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369・敗北

第369話になります。

よろしくお願いします。

 ――そこからは、一方的な展開だった。


 僕は、近づいてくる『闇の子』に向かって、『虹色の鉈剣』を最大の速さで振るう。


 キン ギギン キィン


 その全てが『闇の長剣』で弾かれた。


(当たらない……っ)


 当てることに特化した『撫でる剣』も、もはや通用しなかった。


 一見、当たったように見える。


 けれど、黒い肌から1ミリの距離でかわされ、刃が届かない。


 異常な見切りだ。


 奴は笑ったままで、完全に遊ばれているのが伝わってくる。


 いや、さっきまで攻撃が当たっていたのも、奴にとっては遊びだったのかもしれない。


 僕の力量を測るゲーム。


 僕に希望を与え、そして、それを奪って、代わりに絶望を与えるための。


(くそっ)


 それでも、僕は必死に抗った。


 極限集中の世界で、持てる剣技の全てを駆使し、何とか勝利を掴もうと藻掻いたんだ。


 だけど、駄目だった。


 全ての剣技が弾かれ、回避される。


 また2の手、3の手を考え、誘導しようとしても、気づけば逆に誘導されていて、不利な状況に追い込まれていた。


 絶対的力量の差。


 僕らの間には、それがあった。


 まるで本気のキルトさんと戦っている時のような、あるいはそれ以上に絶望的な感覚だ。


 キンッ ガキィッ ギギィン


「くっ……がっ」


 虹色の外骨格に、何度も『闇の長剣』が当たり、火花と共に削られていく。


 衝撃も強く、脳が揺さぶられる。


 全身が打ち身だらけだ。


 しかも、『闇の子』の攻撃は、だけではなかった。


「ふふっ」


 愉快そうに笑う奴の正面で、膨大な魔力が集中する。


 それは黒い点となった。


 パヒュッ


 そこから、黒い線のような魔力光が射出され、僕の左太ももを貫いた。


(ぎ……っ!?)


 灼熱の激痛。


 虹色の装甲は簡単に貫通され、その中にある僕の肉体からは鮮血が溢れた。


 パヒュッ ピピヒュッ


 更なる黒い光線が撃ち出され、


(く……っ!)


 僕は、残った右足と翼を羽ばたかせることで、それを必死に回避する。


 でも、かわし切れない。


 肩の装甲が削られ、右の翼が切断される。


 そんな魔法攻撃に意識を集中してしまえば、今度は『闇の長剣』が僕の脇腹に叩き込まれた。


 ガヒュッ


「あがっ!?」


 虹色の鎧は斬り裂かれ、内側にあった肋骨が切断される。


 辛うじて、刃は内臓まで届いていない。


 けど、足が止まってしまう。


 その瞬間、


 ガチィン


 僕の顎を、下から蹴り上げられた『闇の子』の爪先が弾き飛ばした。


 凄まじい衝撃。


 ガシャアアン


 僕は何もできずに、10メード以上吹き飛ばされ、黒い石床の上を火花を散らして滑り、そのまま仰向けに倒れた。


 視界がグラグラする。


 目の前に広がっているのは、どこまでも澄んだ青空だ。


 そこで、光と闇が弾けている。


 神々と悪魔が戦っている。


 それは、僕の目には不思議と綺麗に映った。


 そして、それを眺めている視界の中に、ヌッと黒い少年の顔が入り込む。


 三日月の赤い笑み。


 それを湛えたまま、瞳には残虐な愉悦の光を灯して、


「起きてよ、マール?」


 ザキュッ


 僕の左肩に、『闇の長剣』を突き立てたんだ。


「うっ!? あ、あぁあああ……っ!?」


 灼けるような激痛。


 それに無理矢理、意識が覚醒させられ、気がついたら、僕の喉から悲鳴があがっていた。


 グリリッ


 黒い少年は、その声を楽しそうに聞きながら、刃を捩じる。


 肉と神経が裂かれ、痛みが脳を焼く。


 僕は、兜の奥で涙をボロボロとこぼしながら、『闇の子』を睨んだ。


 ――やはり、勝てない。


 当初にわかっていた通り、コイツの強さは、僕より遥かに高みにある。


 その事実をこの身に刻まれながら、はっきり理解した。


(でも……)


 それでも、僕は、


(負けるわけにはいかないんだ!)


 そう覚悟を決めた僕は、肩を『闇の長剣』で貫かれたまま、勢いよく上体を跳ね起こした。


「!?」


『闇の子』は驚いた顔をする。


 ブチチッ


 肩から左腕が切断されていく。


 それを感じながら、僕は、渾身の力で『虹色の鉈剣』を握る右手を突きだしたんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 狙ったのは、心臓だ。


 その上に埋め込まれた菱形の魔法石――『魔門の鍵』だ。


 僕は勝てなくていい。


 例え『闇の子』に劣っていようと構わない。


 それでも、


(それでも、人々の未来だけは守らなければいけない!)


