイらの役目は終わった。人間たちと共にあるんは、ここまでや」
「!」
僕は息を飲む。
離れた場所にいたフレデリカさんが、碧色の瞳を大きく見開いていた。
レクトアリスは、かすかにうつむく。
「人間たちと共にいる時間は、久しぶりでとても懐かしかったわ。その短い生の中で、懸命に生きる姿……それに憧れた気持ちを思い出せたわ」
その声は、少し震えていた。
レクトアリス……。
僕は、2人の元へ行こうと、前に出ようとする。
ガッ
でも、その肩を押さえられ、引き止められた。
「…………」
振り返った先にいたのは、金髪碧眼の『神龍』の少女ポーちゃんだった。
フルフル
首を振り、彼女は僕を見つめる。
そこに秘められた感情に、その思いに、僕は何も言えなくなった。
視線を向ければ、イルティミナさんがいた。
僕のことを、確かな信頼と少しの不安を宿した瞳で、真っ直ぐに見つめている。
(…………)
僕とポーちゃんは、ここで生きることを選んだ『神の子』だ。
でも、2人は違う。
ラプトとレクトアリスは、この地での役目を果たして、帰るべき天上の世界へと向かう時が来たんだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
この地で共に戦った僕ら4人の『神の子』は、互いに見つめ合った。
…………。
わかってるのに……。
それも仕方がないことだとわかっているのに……不思議と涙が出そうだった。
ラプトもレクトアリスも、泣きそうな笑顔だ。
その時だった。
ザザンッ
アザナッド陛下とダルディオス将軍が立ち上がり、続いてアルン全軍の戦士が立ち上がった。
フレデリカさんも立ち上がる。
ガシャン
そして、一糸乱れぬ動きで、拳を胸に当てるアルン式の敬礼を、2人の『神の子』へと送った。
アルンの地に現れ、共に戦ってくれた友人たちへ。
彼らなりの最高の感謝と敬意を示して。
それを見て、シュムリア王国の戦士たちも立ち上がり、敬礼を送る。
シューベルト国王、レクリア王女、ロベルト将軍、レイドルさん、アーゼさん、他のみんなも、これまで自分たち人間のために戦ってくれた2人の『神の子』へ。
ラプトもレクトアリスも驚いた顔をする。
フレデリカさんは前を向いたまま、泣いていた。
「自分ら……」
「……参ったわね」
ラプトは涙目になり、レクトアリスは頬に涙をこぼし、慌ててそれを指で拭う。
人と『神の子』。
その違いはあれど、育んだ友情は変わらない。
他の『神の子』らも、優しい表情で自分たちの同胞と、その友人たちの別れを見つめている。
「ラプト……レクトアリス……」
僕は呟いた。
2人は、こちらを見る。
「マール、自分に会えたおかげで、こっちでの暮らしも楽しかったで! いつか自分らが天寿を全うして魂だけになったら、神界まで光になって、ワイらに会いに来るんやで。覚えとき!」
ラプトが笑って叫んだ。
レクトアリスは、美しく微笑む。
「私の最後の教え子のこと、よろしくね。今日までありがとう、マール。貴方たちのこと、私は大好きよ!」
涙をこぼしながら、そう言った。
最後の教え子。
その少女であるソルティスは、僕の後ろで必死に唇を噛み締めて、泣くのを堪えようとしていた。けれど、目には大粒の涙が滲んでいて、今にもこぼれそうだ。
ポムッ
そんな彼女の肩に、ポーちゃんが優しく触れる。
ポーちゃんは、レクトアリスを見て頷いた。
レクトアリスも頷きを返す。
(うん)
僕も、ラプトとレクトアリス、2人の友人へと強く頷きを返した。
バサササッ
そんな『神の子』らの背中に、虹色の翼が生えていく。
そして、光の巨人たちと共に、音もなく空へと浮かんでいく。
その青い空には、神界へと通じる『神界の大門』が、今も大きな光となって次元の扉を開けていた。
「ありがとう、ラプト、レクトアリス、みんな!」
僕は叫んだ。
ラプトとレクトアリス、僕の同胞である『神の子』らは、僕へと笑顔で大きく手を振ってくれた。
