365・未知なる深淵の求道者
第365話になります。
よろしくお願いします。
僕は『妖精の剣』の柄に手を当て、『骸骨騎士』を見つめた。
抜刀はしない。
キルトさん、イルティミナさんも武器に手をかけているけれど、まだ構えていなかった。
ソルティスは、驚きが大きくて、大杖を強く握り締めている。
僕らが武器を構えなかった理由は、向こうも、まだ武器に手をかけていなかったからだ。
『…………』
腰の左右に、あのタナトス武具の2本の剣を下げたまま、『骸骨騎士』はそこに立っている。
その左右にいる黒い獣たちも動かない。
チリッ
張り詰めた緊張感が、僕の肌を焼く。
目の前にいる『骸骨騎士』――即ち『タナトス王』は、僕らよりも上の武力を持った存在だ。
安易には仕掛けられない。
少なくとも、向こうの真意を知らなければならなかった。
10秒か20秒……僕らは、100メードほどの距離で対峙した。
そして、
『あの《悪魔の子》の予想した通りか……。まさか、本当に現れるとはな』
(!)
低い声が『黄金の骸骨兜』から聞こえてきた。
古代タナトス語ではなく、流暢なアルバック共通語だ。
驚いたけれど、黄金の兜の翻訳機能か、あるいは、この短期間で覚えたのか、どちらにしても『タナトス王』ならあり得ることだと思えた。
そして、その声に敵意は見えない。
けれど、恐ろしいほどに冷ややかな口調で、氷のような感情を感じさせた。
(……なるほど)
すぐに理解する。
敵意が見えないはずだ。
向こうは、僕らを敵だなどと思っていない。
単なる下等な存在。
敵になる以前に、それだけの意識を向けるべき価値ある生命だと思われていないんだ。
彼は、偉大なるタナトス王。
人類史の最も栄えた時代に君臨した『王』なのだ。
その『王』は告げる。
『――ここから去れ』
それは警告ではなく、命令だった。
黄金の兜にある紫の眼球が、僕のことを見据える。
『あの《悪魔の子》は、お前の来訪を待っているようだった。だが、そこに我が野望を覆す可能性が一欠片でもあるのならば、俺はそれを許容しない』
ビリリッ
兜越しに、強い殺気がぶつけられる。
恐怖で、僕の肌が泡立つ。
『ここから去れ』
もう1度、これ以上の手間は許さないという意思を込めて、タナトス王は告げた。
……怖い。
正直に、そう思った。
その時、そんな僕を守るように、キルトさん、イルティミナさんが前に出た。
ザザンッ
強烈なタナトス王の殺意に対して、けれど、2人は1歩も引かず、怯まず、強い覚悟を宿した視線で見つめ返している。
(キルトさん、イルティミナさん……)
その姿に、僕の胸に勇気が灯る。
グッ
心に強く力を込めて、
「それはできない」
僕は、はっきりとタナトス王に答えた。
◇◇◇◇◇◇◇
僕の答えは、広間の中に静かに響き渡った。
『…………』
それを受けたタナトス王は、けれど何も反応しない。
兜にある紫の眼球が、僕を見つめ続ける。
それを見返して、僕は言った。
「タナトス王、このままではこの人の世界は滅びてしまうんだ。それなのに、貴方は『闇の子』に加担する。いったい貴方の目的は、その野望とは何なんだ?」
言葉と共に、1歩前へ。
見つめる青い瞳には、返答拒絶を許さない意思を込めて。
タナトス王は、しばし沈黙した。
やがて、その『黄金の骸骨兜』がかすかに上を向く。
空中を見つめ、
『――世界の深淵、その理を知ることだ』
タナトス王はそう告げた。
(……世界の深淵? その理?)
僕らは、その意味を測りかねた。
カシャリ
『骸骨騎士』は両手を左右に広げて、
『この世は、我らには計り知れぬ《未知》に満ちている。俺は、それが知りたい。この世界だけではなく、神界、魔界、それ以外の世界にも広がる《未知》を、俺は全て得たいのだ。永劫の時をかけてでも、全ての世界の深淵を……』
そう熱っぽく告げた。
…………。
僕は、少し呆けた。
その姿は、まるで熱心な神々の信徒のようで。
それは『知識』という名の姿なき神を追い求める、永遠の求道者のようだった。
(あぁ……そうか)
彼は、タナトス王。
その追い求めた『知識』の果てに、人類史の最盛期となる文明が築き上げられた。
彼は、その文明の申し子だ。
ソルティスやコロンチュードさんのような研究者であり、それ以上に『未知』を追い求める究極の人間なんだ。
世界の深淵……。
この世界を知り尽くした彼は、次なる『未知』の眠る神界、そして魔界の深淵を求めている。
そして、それを与えるのが『闇の子』なのか。
僕は訊いた。
「それは、世界中の人の命と引き換えにしてでも求めるもの?」
カシャッ
彼は、天を見ていた顔をこちらに向けた。
そして、
『当たり前だろう?』
何を言っているんだという不思議そうな声で、そう答えたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
(あぁ……)
そこにある純粋な心を感じて、僕は理解した。
わかり合えない。
目の前にいる古代の魔法王は、僕らとはあまりにかけ離れた価値観を有していて、けれど、それを近づけ合うためには、あまりにも時間が足りなかった。
キルトさん、イルティミナさん、ソルティスもそれを感じたのだろう。
3人とも、静かに覚悟を決めているようだった。
僕も同じだ。
シュラン
僕は『妖精の剣』を鞘から抜いた。
キルトさん、イルティミナさんも『雷の大剣』と『白翼の槍』を構え、ソルティスも『骸骨騎士』に対して大杖を向ける。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら4人は、明確な敵対行動を示した。
それを見つめて、『骸骨騎士』は、まとわせていた空気を氷結させていく。
『――そうか』
短い一言。
そこに込められた凝縮された殺意と敵意、そして静かな怒気は、まるで彼の全身から陽炎のように揺らめいて見えるようだった。
グルルッ
その左右に控えていた、白い角と黒い翼を生やした獣たちが、鋭い牙を剥き出し、低い唸りをあげる。
その態勢を、ググッと落とした。
この2体は、恐らく、魔法生命体。
それもタナトス王が使役する、凄まじい戦闘力を秘めているだろう『黒狼獣』とでも呼ぶべき存在だ。
そして、『骸骨騎士』の両手が、左右の腰にある剣の柄を握る。
シャララン
澄んだ音色を響かせ、2本のタナトス武具の剣が姿を現した。
彼は、それをゆっくりと僕らに向ける。
そして、
『――ならば、我が手にかかる栄誉を与えられながら、ここで滅べ』
タナトス王は、厳かに告げた。
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