367・闇の計画
だいぶ遅くなってしまいましたが、新年明けましておめでとうございます。
2021年、最初の更新です。
それでは、第367話、どうぞよろしくお願いします。
天井の穴を抜けた先にあったのは、やはり黒い石で造られた通路だった。
バヒュウッ
僕は、虹色の金属翼を羽ばたかせ、そこを飛翔する。
(……こっちだ)
向かうべき場所が不思議とわかる。
感じる。
覚えのある猛烈な『魔の気配』を追いかけて、僕は『漆黒の天空城』の内部を移動していく。
ドン ドォン
遠くから衝撃音と振動が伝わってくる。
(イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、精霊さん……)
みんなが戦っている音だ。
それを聞くたびに、心が絞めつけられる。
でも、その思いを振り払って、僕は必死に前を目指した。
幾つかの通路を越え、吹き抜けの空間を上昇し、とても長い階段を更に上へ、上へと向かっていく。
そうして、10分ぐらいが経過した頃、
(――そこだ!)
僕はついに、目的の場所へと辿り着いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は翼をはためかせながら、廊下の先の入り口を潜った。
その先にあったのは、広いバルコニーだ。
この『漆黒の天空城』の最上部に位置する場所で、眼前には広い空が広がっている。
バサッ
僕は、翼を広げながら、バルコニーの黒い宝石みたいな石の床に着地をした。
…………。
バルコニーの先に、1人の少年の姿があった。
彼は、そこからの景色を楽しんでいる。
コツッ
僕は、そちらに向かって1歩、足を踏み出した。
すると、その気配に気づいたのか、その少年は、風に黒髪をなびかせながら、こちらをゆっくりと振り返った。
褐色の肌。
そして、三日月のような笑み。
そこに確かな喜色を宿して、
「やぁ、待っていたよ。ようやく来てくれたね、マール」
その少年――『闇の子』は、そう歓迎の言葉を口にした。
◇◇◇◇◇◇◇
「『闇の子』……」
僕は、昂る自身の感情を必死に抑えながら、奴の名を呼んだ。
黒い少年は、笑みを深くする。
それから両手を広げて、
「ほら、見てごらんよ、マール。ここからは世界の命運を決める戦いの全てが見えるんだ。凄い特等席だろ?」
そう背後を示しながら言ったんだ。
その先にあるのは、広大な青い空だ。
そこでは、超常の力を持った『神々』と『悪魔』が人知の及ばぬ強大な力をぶつけ合っていた。
光が弾け、闇が広がる。
(!)
怪獣みたいな『悪魔』の放った火炎が、この『漆黒の天空城』へと向かって迫ってきた。
直撃する!
そう恐怖した僕だけど、
「――大丈夫だよ」
黒い少年は怯えた様子も見せずに、そう笑った。
そして、その言葉に応じたかのように、『光の巨人』が巨大な魔法の盾を生み出して、迫る炎と『漆黒の天空城』の間に身を割り込ませる。
(神様!)
ゴバァアン
魔法の盾にぶつかり、炎が砕け散った。
僕らの周囲の空間を、真っ赤な炎の洪水が流れ、そして消えていく。
この『漆黒の天空城』を守った『光の巨人』は、そのまま去り、別の戦場へと向かっていった。
僕は、茫然とその背を見つめる。
同じように、去っていく『光の巨人』を見つめて、『闇の子』は笑った。
「ボクが死ねば『魔界の大門』の閉じ方がわからなくなる。だから『神々』は、必死に守ってくれるのさ。どんなにボクが憎くてもね」
クスクス
楽し気な笑い声。
その耳障りな声に、僕は『闇の子』を強く睨んだ。
(お前は……っ)
自分がしたことの意味をわかっているのか?
世界を滅ぼしかねない『悪魔』たちを召喚して『神々』と戦わせ、地上では今も多くの人類と『神の子』たちが命を散らしながら、強大な『魔の軍勢』と戦うことになっている。
その元凶は、コイツだ。
それなのに、コイツ自身はまるで他人事のように、その戦いを演劇でも見ているように眺めている。
カシャッ
僕は『妖精の剣』の柄に手をかけた。
『魔界の大門』を閉じる方法を聞きださなければいけないのは、わかっている。
それでも、怒りが抑えきれない。
黒い少年は、そんな僕の行動を見つけて、小さく笑った。
…………。
僕らは、しばし見つめ合う。
やがて、僕は必死に感情を押し殺しながら、
「……お前はいったい、何がしたいんだ?」
そう訊ねた。
それを受けた『闇の子』は、静かに漆黒の瞳を伏せて、
「前にも言っただろ? この世界にボクの居場所はない。だからこそ、ボクは、自分の存在が認められるボクの世界を手に入れる――その目的は、今も何も変わっていないさ、マール」
そう答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(自分の存在が認められる世界……)
僕は、黒い少年を見つめ続けた。
奴は、長い息を吐くと、ゆっくりと頭上の空を見上げた。
そこで争うのは、神と悪魔。
奴の口が開いた。
「例え人類を倒して、この『人の世界』を手に入れても駄目なんだ。この世界には、『神』と『悪魔』の干渉する可能性が存在する。その可能性は、いつかボクを殺すだろう。ならば、人界、神界、魔界、その全てを支配しなければ、ボクの本当に望んだ世界はやって来ない」
その漆黒の瞳が細まる。
そして、
「だからボクは、『神』と『悪魔』の両方を皆殺しにする計画を立てたんだ」
と告げた。
(は……?)
