371・王は語りて
第371話になります。
よろしくお願いします。
静かなタナトス王の怒りは、大気を震わせ、魂だけとなった僕まで凍りつかせた。
けれど、キルトさんは動じない。
向けられる強大な殺意を、真正面から受け止め、その上で尚、眼前にいる魔法王を見つめ返している。
「わらわは愚民か。ならば、そなたは愚王であろう?」
そう言い返す。
「民を守らずして何が王か? 己が欲により、タナトスの王朝を滅ぼし、今も尚、世界を危機に陥れている貴様に、王を名乗る資格はない!」
ガシャッ
正眼に構えた『雷の大剣』から、強い闘気が迸る。
それはタナトス王の殺意にも負けない、彼女の生き様と覚悟を示すような『圧』だった。
(キルトさん……)
けれど、タナトス王は『ふん』と鼻を鳴らした。
『だからこそ、お前たちは愚かなのだ』
「…………」
『お前の語る《王》とは、単なる《民の奴隷》となる存在を言い換えたに過ぎない。真なる《王》とは、この世界の誰よりも己の欲求を追求し、そのために民を従えることができる存在を指すのだ』
語る声には、威厳があった。
それは人類史上、最も繁栄した時代の王朝に君臨した『タナトス王』本人の言葉だった。
彼は告げる。
『その欲求の結果が世界を救った、それこそが《偉大なるタナトス王》の真実の姿だ』
……世界を救った?
その言葉には、キルトさんも眉をひそめた。
「世界を滅ぼした、の間違いであろう?」
『いいや』
眼前の『骸骨騎士』は、はっきりと否定した。
その紫色の魔法石でできた眼球が、ゆっくりと虚空を見上げる。
そして、
『タナトス以前の歴史を知らぬお前たちは、知るまい。今現在に起きているような人類滅亡の危機は、これまでに幾度も起きていたことを』
(は……?)
「……なんじゃと?」
僕とキルトさんは、同調するように唖然となった。
そんな僕らの前で、タナトス王は語る。
『かつての人類は無知であった。そしてこの世界には、多くの魔物たちの他に、強大なる力を持つ生命体たちが存在していたのだ。その世界において、人類はいつ滅びてもおかしくない脆弱な種であった』
強大な力を持つ生命体……。
(それは『大王種』とか?)
いや、彼の口調からすると、それ以外の種族も存在していたのかもしれない。
それは混沌の世界。
弱肉強食という法が支配する、恐ろしい時代だ。
『だが、人類は、その時代を生き残った。そして、それらの生命体を駆逐し、世界を支配する種となったのだ。その理由がわかるか?』
骸骨の兜にある眼球が、銀髪の美女を見据える。
「…………」
キルトさんは答えられない。
タナトス王は、
『それは、知識だ』
そう告げた。
『滅びゆく種であった人類は、しかし、好奇心という名の知識欲に従い、知識を求めた。そして集められた知識により、《魔法》という名の力を得たのだ』
魔法……。
それは、人類が初めて『魔法』という奇跡を手に入れた時代の話だった。
今の時代には、当たり前。
けれど、当時の人々にとって、それはどれほどの希望となっただろう?
『多くの犠牲があった。種の滅亡を招きかねない事態も、幾たびもあった。それでも人類は、その《魔の法則》の追及を諦めず、その力を強め、他の種族を超越し、文明を築き、やがて世界の覇権を握ることとなったのだ』
ガシャッ
タナトス王は、鎧に覆われた右手を強く握る。
そこに秘められた情念。
それは、生き延びるために必死になり、多くの犠牲を払いながらも前に進んだ当時の人々の激情を感じさせる。
紫の眼球は、強い光を放っていた。
『無知は罪だ。知識は力だ。それは、いつの時代も変わらない。そして、その追及をやめた時こそ、人類は本当に滅びの時を迎えるだろう』
強い確信を秘めた声だ。
思わず、吸い込まれそうなほどの純粋な意思が感じられる。
でも、
「……ならば貴様は、400年前の悲劇でさえ、間違いではないと思っているのか?」
キルトさんは、低い声で訊ねた。
タナトス王は、
『当然だ』
迷うこともなく、即座に答えていた。
『想定外の事態は起きた。だが、それは《神々》と《悪魔》という超越存在の実在を確定させ、その力の計測を成すことができた。即ち、人類は、新たな《知》を得られたと言えるだろう』
「…………」
『それだけではない。お前たちのように、人類は《悪魔の血》を種の中に取り込むことにも成功した。これは人類として祝うべき、種族の進化でもあるのだ』
(!)