そのまま、その姿は光の扉へと消えていく。
僕らは、それを見送った。
そうしている間にも、たくさんの『神々』が『神界の大門』を通って『神界』へと帰っていく。
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら人類は、その光景を見つめていた。
…………。
この戦いでは、僕ら人類を救うために、多くの『神々』がこの『神界の大門』からやって来てくれた。
でも、帰れない『神様』たちもいる。
僕らのために戦い、そして、犠牲となってしまった『神々』だ。
それを思うと、心が痛い。
でも、
『――案ずるな、我が子よ』
そんな僕の前へと、半獣半人の女神ヤーコウル様が姿を見せてくれた。
ヤーコウル様……。
不安に見つめる僕に、彼女は優しく微笑んだ。
『それも我らの選んだことだ。その責は、お前たちにはない。散っていった魂は光となって巡り、また新たな神の誕生を見守ってくれるだろう。我らは永劫不滅の存在だ』
そう言いながら、僕の頬に触れる。
女神の指が、優しく僕の肌を撫でながら、
『アークインも、そして他の我が子らも、お前のことを光となり見守っている』
そう続けた。
僕は、震えた。
ギュッ
そんな僕を抱きしめ、
『この地で生きろ、マール。我が子と共にあり、その思いを重ね合った人の魂、我が8番目の愛し子よ』
ヤーコウル様は、耳元でそう囁いた。
僕は頷いた。
身体を離し、もう一度微笑むと、僕の母神である女神様は、空へと舞い上がり、他の『神々』と共に光の扉の中に消えてしまった。
やがて、残るのは、3柱神だけとなった。
3人の神様は、互いの視線を交わして、
『では、さらばだ。大いなる正義と共にあれ、人の子らよ』
『掴み取った平穏を守るため、これからも愛のある世界を紡ぎなさい』
『この勝利の栄光を忘れず、誇り高く生きていくのだぞ』
そう御言葉を残される。
『――ははっ』
僕ら人間たちは、声を揃えて答えていた。
それに満足そうに頷かれ、3柱神は神々しい光となり、空に開いた『神界の大門』へと飛び込んだ。
パァアアン
凄まじい光が弾け、次元の扉が砕け散る。
設置されていた『神界の大門』を生み出す召喚装置が白煙を吹き、機能を停止させてしまう。
見れば、装置の要でもあった『神霊石』が輝きを失い、灰色の石になっていた。
(……あぁ)
これでもう、『神々』を召喚することはできなくなった。
あの共に戦い、笑い合った『神の子』らとも会えなくなってしまったのだ。
その事実が、胸に突き刺さる。
グッ
拳を握って、その感情に耐えた。
すると、
「きっと、また会えますよ」
(……え?)
僕の隣に立っていたイルティミナさんが、神々の消えてしまった空を見つめながら、そう呟いた。
思わず見上げる僕を見て、
「なんとなく、そんな気がするんです」
彼女は、そう微笑んだ。
…………。
それは僕を慰めるために言ってくれただけなのか、それとも本心であったのかはわからない。
でも、不思議とその言葉は、僕の胸の中にストンと落ち込んだんだ。
「うん」
だから、僕は頷いた。
キュッ
僕らは手を繋ぐ。
そして、一緒になって、大いなる存在たちの消えてしまった青空を見上げたんだ。
目には見えなくても。
(でも……)
その神々しい輝きは、きっといつまでも僕らのことを見守ってくれているのだと、そう感じられた。
人々は、空を見つめる。
第2の神魔戦争は、範囲50キロほどの中でのみ行われ、その戦火が世界中に広がることは大いなる『神々』によって防がれた。
そのため、この人類存亡の戦いは、多くの人々に知られることなく終わりを迎えている。
でも、僕らは忘れない。
この世界の人々のために戦ってくれた偉大なる神々と、その眷属であり、友人でもあった存在のことを……ずっと……。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




