362・大神門防衛戦
第362話になります。
よろしくお願いします。
僕らの上空で、白い光と漆黒の闇がぶつかり合っていた。
神と悪魔。
その大いなる存在同士の闘いは、まるで神話のような凄まじい戦いだった。
炎の竜巻が荒れ狂い、氷の雨が降り注ぐ。
強烈な風が大地を破壊し、炸裂する雷が世界を照らして、神の剣と悪魔の爪が激突し、猛烈な波動が大気を震わせ、破裂させていく。
その場の人間たちは皆、その迫力に圧倒されていた。
「……な、なんなのよ……これは?」
ソルティスが呆然と呟いた。
少女は力が抜けたように、その場にペタンと座り込んでしまう。
僕は答えた。
「……僕らが召喚した『神々』に対抗するために、『闇の子』も『悪魔』を召喚したんだ」
単純な事実。
でも、それは世界を滅ぼしかねない最悪の決断だ。
しかも、『悪魔』は『闇の子』の味方であるとは限らない。
ただの便利な道具。
下手をすれば、アイツ自身も用済みとして殺される可能性があるんだ。
それなのに、
(アイツは何を考えているんだ!?)
僕には、アイツの狙いが何1つ、わからなかった。
キルトさんも、イルティミナさんも、フレデリカさんも、ラプトも、レクトアリスも、ポーちゃんも、コロンチュードさんも、この場の誰もが、上空で行われている神話の世界の戦いを、ただ見つめ続けている。
そんな中、
「やってくれましたわね」
そんな可憐な声が聞こえた。
見れば、上空の様子を見ながら、こちらへとやって来るレクリア王女の姿があった。
吹き荒れる戦いの余波が、彼女の水色の髪を揺らしている。
「キュポロの盤上の戦いかと思いきや、まさか、盤外の指し手自身を殺しにくるような禁じ手を行うとは、さすが『闇の子』……わたくしもここまでは読めませんでしたわ」
不満そうな呟き。
それを口からこぼしながら、彼女は僕らの前に辿り着いた。
「王女様」
僕らの視線が、彼女に集まった。
彼女は、その金と蒼のオッドアイで、僕らを見つめ返す。
「皆様、見ての通り、形勢は逆転しましたわ。そして、ここが正念場。人類が生き残るか、滅びるか、この先のわたくしたちの行動によって、それが決まりますわ」
(……正念場)
僕らは頷いた。
レクリア王女は告げる。
「召喚された『悪魔』たちは今、『神々』が抑え込み、辛うじてこの世界の破滅を防いでくれています。もはや『悪魔』への対処は、『神々』に任せるしかありません」
うん……。
正直、僕らの力では、どうやっても太刀打ちできない。
相手の力は、まさに天変地異そのものだ。
「しかし、敵はその『悪魔』だけではありませんわ」
そう言いながら、王女様の腕は、空に輝く漆黒の光――『魔界の大門』を示した。
僕らも視線を送る。
(……あ)
そこから『悪魔』とは違う、『異形の怪物』たちが現れていた。
(あれは……!)
その中には、前に王都ムーリアの地下で見た物理攻撃が無効の『黒い巨人』の姿もあった。
魔界生物。
悪魔ではないけれど、魔界に生息している生命体だ。
そして、その物理攻撃が無効の巨人が今、何十体も出現し、この荒野に確認できたんだ。
いや、それだけではない。
他にも、この世界の生命体とは明らかに違う、歪な形をした魔界の生命体たちが『魔界の大門』を通り抜け、無数にこちらの世界にやって来ていた。
(なんてことだ……!)
その現実に、僕は茫然となった。
けれど、『敵』は更にいた。
『漆黒の天空城』にいた『刺青の者』たちが、次々に魔物に変身して、こちらへと向かってくる姿があった。
レクリア王女は、それらを鋭く睨む。
「『魔界生物』と『刺青の魔』たちの相手は、わたくしたち人間がしなければなりませんわ」
(!)
僕は息を飲む。
レクリア王女のオッドアイは、ゆっくりと、そんな僕らの背後へと向けられる。
そこにあるのは『神界の大門』。
彼女は言う。
「この門を開き続けることによって、『神界』の『神気』がこの世界に流れ込み、『神々』の御力を支えておりますの」
それは……、
(つまり、この『神界の大門』が破壊されてしまえば、『神々』は力を失い、やがて『悪魔』に滅ぼされてしまうということ?)
