373・魔法剣士
第373話になります。
よろしくお願いします。
ソルティスは、右手の『マールの牙・弐号』を『黒狼獣』へと向ける。
そして、
「大地の精霊、少しの間、手を出さないで。これから私が、アイツの隙を作るわ。その瞬間に、貴方はアイツを噛み殺してちょうだい」
そう目の前に立つ『白銀の精霊獣』に告げた。
ジジ……ッ
精霊さんの紅い瞳が、ソルティスをかすかに振り返り、ジッと見つめる。
ソルティスの美貌は、強い決意を宿していた。
カツン カツン
鉱石でできた足を鳴らして、美しい精霊獣は、ソルティスの前からゆっくり横へと移動する。
「ありがと」
ソルティスは、短く言った。
そして、魔法使いの少女を守る邪魔者が離れた途端、冷酷無慈悲な『黒狼獣』は、何の躊躇もなくソルティスを噛み殺そうと突進してきた。
(ソルティス……っ)
魂だけの僕は、上空で息を飲む。
ソルティスは青い顔のまま、腰を低く落として、片刃の短剣である『マールの牙・弐号』を構えた。
それは、剣士としての構え。
僕は気づく。
ソルティスは、『黒狼獣』を相手に近接戦を挑もうとしていた。
魔法使いの少女が。
あの恐ろしい牙と爪を備えた、黒いキメラを相手に。
(無茶だ!)
僕は悲鳴のように思った。
けれどソルティスは、このままでは負けてしまう現状を打破するために、その無茶を押し通そうとしているんだ。
ズダンッ
黒い床を蹴り、『黒狼獣』が迫ってくる。
体長3メードの巨大な魔獣が、全力でこちらに迫ってくる光景は、強い恐怖を感じさせる。
「っっっ」
その恐怖に顔色を青ざめさせ、息を詰まらせながら、けれど、ソルティスは強い意思でその場に立ち続けた。
精霊さんも、動かない。
グバァア
1本1本が鋭い刃物のような牙の並んだ口が大きく開かれ、『黒狼獣』は、目前の少女の首を噛み千切ろうとした。
その瞬間、ソルティスが動いた。
ビュッ
首を捻り、その牙に頬を裂かれながらも、紙一重でかわす。
(!)
それは『魔血の民』の信じられない反射神経と反応速度だった。
驚愕する僕の眼下で、
「うぁあああ!」
ソルティスは叫びながら、右手の『マールの牙・弐号』を全力で振り上げる。
ガギン
その渾身の1撃は、黒い前足の爪で防がれた。
けれど、魔血が生みだす腕力は、そのまま『黒狼獣』の巨体を上へと吹き飛ばす。
(いや――)
違う!
その黒いキメラは、しなやかな筋肉で衝撃を受け止め、その場でクルンとバク転をして見せたのだ。
スタン
驚く少女の前で、『黒狼獣』は着地する。
ソルティスは、剣を振り上げた無防備な体勢だった。
そして、そんな彼女に向かって、黒い獣の頭部にある白い角は、真っ直ぐに向けられていた。
(ソルティス!)
悲鳴をあげる僕の前で、『黒狼獣』が凄まじい瞬発力で前に走った。
「くっ!」
ソルティスは、慌てて『マールの牙・弐号』を振り下ろす。
ガギィイン
白い角に、刃がぶつかり、火花が散る。
けれど、勢いに負けた短剣は弾かれ、そのまま真っ直ぐに突き進んだ白い角は、ソルティスの皮鎧を突き破り、その腹部に突き刺さった。
ゾブンッ
(っっっ)
僕は言葉もない。
刃がぶつかったことで軌道が逸れ、辛うじて致命傷は避けられたかもしれない。
でも、
(このまま、アイツが首を振れば……)
ソルティスの身体は真っ二つだ。
その未来は避けられない。
だけど、そんな最悪を想像する僕と違って、ソルティスは口から血をこぼしながら、笑っていた。
(――え?)
僕はポカンとして、そして気づいた。
少女の右手が握った短剣は、大きく弾かれている。
けれど、少女の左手が握った大杖は、自分を貫くほどに接近した黒い巨体の腹部に、魔法石を押し当てていたんだ。
血に濡れた唇が動く。
「喰らえ。――エルダ・レイヴィン」
ドパァアン
輝く魔法石から、魔力が集束した巨大な『光の剣』が生え、『黒狼獣』の肉体を勢いよく貫いた。
『ガフッ!?』
予想外の攻撃に、『黒狼獣』がよろめく。
ズルッ
少女の腹部に刺さっていた白い角が、そのまま抜けた。
その瞬間、
ジ、ジガァアアアッ
動きが止まった『黒狼獣』めがけて、チャンスを待っていた『白銀の精霊獣』が閃光となって襲いかかった。
その黒い首に噛みつき、
ガシュン
そのまま『黒狼獣』の首を噛み千切る。
目を見開いた、角の生えた巨大な頭部が、クルクルと回転しながら空中に舞う。
ドチャッ
血と内臓を散らしながら、地面に落下。
その頭部のすぐ目の前に、ソルティスの足があった。
「……いくら再生力が強くても、脳が破壊されたら、終わりでしょ?」
静かな声。
その手にあるのは、『光の剣』を生やした大杖だ。
――魔法剣士。
少女が見つけ出した剣と魔法の複合戦法、それを見せた彼女の姿を『黒狼獣』の眼球は、呆けたように見つめていた。
そして、その頭部に『光の剣』が落とされる。
ゾヴァン
何の抵抗もなく『光の刃』は突き刺さり、魔獣の頭蓋が穿ち抜かれて、脳を焼き散らしていく。
「…………」
少女は、その光景を黙って見つめた。
残された切断された胴体部分も、黒い床に倒れたまま、紫の血だまりを広げている。
動く気配はない。
恐るべき『黒狼獣』は、完全に絶命していた。
「ふぅ」
ソルティスは息を吐く。
フラッ
よろめいた背中を、『白銀の精霊獣』が回り込んで、その巨体で優しく支えた。
その瞳にあるのは、確かな敬意だ。
ソルティスは、「ありがと」と笑った。
そして大杖から『光の剣』を消すと、その魔法石に回復光を輝かせて、腹部の傷へと押し当てる。
(……凄い)
僕は、心を震わせながら、その姿を見つめる。
失血が酷かったから、ソルティスの視線は、どこかぼんやりとしていた。
その視線が偶然、空中にいる僕に向く。
「……やったわよ、マール」
小さな呟き。
そのまま彼女は目を閉じると、長く深い吐息を、その唇の間からこぼしたんだ――。
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