041・不穏なる旧き街道へ
第41話になります。
よろしくお願いします。
「ま、心の底では、全員が王都ムーリアへ行きたがっていたからの。最初から、皆、心の天秤は揺れていたのじゃ」
再出発した竜車の中で、キルトさんは、さっきの説得について、そんな風に教えてくれた。
「それを邪魔する『命の危険』という重さが、天秤の反対側に乗っていた。わらわは『キルト・アマンデス』という名前で、その重さを減らしただけじゃ。あとは勝手に、皆の心の天秤が傾いた。――それだけのことよ」
「ふぅん?」
僕は頷き、正直な感想を言う。
「でも、あの時のキルトさん、なんか詐欺師っぽかったよね」
「失敬な!?」
心外そうなキルトさん。
同席している美人姉妹は「プッ」と吹き出し、黄金の瞳に睨まれて、慌てて、素知らぬ顔をした。
(あはは、ごめんなさい)
だけど、無事に王都へ進みだして、やっぱりよかったと思う。
2ヶ月も復旧を待つなんて、さすがに嫌だもの。
僕だって、多少のリスクを犯しても、旧街道から王都ムーリアを目指したかったんだ。
「みんなを説得してくれて、ありがと、キルトさん」
「ふん、じゃ」
お礼を言ったけど、キルトさんは、拗ねて、そっぽを向いてしまった。あらら……?
苦笑しながら、僕は、カーテンを開いて、窓の外を見た。
僕らを乗せた竜車は、崩れた王都大橋から、数十メートルほど戻り、雑草に覆われた旧街道へと入っていた。
最初は、そこが道だと気づかなかった。
それほどに、旧街道との分岐には、背の高い草がたくさん生えていたんだ。
草の中には、古びた石碑があって、
『お うとむ ーり あ』『め で ぃす』
というアルバック共通語の文字と、そのすぐ下に、進路を示す矢印が掘られていた。
(うんうん、ようやく僕も、文字が読めるようになってきたぞ!)
まだスラスラは読めないけど、嬉しいね。
あと石碑の前には、大きな立て看板があって、『きん したち いりき けん』と書いてあった。え~と、『立ち入り禁止! 危険!』ってことだよね? 誰かが間違って、旧街道を使わないようにと作られたんだと思う。
(きっと、王都大橋ができた頃に、建てられた物なのかな?)
でも今は、草に埋もれて、旧街道も看板も、人々から忘れ去られている感じだ。
ゴトゴト ゴトンゴトン
竜車の揺れも、今までと違って、だいぶ大きい。
元々は、王都へと通じる街道だったから、旧街道のならされた土の道は、やっぱり三車線分もあって広い。でも、今はその土を突き破って、多くの雑草が生えているし、ひび割れもたくさんある。
道の両脇には、先端の光の消えた石塔が並んでいて、その多くは倒壊し、石の残骸として転がっていた。
(なんだか、お墓みたいだ)
石の残骸を見ると、あのアルドリア大森林・深層部にあった、壊れた6つの石の台座を思い出す。
竜車を引っ張る灰色竜は、その雑草たちをなぎ倒しながら、人気のない旧街道を力強く進んでいく。多くなったデコボコに車輪が軋み、振動は絶え間なく、僕らのお尻を突き上げ続ける。
「大丈夫ですか、マール?」
「うん」
酔うのを心配してくれたイルティミナさんに、僕は、手にした水筒を見せて、笑う。
今のところは、大丈夫。
もし酔ったら、すぐ飲むつもりだった。みんなも酔ったら、飲んでもらっていいからね?
