376・決着、魔法王の最期!
第376話になります。
よろしくお願いします。
「どうした、イルナ?」
キルトさんは、目前の骸骨騎士へと『雷の大剣』を構えながら、隣の仲間に問いかける。
イルティミナさんは、
「いえ……」
しばし、見えないはずの僕がいる空間を見つめたあと、視線を前方に戻す。
そして、
「……もしかしたら、マールの身に何かあったかもしれません」
と、酷く不安そうに呟いた。
キルトさんはかすかに表情をしかめ、ソルティスは驚いたように姉の背中を見る。
「何じゃと?」
「どういうこと、イルナ姉?」
困惑した2人の声に、イルティミナさんは言う。
「わかりません。ですが、あの子の泣いている気配がしました。……杞憂であれば良いのですが、胸の奥の嫌な予感が消えません」
「…………」
「…………」
キルトさん、ソルティスは黙り込む。
(……イルティミナさん)
僕は驚いた。
遠く離れた僕の死を、彼女が知る術はない。
それなのに、イルティミナさんは『僕の身に何かがあった』と確信を持っているみたいだった。
ギュウ……ッ
彼女は『白翼の槍』を握る手に力を込める。
「急がなければ、取り返しがつかないかもしれません」
低い声で、そう告げる。
その真紅の瞳には、僕の元へ駆けつけたい自分の邪魔する『タナトス王』への殺意が、より強く輝き始めていた。
ソルティスは困惑した顔で、自分たちのリーダーを見る。
キルトさんは、一呼吸し、
「わかった」
と頷いた。
「そなたの勘を信じよう、イルナ。1人で行かせたマールのことも気になる。……多少強引にでも、『タナトス王』を倒しにいくぞ」
ギシッ
身体を前傾させ、『雷の大剣』を肩に担ぐように構え直す。
その黄金の瞳には、覚悟の光があった。
「はい」
イルティミナさんは、大きく頷いた。
ソルティスも「わかったわ」と答え、左右の手にある『マールの牙・弐号』と大杖を前方へと構えた。
ジジ……ジガッ
精霊さんも低い音色を響かせ、頭部を低く構えて、いつでも突進できる体勢になる。
『…………』
そんな3人と1体に対して、『タナトス王』も2本の長剣を構える。
ヴォオン
刀身に、7つのタナトス魔法文字が煌めく。
15メードの距離を置いて対峙した空間に、張り詰めた空気が満ちていく。
そして、それが膨れて限界を迎えた瞬間、
ドンッ
黒い床を大きく蹴って、5つの影は、互いにぶつかり合うように飛び出していった。
◇◇◇◇◇◇◇
そうして、凄まじい攻防が始まった。
激しい火花と衝撃波を、広間の空間に弾けさせながら、4人と1体は、嵐のような戦いを繰り広げる。
そして、
「ぬぉおおお!」
キルトさんが雄叫びと共に、『雷の大剣』を叩きつける。
それを片手の長剣でいなし、『タナトス王』は、逆にカウンター剣技でキルトさんの脇腹に刃を叩き込む。
ザキュッ
キルトさんの黒い鎧が裂け、鮮血が散る。
瞬間、キルトさんは口から血を吐きながら、そのまま『タナトス王』の腕を抱き締めるように押さえ込んだ。
『!?』
骸骨兜の奥から発する、驚きの気配。
そんな『タナトス王』めがけて、『マールの牙・弐号』を構えたソルティスが飛びかかった。
「たぁああ!」
逆手に持った短剣を、振り下ろす。
ヒュッ
上半身を逸らし、『タナトス王』は、その一撃を簡単にかわした。
けれど、
「エルダ・レイヴィン!」
ソルティスのもう一方の手にあった大杖が『光の剣』を生やしながら、逸らされた上半身へと振り抜かれる。
剣と魔法の同時攻撃。
その瞬間、
ヴォン
骸骨騎士の鎧の表面に、タナトス魔法文字が浮かぶ。
途端に、大杖の魔法石から伸びていた『光の剣』はグニャリと揺らめき、そのまま消滅してしまった。
カツン
魔法の刃の消えた大杖だけが、鎧の表面を叩き、弾かれる。
「くっ」
悔しそうな表情のソルティス。
と、『タナトス王』の自由な手にある長剣が、そんな少女めがけて鋭く振るわれた。
気づき、青ざめる少女。
ジガァアアッ
そんな少女を守るように、『白銀の精霊獣』がその手首に噛みつく。
『――邪魔だ』
告げた『タナトス王』は、凄まじい膂力を発揮して、体長5メードもある『白銀の精霊獣』ごと腕を振り上げ、そのまま一気に振り下ろす。
ドガァアン
白銀の巨体が、黒い床に衝突し、クレーターを作る。
衝撃で、手首を拘束していた牙が外れた。
ザキュッ
仰向けとなった精霊獣の鉱石でできた腹部に、長剣の刃が簡単に突き立てられる。
そして、刀身に輝くタナトス魔法文字から、7つの光弾が弾けた。
ドパパァアン
接触状態からの攻撃。
(精霊さんっ!)
