368・全力
第368話になります。
よろしくお願いします。
吠えると同時、『闇の子』は4枚の黒翼を広げて、僕へと襲いかかってきた。
ドンッ
奴の蹴った黒い床がひび割れ、砕け散る。
迫る黒い少年。
それを正眼に構えた『妖精の剣』の先に捉えていた僕は、内に抑えていた力を解放する。
(神気開放・究極神体モード!)
ヴォオン
僕の肉体には耳と尻尾が生え、その全身に虹色の粒子が渦を巻く。
そして現れたのは、虹色に輝く全身鎧をまとう『人型の狗』だ。
僕の最強の切り札。
それを初手で使う。
(出し惜しみできる相手じゃないんだ!)
相手は『タナトス王』を上回った『闇の子』であり、僕は、その『タナトス王』にも敗れている。
ギィン
狗の兜にある青い眼球が、僕の意思に反応して強く光る。
両手には、『妖精の剣』が神化した『虹色の鉈剣』が握られている――僕はそれを振り被り、強襲してきた『闇の子』を迎え撃った。
ヒュッ ガギィイイン
奴の『闇色の長剣』と僕の『虹色の鉈剣』がぶつかり、激しい火花が散った。
(ぐ……っ!?)
そして、その一合に秘められた、奴の凄まじいパワーに驚く。
まるで、巨大な岩石と衝突したみたいだ。
生身の細い少年にしか見えないのに、その内側に宿る力は、すでに人外の領域に到達している。
さすが『闇の子』。
僕は改めてその脅威を認識し、けれど、その攻撃を1歩も下がらず受け止めたことを自覚する。
(――負けてない)
究極神体モードのパワーは、少なくとも奴に通用するレベルだ。
足元の黒い床は砕け、僕の足首までが埋もれている。
けど、それだけだ。
「あはっ」
受け止められた事実に、『闇の子』は喜色の笑みを浮かべた。
まるで、僕が自分と競える相手である事実を確認して、心の底から喜んでいるみたいだった。
(うらぁあ!)
ガギィン
心の中で咆哮し、僕は剣を押し込んで、奴を弾き返す。
奴は10メードほど吹き飛んだ。
バフッ
空中で4枚の黒い翼をはためかせ、フワリと床へ着地する。
僕は再び、『虹色の鉈剣』を正眼に構えた。
三日月の赤い笑みを浮かべた黒い少年は、無造作に『闇の長剣』を片手で持って立ちながら、そんな僕を見つめてくる。
「いいよ、マール」
「…………」
「さぁ、その調子で、もっとボクを楽しませてくれ!」
嬉しそうな声。
空いている左腕を広げて、僕を誘う。
(……お望みなら)
今度は、こちらから行くぞ!
タンッ
虹色に輝く外骨格の肉体で、軽やかに床を蹴る。
背中に生えた金属翼で大気を叩き、さらに加速して、『闇の子』へと肉薄した。
それは、僕の最速の動き。
今出せる限界のスピードだ。
その限界速度で『闇の子』の前まで接近した僕は、その勢いを乗せた『虹色の鉈剣』での最速の剣閃を閃かせた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕の放った剣技は、『撫でる剣』だ。
基本中の基本。
僕が一番初めに習い、その後に積み上げた剣技全ての土台となった剣技だった。
力は要らない。
当てるだけ。
正確な剣の軌道を保ちつつ、その上で、速度を限界まで追求する。
ヒッ ヒュン
それは『闇の子』の黒い肌を撫で、小さな傷の線を美しく刻んでいく。
「う……っ!?」
驚いた顔をする『闇の子』。
キュッ
僕は左足を踏み込み、それを軸に間合いを制御しながら、『撫でる剣』を放ち続ける。
ピッ ピピッ
奴の肌に、小さな傷が生まれていく。
当たる。
当てることだけを追求した剣だ。
それは当然かもしれない。
けれど、『闇の子』の肉体は人間と同じではない。
黒い肌に与えた小さな傷の積み重ねは、けれど、ほんの数秒で修復され、治っていってしまう。
(そっか)
剣を振りながら、その事実を受け止める。
でも、攻撃は止めない。
そして、効果はないとしても、その攻撃の与え続ける痛みは鬱陶しかったのだろう、『闇の子』は、そんな攻撃を続ける僕を追い払うように、『闇の長剣』を横薙ぎに大きく振り抜いた。
(――来た!)
ギィン
狗の兜の青い眼球が光る。
その黒い手首が通り抜ける位置に、僕は『虹色の鉈剣』の刃を置いた。
ダキュッ
「がっ!?」
自身の剣の威力によって、『闇の子』の右腕は切断された。
カウンター剣技。
僕は非力だ。
そんな非力な僕が、強靭な魔物たちと戦うために教えられた剣技だった。
ガララン
『闇の長剣』を握ったままの右手が床に落ち、音を響かせて転がる。
けれど、
(!)
その切断された手首からは、新たな右手が生え、更にそこから『闇の長剣』が生みだされていく。
ジュオオ……
一方で、床に落ちた右手と黒い剣は、黒い煙となって消えてしまった。
凄まじい再生力。
でも、
(止まるな、マール!)