 ビチチッ


 左肩の傷が広がっていくのを感じる。


 その痛みが脳を焼き尽くす前に、僕は『魔門の鍵』を破壊するために、懸命に『虹色の鉈剣』を伸ばした。


 虹色の刃の先が、魔法石の表面に触れる。


 届いた。


 それを確信した。


 その刹那、僕の頭の中には、なぜかイルティミナさんの笑顔がよぎった。


(あぁ……)


 これで彼女を守れる。


 キルトさんを、ソルティスを、世界中の人たちを守れる。


 もしかしたら、僕は左腕を失ってしまうかもしれない。


 ひょっとしたら、このまま死んでしまうかもしれない。


(それでも……)


 みんなの未来と引き換えにできるなら、きっと僕は、この命を懸けなければいけないのだと思えた。


 …………。


 イルティミナさん……。


 もしも、死んだら……ごめんね。


 そう心の中で謝りながら、虹色の刃が魔法石を砕く瞬間が訪れるのを……その刹那の時間が流れるのを待つ。


 けど、


 その瞬間は、


 いくら待っても訪れなかった。


(――え?)


 確実に捉えたと思っていた。


 けれど、虹色の刃は前に伸びているのに、その剣先は、いつまでも魔法石の表面に触れたままだ。


 極限集中の世界。


 その拡張された時間の中で、僕は気づいた。


 僕の剣を突きだす速度に合わせて、『闇の子』が後方へと下がっていることに。


(――は?)


 神速の剣に合わせての後退。


 その尋常ならざる反射神経と身体能力に、僕は剣を突きだしながら唖然となった。


 黒い少年の表情に余裕はない。


 完全に虚を突かれ、それでも、こちらの攻撃をギリギリで見切ってみせたのだ。


 シュボッ


 空気が裂かれ、最後まで『虹色の鉈剣』は突き出された。


 そして『闇の子』は、辛うじて上体を捻り、僕の放った渾身の突きを横に回避した状態で静止していた。


「……今のは、危なかった」


 かすかに震えた声。


 そこにある恐怖と興奮に、僕は茫然と奴を見上げる。


 …………。


 これでも届かないのか。


(この……化け物め)


 僕は、心の中で悪態をつく。


 そして、その瞬間、


 パァアアン


 3分間の限界を迎えた『究極神体モード』が解除され、僕の肉体を包んでいた『虹色の外骨格』は、光の粒子となって散ってしまった。


 力が抜ける。


 耳と尻尾を生やした少年の姿がこぼれ落ち、僕は再び、黒い床へと仰向けに倒れた。


 ドサッ


 千切れそうな左肩の傷、太ももに空いた穴、右脇腹の斬られた傷、その全てから赤い血が流れて、宝石みたいな黒い石の床に広がっていく。


「はっ、はっ、はっ」


 息が苦しい。


 限界まで酷使した身体は、悲鳴をあげていた。


(もう……動けないっ)


 どれだけ戦う意思が残っていようと、身体が反応しない。


 くそぅ……。


 くそ、くそ、くそぅ。


 悔しくて、苦しくて、悲しくて、涙がこぼれた。


 ここまで来たのに。


 多くの人に託され、道を切り開いてもらって、ここまで来れたのに……最後の最後で、僕は、あと1歩が届かなかった。


 その申し訳なさに、心が痛い。


 泣いている僕を、立っている『闇の子』が見下ろしていた。


「……もう終わりかい?」


 不思議そうな声。


 僕は何も言えず、ただ奴を睨むことしかできなかった。


「そっか」


 黒い少年は、残念そうに頷いた。


 ヒュン


 その手にある『闇の長剣』を逆手に持ち換える。


 その剣先が、僕の心臓へと向いた。


 ここにはもう『命の輝石』もなければ、助けてくれる人もいない。


 僕の青い瞳は、奴を睨み続ける。


『闇の子』の漆黒の瞳も、真っ直ぐに僕を見つめ返していた。


 そして、


「これから君のいない世界が始まるのかと思うと、とても寂しいよ。そして、その世界でボクは『悪魔王』になる。そうして生まれるのは、ボクの自我も、マールもいない新しい世界さ」


 どこか悲しそうに、『闇の子』は言った。


 その黒い手に力がこもる。


 そして、その黒い少年は、かすかに微笑んで、


「さようなら、ボクの愛しいマール」 


 ストン


 何の躊躇も抵抗もなく、『闇の長剣』の漆黒の刃が僕の心臓に吸い込まれたんだ。


 ……あ。


 痛みはない。


 ただ異物感があった。


 そして、その感覚が消えていき、視界が周囲から黒くなる。


(……イルティミナ、さん)


 心の中で、無意識に彼女を求めた。


 その意識も消えていく。


 そんな僕の最後の視界には、あの赤い三日月のような笑みを湛えた黒い少年の姿だけが映っていた――。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] この結果は順当だねぇ。 マールは頑張った。 でも、そもそもマールは群れで戦う神狗だからね。 一人で挑んだ時点で勝ち目は無かったんだよ、きっと。 後は運命力という名のご都合主義さんがどれだ…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ マールの全てを掛け我が身を省みぬ渾身の一撃! ……、只々『闇の子』の方が上手だっただけで、マールは頑張った! [一言] うん。 正直、絶対的な力の差からマール…
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