神と悪魔を……皆殺しにする?
そのあまりに馬鹿げた突飛な言葉に、僕は、状況も忘れて呆けてしまった。
何を馬鹿な……。
僕はそう思った。
でも、『闇の子』の表情は真剣だ。
その瞳には、強い覚悟と決意が宿り、決して、それが口先だけではないのだと伝わってくる。
それが僕の心を震わせた。
「そんなこと……できるわけがないっ」
僕は答えた。
でも、『闇の子』は、
「いいや、できる」
そう断言した。
「マール、君はボクが『魔界の大門』を開いたのは、召喚された『神々』に対抗するためだと思っていないかい?」
それは……。
確かに、それは少し疑問だった。
神々と悪魔が戦い合うのは、予想できたとしても、その先には勝者と敗者が生まれる。
神々が勝てば、『闇の子』は『神敵』として討たれる。
悪魔が勝てば、『闇の子』は用済みの道具として滅ぼされるだろう。
どちらにしても、
(『闇の子』には、未来がないんだ)
そのことに、コイツ自身、気づかないはずがない。
僕の表情から、その思考を読み取ったのか、その黒い少年は『その通りだ』と言わんばかりに大きく頷いた。
そして、
「後ろを見てごらん」
と言った。
(後ろ?)
僕は、ゆっくりを背後を振り返った。
視線の先にあったのは、『漆黒の天空城』の本当の最上部となる尖塔だ。
その尖塔の尖った先端。
そこに、直径5メードほどの巨大な魔法石があった。
「!?」
見た瞬間、恐怖が走った。
その魔法石には、恐ろしいほどの魔力が凝縮されているのを感じた。
まるで『悪魔』そのもの。
いや、それ以上の大海の如き魔力だ。
紫色の輝きを放ち、まるで黒い太陽にも思えるそれは、フレアのように表面から『闇のオーラ』を滲ませながら、僕のことを絶望の光で照らしていた。
(これは……)
「『悪魔王の結晶』だよ」
僕の耳に、静かな闇の声が届いた。
悪魔王の結晶……?
僕は再び、『闇の子』を振り返る。
その黒い少年は、どこか遠い眼差しで、その『悪魔王の結晶』と呼ばれた魔法石を見つめていた。
「人間というのは恐ろしい生き物だね」
「…………」
「これは、かのタナトス王が作ってくれた魔法装置。そして、この魔法石には、死んでいった『悪魔』たちの魔力が吸収され、貯蔵されていくんだ」
(……は?)
死んでいった悪魔たちの魔力が、貯蔵……?
ちょっと待ってくれ。
それはつまり、今この場で、この戦場で神々に倒されている『悪魔』全ての魔力ということか?
その意味に、僕は震えた。
それは、いったいどれほどの膨大な魔力量となるだろう?
黒い少年は、吐息をこぼす。
それから僕を見た。
「覚えているかい、マール? ボクは死んでいった『悪魔の欠片』の魔力を吸収して、強くなれることを」
「!」
まさか……!
気づいた僕は、驚愕の眼差しで『闇の子』を見つめる。
奴は、頷いた。
「そうさ。この『悪魔王の結晶』の魔力を吸収すれば、ボクは、『神』も『悪魔』も超越した『悪魔王』とでも呼ばれるべき存在になれるんだ」
厳かな声。
その衝撃の告白に、僕は、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「……ようやくだ」
『闇の子』は、黒い自分の両手を見つめながら呟いた。
「ようやくここまで来たんだ。あと少しで、ボクは、ボクの望みを叶える事ができる。自分の存在が認められる世界を手に入れられる!」
グギュッ
その2つの手が、強く握られる。
僕は言葉もなく、その姿を見つめるしかなかった。
だって、僕には、もうどうすることもできなかったから……。
(何も手がないよ……)
『魔界の大門』を閉じる方法もわからない以上、僕は、目の前にいる『闇の子』を殺せない。
そして『悪魔王』になることも止められない。
残されたのは、ただ絶望だけだ。
多くの人たちに託されて、信じられて、そして、その力に助けられて、ここまで来たけれど、その先に進むべき道が、僕の前には残されていなかったんだ。
あぁ……。
僕は立ち尽くすしかなかった。
膝から崩れてしまわないよう、そうしているだけで精一杯だった。
ふと、そんな僕に『闇の子』は気づいた。
「ふふっ」
奴は笑った。
それは、妙に優しくて、嬉しそうだった。
「心配しなくてもいい、マール。君には、まだチャンスが残されているんだよ」
(え……?)
