375・魂の気配
第375話になります。
よろしくお願いします。
魂だけとなった僕の眼下の空間。
そこで、キルトさん、イルティミナさん、ソルティス、精霊さんの3人と1体は、骸骨騎士となった『タナトス王』と戦っていた。
ガッ ギン ガギィン
最前線に立つのは、キルト・アマンデス。
長尺、超重量の大剣を軽々と振り回しながら、『タナトス王』の2本の長剣とぶつけ合う。
凄まじい火花と風圧が、2人を中心に弾けている。
「ぬぅあああ!」
キルトさんは吠え、更に前に出た。
バシュッ ブシュッ
その頬が裂け、腕が浅く斬られる。
自分以上の実力者を相手に、けれど、回復魔法が使えるソルティスが戦列に加わったことで、キルトさんは、負傷を押してより前への圧力を強めていた。
優れた戦闘センス。
そして、凄まじい気迫。
それがキルトさんの実力をより以上に高め、『タナトス王』を相手にも充分に渡り合えていた。
――それでも、相手は『タナトス王』。
ヒュッ
キルトさんの全力を上回り、大剣を振り抜いた隙を狙い、心臓めがけて長剣が突き出される。
「!」
気づいたキルトさんは、けれど、その刃をかわさなかった。
防ぐこともしない。
(キルトさん!?)
驚く僕の眼下で、その長剣は、キルトさんの心臓に吸い込まれると思った。
その瞬間、
ガギィン
2人の間合いの外から、神速で繰り出された『白翼の槍』が『タナトス王』の長剣を弾いた。
(!)
防いだのは、イルティミナ・ウォン。
射程距離の長い槍を武器とする彼女は、常に中間距離を保ちながら、仲間を援護できる位置に立っていたんだ。
キルトさんは笑う。
(……そうか)
キルトさんは、イルティミナさんが守ってくれると信じていたんだね。
「ぬん!」
その隙をついて、『雷の大剣』が振り抜かれた。
ガギィン
もう1本の長剣が、その斬撃を火花と共に受け止める。
「シッ!」
それを待っていたかのように、イルティミナさんの白い槍が鋭く突き出される。
キュボッ ギギィン
美しい槍の刃は、骸骨騎士の右肩をかすめた。
火花が散り、鎧が削れる。
『っっ』
骸骨の兜の奥に、焦りの気配が生まれる。
キルトさん、イルティミナさんが更なる追撃の姿勢を見せた瞬間、『タナトス王』は後方へと跳躍した。
不利な状況を嫌い、間合いを取ろうとしたのだ。
(チャンスだ!)
僕は、そう思った。
でも、2人は追いかけることなく、その場に停止している。
(え?)
疑問に思ったその瞬間、体長10メードはある巨大な『炎の神鳥』が下がった『タナトス王』へと肉薄していった。
見れば、輝く大杖を構える少女の姿。
2人が生みだしたチャンスに、大魔法を仕掛けたのは、後方に待機していたソルティス・ウォン。
『!』
ガシャン
長剣の1本を床に差し、『タナトス王』は、左の手のひらを『炎の神鳥』に向ける。
そこに輝くタナトス魔法文字。
空気が震動し、『炎の神鳥』は溶けるように消えていく。
(魔法が打ち消されたんだ!)
さすが、古代の魔法王。
でも、その消滅していく『炎の神鳥』の奥から、2人の『金印の魔狩人』が一気に肉薄していた。
『く……っ!』
すぐに『タナトス王』は、床に差していた長剣を引き抜き、辛うじて、大剣と白い槍の同時攻撃を受け止めた。
ガギギィイッ
(おしいっ)
刃が届くまで、あと3センチ。
まさに紙一重の攻防だった。
『――なめるな、愚民風情が!』
ギャギィン
追い込まれた『タナトス王』は、怒声を発し、そのまま力任せに2人の身体を弾き飛ばす。
(!)
なんて力だ。
2人の身体は、15メード近くも吹き飛んでいる。
空中で体勢を立て直し、2人は着地する。
トン
凄まじい力だったのだろう、キルトさんの左腕とイルティミナさんの頬に裂傷が刻まれ、赤い血がポタポタと黒い床に落ちている。
「…………」
「…………」
2人はすぐに、それぞれの武器を構えた。
その時、後方から近づいたソルティスが、2人の背中に、緑色の回復光を放つ大杖を触れさせた。
パァアア
キルトさんの全身にあった裂傷が、イルティミナさんの頬の傷が消えていく。
そして、ソルティスは、また後方に下がっていく。
『ぬぅ……』
そんな魔法使いの少女を、『タナトス王』は忌々しそうに睨んだ。
けれど、そんな視線を遮るように、
ジ、ジジ……ッ
ソルティスの前へと『白銀の精霊獣』が動き、その少女を守るために姿勢を低くして構えた。
3人と1体の気迫は、揺らぐこともない。
(……みんな、凄いよ)
魂だけとなった僕は、心が震えた。
キルトさん。
イルティミナさん。
ソルティス。
精霊さん。
1人1人の力は、『タナトス王』に劣っている。
けれど、長年培ってきた連携が、そして信頼が、お互いの力を増幅させ、この恐るべき『古代の魔法王』と互角の展開を生み出していた。
その事実に、僕は震えたんだ。
(…………)
僕は、同じように格上である『闇の子』に負けてしまった。
……もう少し。
……もう少し、僕は、違うやり方を考えるべきだったのかもしれない。
みんなのように。
最後まで諦めないで、簡単に正面から戦わないで。
必死に。
懸命に。
できる『何か』を探すべきだったんじゃないのかな?
(あぁ……)
悔しい。
悔しくて、苦しくて、申し訳なくて、悲しくて……。
(どうして僕は……)
死んで、魂だけとなってしまった今になって、後悔ばかりが溢れてくる。
涙がこぼれる。
その時、ふと眼下に見えるイルティミナさんが何かに気づいた顔をした。
不思議そうに、魂だけの僕がいる天井を見上げ、
「マール?」
そう呟いたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。