僕は、その生まれた隙を逃さずに、また『撫でる剣』を放った。
ヒッ ヒュヒュン
紫の鮮血が散る。
小さな傷が『闇の子』に刻まれていく。
奴は表情を歪め、
「馬鹿の一つ覚えだね」
ダン
そう言いながら、今度はこちらの攻撃を無視して、深く踏み込んできた。
間合いが近い。
僕が絶対に逃げられない距離まで接近して、傷だらけの『闇の子』は『闇の長剣』を振り抜いてきた。
(ここ!)
その刃に向かって、僕は『虹色の鉈剣』の柄をぶち当てる。
ガチィイン
火花が散る。
思わぬ方法で剣が止められ、『闇の子』は目を見開いた。
剣技・柄打ち。
冒険者として2度目のクエストで戦ったホブゴブリンの使っていた剣技だ。
それを真似して覚えて以来、何度も戦いの中で使い、助かっている。
もはや馴染みの剣技だ。
そして今、それは『闇の子』の『闇の長剣』を受け止め、その反動で僕の『虹色の鉈剣』は大きく跳ね上がっていた。
それは、上段の構え。
初めて見せられたのは、金印の魔狩人キルト・アマンデスによって。
その美しさに。
その輝きに。
僕は、一発で魅了された。
その光のような剣技は、今も僕の心に深く焼きついている。
それを追い求めて。
それに憧れて。
その剣技は、僕の原点にして、究極点として存在する。
「あ……」
『闇の子』の驚いたように見上げる顔。
その漆黒の双眸には、剣を振り上げる虹色の『神狗』が映っている。
そして、
(やっ!)
いつものように、いつも以上に美しく、僕の『上段からの振り落とし』は、奴の顔面へと吸い込まれるように落とされた。
◇◇◇◇◇◇◇
ヒュオン
何の抵抗もなく、刃は抜ける。
一拍の間を置いて、驚いた表情を浮かべた頭部が左右へと別れた。
紫の鮮血が弾ける。
ドシャッ
脳を破壊された奴は、黒い床に仰向けに倒れた。
「はっ、はっ」
僕は、極限集中で止まっていた呼吸を取り戻す。
(思った以上に、上手くいった)
二の手、三の手を考え、先の先までを考え抜きながら、奴を上手く誘導できた。
それは怖いほどだ。
撫でる剣。
カウンター剣技。
柄打ち。
上段からの振り落とし。
極限集中。
先の先を読み切る戦い方。
今の僕の持っている全ての手札を、これまでに学んできた全てを出し切った上での戦いだった。
(……通用したんだ)
それが嬉しくて、安心した。
大きく息を吐いてしまう。
それから僕は、頭部を破壊され、倒れている『闇の子』を見た。
……動かない。
でも、油断はできない。
(ここからでも再生する可能性はあるんだ)
その前に。
奴の胸には、埋め込まれた菱形の魔法石――『魔門の鍵』が輝いている。
ガシャッ
僕は、そこに向かって『虹色の鉈剣』を構えた。
これで、全てが終わる。
そう思いながら、手に力を込めて、『魔門の鍵』を破壊するために刃を突き刺そうとした。
その寸前、
「――させないよ」
ギュッ
頭部がないまま、黒い左手が動き、その五指が『虹色の鉈剣』を掴んだ。
(!?)
グッ ググ……ッ
どれだけ力を込めても、万力で挟まれたかのように剣が動かない。
そして次の瞬間、凄まじい力で持って、僕の身体まで浮き上がり、そのまま大きく放り投げられてしまった。
(うわっ!?)
翼を広げ、慌てて体勢を立て直す。
ガシャアアン
足裏と床の間で火花を散らし、5メードほど滑りながら、なんとか止まった。
そんな僕の正面で、
「……驚いたよ、さすがマールだ。君はいつもボクの予想を上回る」
頭部が2つに裂けたまま、黒い少年の背中が立ち上がった。
左右の手が、2つになった頭部を押さえて、
グギュッ
1つに押し合わせる。
肉汁が溢れ、紫の血液が黒い石の床を汚す。
そうして、ゆっくりと振り返れば、そこには傷1つない『闇の子』の顔があるだけだった。
(…………)
これほどか。
脳を破壊されて尚、思考し、肉体を動かし、再生している。
生きている。
もはや生命体としての常識の範疇から外れている。
その恐ろしさに、僕は、気づかれないように息を飲んでいた。
そして、
「けれど、まだ想定の範囲内だ。さぁ、次は何を見せてくれるんだい?」
奴は、そう笑った。
…………。
次なんて、ない。
僕は、今の僕の持てる全てで勝負を仕掛けたんだ。
それが通じなければ、もう次はないんだ。
(あぁ……)
参ったな。
恐らく、同じことを仕掛けても、学習してしまった『闇の子』には、もう2度と通用しないだろう。
どうすることもできない。
絶望が心を満たしていく。
でも、
(でも、抗わなければ……いけないんだ)
そうしなければ、世界が終わってしまう。
人々が皆、死んでしまう。
僕の大切な人たちが、愛する人が死んでしまう。
「…………」
ガシャッ
だから僕は無言のまま、勝機なんて何も見出せないままに、『虹色の鉈剣』を正眼に構えた。
奴は笑う。
残酷な赤い三日月の笑みで。
そして、
「――さぁ、続きだよ」
その黒い手にある『闇の長剣』を構えると、絶望の始まりをとても楽しそうに告げたんだ。
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※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