思わぬ言葉に、僕は目を丸くした。
奴の手が、懐から何かを取り出す。
その黒い指たちが摘まんでいるのは、小さな菱形をした魔法石だった。
ヒィン
内側で、タナトス魔法文字が輝き、脈動のように光っている。
「これは『魔門の鍵』だ」
「…………」
「あの『魔界の大門』を開く魔法、それは、この『魔門の鍵』内部の魔法回路と魔法式を経由した魔力によって発動してるんだ」
僕は、青い目を瞠った。
(それは、つまり)
「つまり、この『魔門の鍵』を破壊すれば、『魔界の大門』は閉じられる」
奴は、僕の思った通りを口にした。
(…………)
僕の表情の変化に、『闇の子』は笑った。
「いいね、その眼だ。それでこそ、マールだよ」
それから、その黒い少年は、自分の手にある菱形の魔法石を見つめる。
そして、それを持ち上げると、
「……ん」
グチュ ググッ
自分の胸の中心へと押し当て、『魔門の鍵』をその肉の内側へと、半分、埋め込んでしまった。
驚く僕の前で、
「これでボクの心臓と繋がった。わかり易いだろう、マール? つまり、君がボクを殺せれば、世界は救われるんだ」
奴は、そう笑ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕は、唖然と目前の黒い少年を見つめてしまった。
(ゲームのつもりか?)
それも互いの命を使って、世界の命運を決めるゲームだ。
僕の青い瞳の視線。
それを受け止めていた『闇の子』は、不意に、その漆黒の瞳を伏せて、僕の視線を外した。
そして、
「これがボクにとって、君との最後の時間なんだ」
と言った。
「『悪魔王の結晶』に集められた魔力は膨大だ。それを吸収すれば、ボクは、きっとボクでいられない。この自我は消えてしまうだろう」
「…………」
「だから、その前にボクは、ボクとして君を殺す」
強い殺意。
その黒い輝きに満たされた瞳が、僕へと向いた。
ドクッ
僕の鼓動が跳ねる。
その黒い少年は、まるで泣いてしまいそうな顔だった。
「初めて見た時、君は力を失っていて、ただの無力な子供だった。いつでも殺せると思っていたんだ」
その声が震えている。
「でも、違った。君を殺そうとするたびに、君は、そこから逃れるんだ。多くの力を味方につけて、恐ろしい速度で成長して、絶望的な死の運命を覆す。やがて、ボクを殺すための牙を研ぎ、ボクを脅かし始めたんだ」
黒い手のひらが、僕を求めるように伸ばされる。
でも、それは途中で止まった。
その指が何かを堪えるように閉じられて、
「怖かった。恐ろしかった。嬉しかった。楽しかった。憎かった。愛おしかった。……だから、だからこそ、マール、ボクは君を殺したくて仕方がなかった」
それは愛と殺意の告白だ。
その漆黒の瞳に宿る熱は、僕の心を真っ直ぐに焼いてくる。
「ボク自身のこの手で、必ず君を殺す。……それをずっと夢見てきたっ」
メキッ メキキッ
黒い少年の背中から、4枚の黒い翼が生えてくる。
その手のひらから、骨が変形したような長く、真っ黒な刀身の長剣が生えてくる。
その刀身から、闇のオーラが溢れている。
グッ
右手で握ったその『闇の長剣』を、『闇の子』は、僕へと向けて構えた。
「その夢を叶える時こそ、今なんだ!」
「…………」
僕は、その視線を受け止める。
多くの思いを飲み込んで、
シュラン
右手で『妖精の剣』を鞘から抜き放った。
背中では、虹色に輝く2枚の金属の翼が大きく広がり、光の粒子を周囲にパッと散らした。
剣先を、黒い少年に向ける。
それを見て、『闇の子』は嬉しそうに、そして、泣きそうに表情を微笑ませた。
その漆黒の右目から、一筋の涙がこぼれる。
「望まない過酷な運命を背負わされ、それでも足掻くマールの姿に、ボクはどれほど勇気づけられたことか。だからこそ、ボクも自らの運命に抗い、足掻き続けて、ここまで来られたんだ」
「…………」
「ありがとう、マール。――君はボクの憧れだ」
互いの剣を向け合い、僕らは対峙する。
そして、
「そして、さようなら。ボクが最も愛し、憎み、恐怖した『神狗』の少年! 今日ここで、ボクはついに君という呪縛を打ち砕き、真の自由へと解放されるんだ!」
闇の申し子として生まれた少年は、世界に、強く咆哮を響かせたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
マールたちの物語も、だいぶ佳境に入って参りましたが、物語はまだまだ続きます。どうか本年も、マールたちの冒険を見守ってやって下さいね。
また皆様におかれましては、心身共に健やかに過ごせる1年であるようお祈りしております。
どうぞ、今年もよろしくお願いします~!
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。どうぞ、よろしくお願いします。