その言葉に、思わず、僕は凍りついた。
キルトさんも表情をなくす。
「貴様は……それによって起きた迫害を、わかっているのか?」
震えた声。
そこに込められた怒気は、あまりに濃縮され、恐ろしいほどに平坦だ。
タナトス王は、
『無論だとも』
平然とそう答えた。
『これは、同じ人類でありながら、優性種が劣性種と入れ替わるための必然の軋轢だ。やがて、劣性種は駆逐され、お前たち優性種の時代が来るだろう。今はそのための痛みを負う時代なのだ』
「…………」
『生命とは、そうして前に進む。そして人類は、また1歩、生き延びるための進化を果たす』
タナトス王は、両手を広げて、そう宣言した。
歌うように。
願うように。
祝福するように。
(でも、それは神の視点だ)
その痛みを招いた張本人が、痛みに苦しめられている人たちへと告げていい言葉ではない。
ギチン
気づけば、キルトさんが歯をむき出しにしていた。
怒りに満ちた表情だ。
「……そうか」
抑え込まれた感情の声は、まさに噴火寸前の火山のようである。
「だが、貴様の招いたこの現状は、このまま人類を滅亡させるかもしれぬぞ?」
そう問い質す。
タナトス王は、肩を竦めた。
『かもしれん。だが、この試練を乗り越えれば、人類という種は更なる成長を果たす。そのためには必要なリスクだ。どのみち、この試練が越えられぬなら、やがて時代に飲まれ、遠くない未来に人類は滅びるだろう。結局は、滅亡が早いか、遅いかの違いにすぎんのだ』
まるで他人事みたいな言い方だ。
いや、実際、そうなのだろう。
タナトス王は、自らを人類を導く存在であるかのように語る。
まるでモルモットを見守る研究者のように。
そこに語られる『人類』という単語には、実質、自分自身は含まれていない認識なんだ。
(…………)
これが『王』なのか?
魂だけとなった僕は、王という名を冠した、その悍ましい存在を上空から見つめる。
そして、
「大局ばかりを見て、そこにある数多の生命が見えぬ『王』など、我らは必要とはせん! 愚王の首を刎ね飛ばし、わらわたちは、わらわたちの時代を生きる!」
黄金の瞳を輝かせ、キルトさんが吠えた。
ドンッ
そのまま、強い怒気をまとって黒い床を蹴り、『骸骨騎士』へと肉薄する。
タナトス王は、静かに2本の長剣を構えた。
『やはり理解はできぬか、劣等なる愚民め』
ため息のような呟き。
そうしてタナトス王も前傾し、迫る『金印の魔狩人』めがけて走りだした。
ガッ ギギィン
剣戟が交わり、火花が散る。
「おぉおおおおっ!」
鬼姫キルト・アマンデスは、裂帛の気合を発しながら、人類の歴史を導き続けた『王の血脈』――その最後の『王』へと歯向かっていく。
(キルトさん……)
激しい攻防が続く。
その時だった。
ガギィン ドパァン
2人のいる場所以外でも、凄まじい魔力と衝撃波のぶつかり合いが起きていた。
(!)
僕はハッとなる。
そこにいたのは、僕にとっても最も愛おしく、大切な女性。
白い角と黒い翼を生やした『黒狼獣』と呼ばれる恐ろしい2体のキメラと、『金印の魔狩人』イルティミナ・ウォンたちによる壮絶な戦いも繰り広げられていたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。