僕は悲鳴をあげた。
かわすことも防ぐこともできず、精霊さんの腹部は粉々に砕け、上半身と下半身が2つに分かれてしまっていた。
ジ、ガ……ッ
精霊さんの瞳から、光が消えていく。
「戻って、大地の精霊!」
ソルティスが悲鳴のように叫びながら、左腕の『白銀の手甲』を掲げる。
このままとどめを刺される前に、精霊さんの姿は煌めきながら、『白銀の手甲』の魔法石の中へと吸い込まれていった。
そして、精霊さんを倒した長剣は、
ヒュゴッ
そのまま跳ね上がり、再びソルティスを狙って振るわれる。
「させぬ!」
ゴギャアン
片手で『タナトス王』の腕を押さえながら、キルトさんが、もう片方の手で『雷の大剣』を振るって、その長剣を止める。
火花が弾け、ソルティスの顔を照らす。
顔まで、刃は5センチもない距離だった。
ソルティスの美貌は、恐怖で固まっている。
その瞬間だった。
2つの長剣をキルトさんが押さえ込んだのと同時に、イルティミナさんが神速の白い影となって踏み込み、『白翼の槍』を振り抜いた。
「シィッ!」
閃光のような斬撃。
正確に首を狙ったその一撃を、『タナトス王』も凄まじい速度で回避しようとする。
けれど、
ゴギャアアン
白い槍の美しい刃は、黄金に輝く『骸骨の兜』をかすめ、その半分を吹き飛ばした。
『……ぐっ』
苦悶の声が響く。
吹き飛ばされた兜の下からは、額から血を流す、赤毛の長髪をした青年の顔が現れていた。
古代タナトス魔法王朝を支配した『王』の素顔だ。
意思の強そうなその顔は、紙一重の死を体験し、恐怖によってかすかに強張っていた。
けれど、それはすぐに強い怒気に染まる。
『おのれ!』
叫びと共に、しがみつくキルトさんごと腕を振り回し、イルティミナさんへと叩きつける。
「ぬおっ!?」
「くっ」
ドガァン
イルティミナさんの身体で弾かれ、キルトさんは、黒い床の上をゴロゴロと転がっていく。
脇腹の傷から、大量の血が噴く。
そして、イルティミナさん自身の身体は、その衝撃で仰向けに倒れてしまっていた。
ガシャン
そんな彼女の身体をまたぐように、『タナトス王』が立った。
その左右の手には、2本の長剣がある。
その刃は、美しく、妖しい輝きを灯して、イルティミナさんの眼前で煌めいている。
「っ」
イルティミナさんは、避けられない死を予感して、表情を硬くする。
その長剣の1本が持ち上がる。
(イルティミナさん……っ!)
魂だけの僕の悲鳴と共に、
「駄目ぇええ!」
ソルティスが『タナトス王』の背中に体当たりした。
ドスッ
その手には『マールの牙・弐号』が握られ、それは不意を衝かれた『タナトス王』の背中に深々と突き刺さった。
「……あ」
驚いた顔をするソルティス。
ガシャッ
『タナトス王』は苦痛と怒りに染まった顔を、その少女へと振り向かせた。
そして、
ヒュボッ ガキィン
「きゃああっ!」
横薙ぎの長剣による1撃が、ソルティスへと振るわれる。
それは、偶然にも持ち上げられた『マールの牙・弐号』とぶつかって、その刀身をへし折り、そのままソルティスの胸部を斬り裂いた。
皮鎧が裂け、鮮血が散る。
(ソルティスっ!)
短剣が折れた衝撃で、即死は免れた。
けれど、かなりの深手だ。
ソルティスは倒れたまま、動けない。
脇腹から血を流したキルトさんは、必死に立ち上がった。
けれど、『雷の大剣』を杖代わりにしていて、立っているだけでやっとというような状態だった。
「イルナ、ソル!」
その表情には、焦りがある。
姉妹の助けに向かいたいのに、身体が動かないというのが伝わってくる。
「くっ!」
イルティミナさんは歯を食い縛った。
そして、何らかの覚悟を決めた顔で、仰向けになったまま『白翼の槍』を構える。
――相打ち狙い。
例え自分が死んでも、『タナトス王』も道連れにするという強い意思が、その真紅の瞳に光となって煌めいていた。
(駄目だ!)