その事実に、僕らは震えた。
レクリア王女は、再び、静かに僕らを見つめる。
「皆様、この『神界の大門』は、絶対に死守しなければなりませんわ!」
今までで一番強い口調。
そして、レクリア王女様自身も、そのたおやかな手で腰の剣の柄を掴み、それを鞘から引き抜いた。
シュラン
そうして、迫りくる『魔界生物』と『刺青の魔物』たちを睨みつける。
その覚悟が背中から伝わる。
(…………)
僕も『妖精の剣』を鞘から抜いた。
キルトさんも『雷の大剣』を、イルティミナさんも『白翼の槍』を構え、座り込んでいたソルティスも歯を食い縛って立ち上がった。
他のみんなも、それぞれの武器を構える。
上空では、今も『神々』と『悪魔』が熾烈な戦いを繰り広げている。
その眼下の地上で、ダルディオス将軍やロベルト将軍、シュムリア竜騎隊隊長レイドルさん、神殿騎士団長アーゼさん、アザナッド皇帝陛下、シューベルト国王がそれぞれに指示を発し、アルン、シュムリア両軍が戦闘態勢に入った。
そして、ついに『魔の存在』たちが接敵する。
人々の剣と魔法が放たれ、それを受けても『魔の存在』たちは恐ろしい力で人類に襲いかかる。
丘の上の僕らは、その全てを目撃した。
世界滅亡を巡る最終戦争。
今、僕らの目の前で行われているのは、後世にそう語られるそんな歴史上の1つの戦いなのかもしれないと、僕は、ふと思ったんだ――。
◇◇◇◇◇◇◇
「鬼剣・雷光斬!」
「羽幻身・白の舞!」
キルトさんとイルティミナさん、2人の『金印の魔狩人』がタナトス魔法武具の力を解放する。
それは迫る魔物の肉体を斬り裂き、絶命させた。
人類と『魔の存在』たちの戦いは熾烈を極めた。
人類の方が、数では3倍ほど勝ってはいるものの、相手は個々の能力に置いて、人間を凌駕している。
アルン、シュムリア両国の騎士たちは、『神界の大門』を中心に3重の陣を敷いていたものの、時々、その包囲網を抜けて、『刺青の者』が変身した魔物や『魔界生物』がここまで辿り着くことがあるんだ。
特に、人類は地上にいる。
空を飛べる『魔』に対しては、弓や魔法で迎撃しているものの、突破される確率は高くなっていた。
ゴバァアン
歪な人型の魔物が、口から炎を吐いた。
「やらせるかい!」
ラプトが叫んで、『神武具の円形盾』を展開し、それを防ぐ。
けれど、その間にも、他の魔物たちが次々と襲いかかってくる。
遠距離から仕掛けてくる攻撃に対しては、ラプトの盾、レクトアリスの結界、ポーちゃんの雄叫びの障壁で防ぎ、イルティミナさんの槍、フレデリカさんの火球で応戦していく。
僕とキルトさんは、接近戦を仕掛けてくる魔物と戦っていた。
「や!」
ヒュコン
ミイラみたいな魔物の5メードほどに伸びて迫ってきた腕を、僕の『妖精の剣』が切断する。
魔物が痛みに悶える隙に、キルトさんは僕の横を駆け抜けて、「ぬん!」と魔物本体の胴体を『雷の大剣』で真っ二つにした。
「また来たわ!」
ソルティスが叫ぶ。
視線を送れば、手足の生えた蛇のような人型の魔物がこちらに走ってきていた。
(狙いはソルティスか?)
僕は左腕を突きだして、
「精霊さん!」
ジジッ ジガァアアッ
そこに装着されていた『白銀の手甲』から、美しい白銀の精霊獣を召喚する。
魔法石から飛び出した『白銀の狼』は、即座に蛇の魔物の喉元に噛みついて、一気に引き倒した。
ズダァン
「大地の怒りに貫かれろ! ――アルアス・ラ・パイク!」
すかさず、ソルティスが魔法を詠唱。
蛇の魔物の下の地面から、鋭い岩の槍が何本も突き出してきて、魔物を串刺しにしてしまった。
魔物はビクビクッと痙攣し、絶命する。
「ふぅ」と息を吐く少女。
けれど、状況は止まらない。
「上! 物理攻撃無効の『魔界生物』です!」
イルティミナさんが上空を見上げて、警戒の声を発した。
ハッと視線を上げれば、背中に蝙蝠のような翼を生やした、黒い水で肉体ができているような黒い巨人の『魔界生物』が近づいてきていた。
翼の有無はあれど、かつて王都の地下空間で見た『魔界生物』にそっくりだ。
(どうする!?)