窓の外には、荒れ果てた旧街道が、どこまでも続いている。
(それにしても……)
「本当にこの先で、野盗たちが罠を張っているのかな?」
「いるでしょうね」
僕の呟きに、イルティミナさんが答えた。
「橋を破壊したというのは、王都守備隊の騎士たちを足止めする狙いもあるはずです。だとすれば、野盗たちは、必ず、壊れた橋のメディス側にいるでしょう」
「でも、メディスからここまでの道中、僕らは襲われなかった」
「はい。つまり、野盗たちは今、旧街道にいることになります」
そっか。
「あの……有り得ないかもしれないけど、僕らを『襲わない』って可能性はないの?」
護衛の冒険者を見て、諦めたとか……。
イルティミナさんは、申し訳なさそうに笑い、柔らかく髪を揺らして、首を横に振る。
「20人規模の野盗というのは、本来、もっと大きな商隊などを狙うような集団です。車両3台とたった5人の冒険者に怯むとは思えません。そして、その人数の野盗たちは、食べていくために、常に獲物を狙っているものです」
「そう……」
やっぱり襲われるのか……。
うなだれる僕に、イルティミナさんは苦笑して、励ますように抱きしめてくれる。
「大丈夫ですよ、マール。何度も言いますが、その程度の野盗など、私たちの敵ではありません。ここにいるのは、赤牙竜を倒した魔狩人たちなのですよ?」
「うん、そうだね」
あんまり心配させるのも嫌なので、僕は、がんばって笑う。
そんな僕らを見つつ、ソルティスが「でもさ」と口を開いた。
「今回、あっちの5人パーティーが護衛の本命でしょ? 私らとしては、どう立ち回るの?」
「そうさの」
キルトさんは、少し考える。
「基本的に、向こうの2台はクレイたちに任せよう。そして、わらわたちは、この竜車だけを守る」
「それでいいの?」
みんなを守るって、啖呵を切ったのに?
僕の表情に、キルトさんは苦笑した。
「基本的にと言ったであろ? 順序立てて説明する。――まず襲撃があったならば、御者を竜車内に避難させる。代わりに、わらわとイルナが外じゃ。マールとソルは、中にいるんじゃぞ?」
「うん」
「わかったわ」
「大抵、野盗というのは、道を塞ぎ、足の止まった獲物へと、まず周辺の高台などから、弓などで遠距離から仕掛けてくることが多い」
ふむふむ。
「じゃが、生憎とわらわは、接近戦が主体での。足となる竜が射殺されては敵わぬゆえ、わらわは竜車のそばで、矢を落としたり、突っ込んでくる阿呆を相手にしながら、竜を守ることに専念する」
「では、私は?」
「遠距離から仕掛けてくる奴らを、全て殺せ」
淡々とした『殺せ』という命令に、僕の背筋は、ゾクッとした。
そう……今回の相手は、魔物じゃない。
人間なんだ。
でも、イルティミナさんは当たり前のように「わかりました」と頷いた。
だから、気づく。
(……人を殺したことが、あるんだ)
今も僕を抱きしめてくれる、この手で、知らない誰かの命を。
「もしクレイたちが苦戦しているようなら、先に、そちらを手助けしろ。こちらの竜車は、わらわが何時間でも守り続けてやるゆえの」
「はい」
「ソルは、竜車の中から魔法を使え。大技はいらぬ、まずは支援に徹しろ。マールは、御者と一緒に、全てが終わるまで大人しくしておれ」
「ほ~い」
「うん」
動揺を隠して、僕は頷く。
でも、イルティミナさんは「?」と不思議そうに僕を見る。
「マール、どうかしましたか?」
「ううん」
わかってる。
綺麗事だけで、この世界は生きられない。
(僕だって、あの時、躊躇なく邪虎を殺したじゃないか)
僕は、ギュッと彼女を抱きしめ返した。
イルティミナさんは驚き、そして、その頬をかすかに染める。
僕は、首を横に振った。
「大丈夫、ちょっと緊張してきただけ」
「そ、そうですか」
「あらら~? じゃあボロ雑巾、改め、キンチョー弱虫君に改名かしら?」
ソルティスのからかいも、今はありがたかった。
ちなみに、ありがたい彼女は、実の姉に、ゴチンと脳天を殴られました。
キルトさんは困ったように笑い、座席に深くもたれる。
「まぁ、20人程度の野盗ならば、どうとでもなる。むしろ、わらわとしては、人喰鬼のことが気になるがの」
「…………」
「本来、このような地域に現れぬ魔物じゃ。――何か面倒なことにならねば、良いがの」
そう言って、背後の窓を見上げる。
その黄金の瞳は青い空を映し込み、紅い唇から悩ましげな吐息がこぼれ落ちた――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。
※W杯日本戦、ついに明日の3時ですね。賛否ありましたが、明日は、もう全力で突き進むのみです。がんばれ、日本~!(小説関係なくて、ごめんなさい)