魂だけとなった僕は、叫んだ。
でも、その声は聞こえない。
届かない。
光の人型となった僕は、無我夢中で、イルティミナさんの前へと飛び出した。
『!』
イルティミナさんの狙いに気づいた『タナトス王』は、即座に、ソルティスに振るわなかったもう1本の長剣を振り下ろす。
イルティミナさんも『白翼の槍』を突きだした。
でも遅い。
体勢の不利もあり、長剣の方が先に彼女を貫くのは、目に見えていた。
駄目だ!
死んじゃ駄目だ!
彼女が死んでしまうなんて、そんなの絶対に駄目だ!
(イルティミナさぁん!)
光となった僕は絶叫しながら、無我夢中で両手を、振り下ろされる『タナトス王』の長剣に向かって突き出した。
ヴォオン
その瞬間、僕の両手が光った。
(――え)
長剣の刃が手のひらに触れた途端、その動きがほんの一瞬、鈍くなる。
『!?』
同時に、イルティミナさんの『白翼の槍』は、何の抵抗もなく、僕の身体をすり抜けて、『タナトス王』の腹部へと吸い込まれていった。
ドシュッ
槍の刃の先端が『骸骨騎士の鎧』の背中から突き出した。
その衝撃で、『タナトス王』の長剣は、イルティミナさんの眼前で止まってしまっていた。
予想外の結果。
それに、イルティミナさんと『タナトス王』は、お互いに驚いた顔をしていた。
ブシュッ ズルル……ッ
よろめき、後退する『タナトス王』。
槍が引き抜かれ、そのまま、引き摺られた内臓が飛び出してくる。
『がふっ』
赤髪の青年の口から、血が溢れる。
それが手のひらに降りかかり、彼は、それを信じられないものを見たような顔で見つめた。
その間に、イルティミナさんは立ち上がる。
彼女は、こちらに背を向けている『タナトス王』に向かって、大きく『白翼の槍』を振り被った。
「シィ……ッ!」
ヒュコン
残された全力での一撃。
それは正確無比に振り抜かれ、古代タナトス魔法王朝の『王』となった青年の首を刎ね飛ばした。
ドスン ゴロゴロ……ッ
赤毛の頭部は床に跳ね、転がり、そして止まった。
驚きの表情のまま。
そして、その瞳からは、生命の輝きが完全に消えていた。
「…………」
「…………」
キルトさんとソルティスも、呆然とその光景を見つめていた。
人類史上最も栄えた王朝に君臨し、400年前に人類を滅亡の危機に晒して、今なお現代に蘇り、再びの世界の危機を招いた『最後のタナトス王』は、ここに完全なる死を迎えたのだ。
断罪したのは、イルティミナ・ウォン。
シュムリア王国が誇る、最も新しき『金印の魔狩人』。
「…………」
彼女は、大きく息を吐く。
その表情からは、深い感慨も感じられない。
そして、彼女は、ゆっくりと見えないはずの僕のいる方向を振り返った。
「貴方が助けてくれたのですか、マール?」
そう呟いた。
(!)
僕は、息を飲む。
イルティミナさんの真紅の瞳は、見えないはずの僕を真っ直ぐに捉え、僕らの視線は見つめ合う。
(……あぁ)
僕は泣きたくなった。
……僕は、死んでしまった。
……大切な彼女を残して。
その事実を、深く後悔した。
何より、イルティミナさんが、キルトさんが、ソルティスが、みんなが必死に紡いできた希望は、この先の『闇の子』の元で途切れてしまっている。
途切れさせてしまったのは、僕だ。
(……ごめんなさい)
震える声で謝る。
思わず、涙がこぼれた。
「泣いているのですか……?」
驚き、それから心配そうに呟いて、イルティミナは見えない僕へと手を伸ばしてくる。
白い指先は、僕の頬に触れる。
でも、その指はすり抜ける。
彼女は、見えない僕を必死に探している。
その姿が、胸に痛い。
もう僕は、二度と彼女に触れられない。
触ってももらえない。
「マール」
イルティミナさんが切なそうに、そして懸命に、僕の名前を呼んだ。
(――このまま、終わりたくない)
そう強く思った。
その瞬間だった。
ヒィン
(!?)
魂だけとなった僕の光だけの肉体が、突然に強く輝きだしたんだ。
そのまま、強い力で上空へと引っ張られる。
(な、何が!?)
逆らうこともできず、僕は、光の粒子となって広間の天井へと向かう。
「マール!? どこですか、マール!?」
眼下では、僕を見失ったような顔のイルティミナさんが、慌てたように左右を見回していた。
僕は、光の粒子に崩れていく手を必死に伸ばした。
(イ、イルティミナさん!)
けれど、その声は届かない。
僕の姿は、強い力で上方へと吸い寄せられていく。
そして次の瞬間、魂だけとなった僕の視界は、まるで爆発したような白い光に全てが包まれてしまったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。