378・7人のヤーコウルの神狗
第378話になります。
よろしくお願いします。
(アークイン!)
突如、その自我を取り戻した彼の姿に、魂だけの僕は、ただただ目を見開いていた。
神狗アークイン。
それは狩猟の女神ヤーコウル様の眷属であり、あの『マールの肉体』の本来の持ち主だ。
ヒュン
彼は、手にした『虹色の長刀』を回転させ、そして構える。
強い剣気。
それを浴びせられる黒い少年――『闇の子』は、かすかに顔をしかめて、その『神狗の少年』の姿を見つめた。
「そうか」
低い声。
「君は、ボクを殺すために、マールの自我を抑え込んでまで顕現したんだね」
滲んだ怒りが、その声に宿っている。
アークインは無言だ。
けれど、その青い瞳に煌めく強い殺意は、言葉以上に雄弁に、彼の意思を伝えていた。
2人の少年の間に、沈黙が落ちる。
そして、
「――『悪魔殺し』」
静かな呟きが、『闇の子』の口からこぼれ落ちた。
……そう。
神狗アークインを含めた7人の『ヤーコウルの神狗』は、400年前に、あの恐るべき『悪魔』の1体を噛み殺した存在だった。
その唯一の生き残り。
それが、今、『闇の子』の目前に立っている少年の正体だった。
(…………)
これが、ヤーコウル様の狙い?
僕の中に溶けていたアークインの自我を目覚めさせ、完全な『神狗』の力によって『闇の子』を倒す――それが僕に授けられた『女神の力』の答えだったのだろうか?
……いや、
(違う気がする)
アークインの自我が目覚めたのは、その力の影響なのは間違いない。
でも、それだけじゃない気がする。
(だって、まだ熱いんだ……)
僕の胸が。
魂だけとなった僕の中には、まだヤーコウル様に授けられた『女神の力』が残っている。
それを感じる。
ヤーコウル様には、まだ違う目的があるんだ。
理由はわからないけれど、僕は、そう直感を覚えていた。
「いいだろう」
そして、黒い少年は、向けられる剣気に低い声で応えた。
ジャキッ
手にした『闇の長剣』を持ち上げ、その剣先をピタリと神狗アークインに向ける。
その漆黒の瞳で見据えて、
「マールの自我が再び戻るまで、しばらく相手をしてあげる。どうか死ぬ前に、マールにその身体を返すんだよ」
そう薄く、赤い三日月のように笑った。
ビリリ……ッ
黒い少年を中心にして、凄まじい『圧』が放たれ、周囲の大気が震えた。
(う……ぁ)
その強大な力に、僕は言葉を失った。
でも、アークインは動じない。
両手で『虹色の長刀』を構える彼は、同じように更なる強い剣気を放って、向けられる殺意を受け止めたんだ。
ぶつかり合う敵意。
それによって、2人の周りの空間が、歪んでいるように見えてしまう。
「…………」
「…………」
少しずつ間合いが縮まる。
やがて、それが限界を超えた瞬間、
ドドンッ
2人は同時に黒い床を蹴り、相手に向かって互いの武器を振り下ろしたんだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
そうして始まった2人の攻防は、凄まじいものだった。
虹色と闇色の刃がぶつかり合う。
そこで放たれる剣技は、僕など到底及ばないレベルのものだった。
(凄い……!)