その手強さを思い出して、僕は顔をしかめた。
けれど、『神界の大門』の近くに集まっていたコロンチュードさんを始めとする両国の『魔学者』たちが詠唱を始め、凄まじい魔法の雷でそれを迎え撃った。
バヂヂヂィン
世界が白く染まる。
そして、その直撃を受けた『魔界生物』は、空中で散り散りに分解し、溶けるように消えてしまった。
「……よしよし」
伝説の『金印の魔学者』は、満足そうに頷いている。
(凄いや)
これほどの魔法の援護があるのは、実に心強い。
こんな風に、ここまで攻め込まれることはあるけれど、頼もしい仲間たちのおかげで『神界の大門』は防衛することができていた。
でも、
「いかんな」
キルトさんが呟いた。
(え?)
「今は防げているが、少しずつ押し込まれておる。このままでは、いつか包囲陣が崩壊して、一気に雪崩込まれるぞ」
その視線は、丘の下へ。
丘の周囲に展開された両軍は、けれど、かなり陣形が乱されていた。
ダルディオス将軍やロベルト将軍、皇帝陛下や国王様、レクリア王女、みんなが必死に指揮をして、なんとか戦えてはいるけれど、陣形の立て直しは遅れ始め、その乱れは少しずつ大きくなっていた。
ゴバァアン
空を飛ぶシュムリア竜騎隊も、炎を吐いて必死に援護している。
神殿騎士団も、アーゼさんの指揮の元、凄まじい技量で魔物たちを討ち滅ぼしている。
けれど、それでも……。
(まずいよ)
こちらの戦力が足りていないんだ。
対『闇の子』用の戦力は用意していたけれど、『魔界生物』の存在は想定外だった。
その分だけ、戦局が押されている。
(どうしたら……?)
僕は迷った。
「僕らもあっちに行った方がいい?」
そうキルトさんに聞く。
キルトさんは、難しい表情で答えた。
「いや、ここも、それだけの余裕はない。何より、ここが防衛の要じゃ。ここの戦力を減らした結果、万が一、この『神界の大門』が破壊されては意味がない」
……そっか。
会話をしている間にも、新手の『魔の存在』たちが迫ってくる。
「シィ!」
イルティミナさんの『白翼の槍』による砲撃が、その新手の魔物を吹き飛ばした。
フレデリカさんも『烈火の剣』から火球を生み出し、追撃として叩き込む。
迫ってきた魔物は全滅した。
でも、陣形の乱れた箇所から、更に別の『魔の存在』たちがこちらに向かって来ていた。
「ぬぅ」
キルトさんが唸る。
ここまで到達する『魔の存在』たちも増えている。
このまま静観していたら、やがて、ここも防衛し切れないほどの状況になってしまうかもしれない。
決断をしなければ……。
(でも、どんな決断を?)
動くべきか、動かざるべきか?
いや、動いたとしても、それでどうにかなるのかもわからない。
そもそも、この追い込まれた状況を覆すための方法を、僕らは見つけられていなかったんだ。
空では、いまだ『神々』と『悪魔』の戦いが続いている。
どちらも互角。
そこでは凄まじい力の応酬が繰り広げられ、少しずつ倒されていく『神々』と『悪魔』の姿も出始めていた。
僕ら人類に手を貸せる余裕は、全くなさそうだった。
「…………」
地上に関しては、僕ら人類だけで何とかするしかない。
でも、その道筋がわからない。
見えてこない。
(……負ける?)
ふと、その可能性が頭をよぎった。
(いや、まだだ!)
ブンブン
僕は強く頭を振って、その弱気な心を振り払う。
その時だった。
『――まだ、我らの勝利の道はあるぞ、マール』
力強く、優しい声が耳朶を打った。
(!)
慌てて振り返る。
その先にあったのは、神々しい光。
全身から神気の輝きを放つ、身長3メードほどの半獣半人の女性――神狗アークインの母神でもある『狩猟の女神ヤーコウル』様が、青い空から、僕らのすぐ目の前の地上へと降臨なされていたんだ。