不純物である『僕』という存在がいなくなったためか、アークインは時間制限のない『神体モード』を発動している。
多少の負傷も、自動回復で治っていく。
最後の切り札である『究極神体モード』は、神気が枯渇してしまうので使わない。
長期戦を覚悟している戦い方だ。
もちろん、そのために力と速さで『闇の子』に劣ってしまうけれど、それを補うほどの無駄のない動きで、しっかりと対抗していた。
ガヒュッ キン ガィン
アークインに対する『闇の子』は、剣だけでなく、合間に魔法も混ぜ込んでいた。
魔力光による銃撃。
魔炎による放射攻撃。
まるでソルティスの追い求めていた『魔法剣士』の戦い方の完成形だ。
時には、背中にある4枚の黒い翼で空中から仕掛け、そこからも剣と魔法を叩き込んでいく。
「…………」
けれど、アークインは動じなかった。
その全ての剣と魔法を、手にした『虹色の長刀』で弾く。
斬り裂く。
剣1本で、『闇の子』の攻撃全てに対抗している。
空中にいる『闇の子』には、自身も背中にある『虹色の金属翼』を羽ばたかせて肉薄し、決して隙を作らない。
時には、
ガギィン
その金属翼自体で防御するだけでなく、殴りかかったりもしていた。
(なんて器用なんだ)
僕よりもずっと『神武具』の扱いに精通していて、精密な操作を行っている。
「っ」
その強さには、僕だけでなく『闇の子』も驚嘆しているみたいだった。
一進一退の攻防が続く。
けど……それは、少しずつ変化を見せ始めた。
最初は、些細な変化だった。
アークインの攻撃に対して、『闇の子』が『闇の長剣』で受けるのではなく、避ける動きが増えたのだ。
その回数が増えていく。
ゾクッ
その事実に、僕は気づいた。
(……アークインの剣が、見切られてきている?)
戦いを続ける内に、『闇の子』は、アークインの剣技を学習したのか、その攻撃を回避し続けていた。
その分、攻撃までの間が速くなる。
ガッ ギィイン
気がつけば、アークインは少しずつ劣勢になっていた。
表情は変わらない。
けれど、その肌に次々と裂傷が刻まれていく。
ゴギャアアン
互いの武器が激しくぶつかり合い、2人は、後方へと大きく弾け飛んだ。
ザザァ
靴底と黒い床の間に白煙をあげて、アークインは停止する。
一方の『闇の子』は、黒い翼をはためかせ、空中で一回転をしてからフワリと着地する。
「ふふっ」
赤い三日月の笑みが浮かぶ。
「いかに『悪魔殺し』といえど、たった1人でボクに勝てると本気で思ったのかい?」
そう告げる声には、強者の余裕があった。
アークインは答えない。
ツツゥ
その額に刻まれた裂傷から、赤い血がこぼれ、その頬を伝っていく。
(アークイン!)
魂だけとなった僕は、思わず叫んだ。
勝てない。
完全体となったアークインでも、『闇の子』には届かないのだ。
その事実を、僕は思い知った。
でも、アークインの青い瞳に宿った闘志は、僅かも揺るがない。
(……っっ)
その気高さに、僕は息を飲む。
どうすればいい?
僕にも……魂だけとなった僕にも、何かできることはないのか!?
アークインを助けなければ!
その感情が胸の奥で溢れた時、
キィイイン
僕の中にあった『女神の力』が光を放ち、そして、再び強い熱を持ち始めた。
(え!?)
同時に、アークインが息を吐き、構えを解く。
「僕は……1人じゃない」
小さな呟き。
それは吹く風にさらわれて、高い空へと消えていく。
その瞬間、アークインの背中にあった『虹色の金属翼』が光の粒子となって砕け散った。
それは、アークインの周囲で渦を巻く。
「!?」
その現象に『闇の子』も目を見開く。
そして、僕の中にあった『女神の力』は、ついにその本来の役目を果たすため、僕の魂の中から抜け出して、その光の粒子の渦へと『6つの光』となって飛んでいった。
キィイイン
虹色の光の粒子は、輝きを放つ。
そして、それは6つの塊となって、その姿を少しずつ形作っていった。
(あ……あぁああっ!)
僕は、目を見開く。
そこに現れたのは、『虹色の金属』で造られた6つの人型だった。
6人の少年少女。
アークインを含めて、7人の姿。
全員の手には、同じ『虹色の長刀』が握られている。
僕は震えた。
あの『闇の子』も瞠目したまま、呆けたように口を開けていた。
アークインは目を閉じる。
数秒の沈黙、そして、彼はゆっくりと瞳を開き、
「――僕らの思いは、常に共にある」
その声に宿るのは、強い覚悟と歓喜。
僕らの前に現れたのは、300年の時を越えて今、再び、この世界を救いに集結した『7人のヤーコウルの神狗』たちの姿だったんだ。
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※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。