360・神々の降臨
第360話になります。
よろしくお願いします。
魔法の白い光が消えていく。
やがて、視力を取り戻した僕の目に映ったのは、広がる青い空だった。
(……屋外だ)
そう気づく。
視線を下げて周囲を見回せば、そこに広がっているのは、乾燥した土の荒野だった。
それが地平線まで続いている。
足元は、白い石畳の床になっていて、そこに淡い光を放つ『転移魔法陣』が刻まれていた。
「あ」
視線を巡らせて、気づく。
僕らのいる魔法陣から離れた場所に、黒い鎧を着た騎士の軍勢が整列している。
(アルン騎士だ!)
人数は、1万人以上いそうだ。
先頭には、黄金の鎧を着込んだアザナッド・ラフェン・アルンシュタッド皇帝陛下が立っていた。
そばにはダルディオス将軍がいる。
そして、更に神護騎士のフレデリカさん、その左右にラプトとレクトアリス。
軍の外には、10人ほどの冒険者らしい一団もいた。
そこには、ガルンさん、ゲルフォンベルクさん、アルン神皇国の『金印の冒険者』の姿もある。
他にも雰囲気のある人たちがいるので、その冒険者の人たちは全員、アルン神皇国の『金印の冒険者』なのかもしれない。
(凄い……)
アルン側も、凄まじい戦力を用意していた。
それだけ『神々の召喚』にかける強い意志が感じられる。
ザッ
僕らの中から、シューベルト国王が前に出た。
アルン側からも、アザナッド皇帝陛下が進み出てくる。
両軍の向かい合う中央で、2人は握手を交わした。
「久しいな、アザナッド」
「息災そうで何よりです、義兄上」
そう言葉を交わす。
(あ、そうか)
皇帝陛下の奥さんは、現シュムリア国王の実妹だ。
2人は義理の兄弟になる。
前世の感覚があるからか、『政略結婚』というものには少し抵抗があったけれど、それが生む絆と大きな力に、僕は少し震えてしまった。
それがなければ、世界の危機と言えど、この2国がここまで協力体制を築くことはできなかったかもしれないんだ。
アルンとシュムリア、両国の頂点に立つ人物たちの視線には、確かな信頼があるようだった。
(……うん)
これなら負けない。
あの『闇の子』がどんな手を使ってきても、きっと大丈夫、そう思えたんだ。
そうして僕らシュムリア王国の戦力とアルン神皇国の戦力は、無事に合流を果たして、一緒に『神々の召喚』に備えることになったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
それから僕らは移動をした。
『転移魔法陣』から500メードほど離れた地点に、別のアルン軍が陣を敷いていた。
その中央は丘になっていて、金網に囲われている。
その中心に、巨大な装置があった。
(でっかい……)
それは前にシュムリアの『王立魔法院』で見た『地球儀みたいな装置』だった。
台座の上の巨大な球体。
その周囲には、三日月型の金属板が3つ、宙に浮かんでいる。
形状は同じだ。
でも、サイズが違う。
王立魔法院で見た装置の3倍ぐらい、一番高い所まで100メードはありそうな大きさだった。
「これが召喚装置か」
キルトさんも驚いたように、それを見上げている。
装置の周りには、大勢の人がいた。
白衣を着ているのは、シュムリア王国の『魔学者』たちだ。
それ以外にも、黒衣をまとったアルン神皇国の『魔学者』たちもいるみたいだった。
(……あ)
その人の輪の中に、コロンチュードさんとポーちゃんの姿もあった。
コロンチュードさんは、他の両国の『魔学者』たちと最終確認についてを話し合っているみたいだった。
ポーちゃんだけが、こちらに気づく。
「…………」
コクッ
小さく頷く。
僕らも笑って、頷きを返した。
やがて、アルン、シュムリア両軍は、『神々の召喚装置・神界の大門』を中心にして、部隊を展開させた。
(僕らはどうするんだろう?)
迷っていると、
「マール殿」
フレデリカさんがやって来てくれた。
一緒にラプト、レクトアリスもいる。
「フレデリカさん」
僕は笑った。
彼女も笑ってくれて、「久しいな」と短い挨拶を交わした。
それから、
「マール殿たちは、私たちと共に来てくれ」
と言われた。
両国軍は、装置周辺の土地に、3重に部隊を配置して防衛に当たるけれど、僕らは『神界の大門』のそばで待機するんだって。
ダルディオス将軍は、防衛軍の指揮のために、この場にはいない。
そして僕らは、
「万が一、全ての防衛網が突破された時の、最後の守りとなるのが私たちだ」
とのことだ。
つまり、僕らが最終防衛ライン。
…………。
出番があるのかな?
アルン軍は、合計12000人の騎士を投入しているそうだ。
シュムリア側も、シュムリア竜騎隊や神殿騎士など、王国の最強戦力を結集させている。
これを突破するって、
(不可能じゃないかな?)
丘の上から、目前に広がる両軍の威容を眺めて、僕はそう思ってしまった。
イルティミナさんの白い手が、そんな僕の髪を撫でた。
「出番がないなら、それにこしたことはないでしょう」
と微笑んだ。
けれど、
「ですが、相手はあの『闇の子』です。魔王と呼ばれた『タナトス王』もいる。それに多くの『魔の勢力』も。この守りが突破されない保証は、どこにもありません」
そう凛とした口調で続けた。
(…………)
うん。
僕は頷いた。
「そうだね」
相手は、あの『闇の子』なんだ。
今まで、何度も僕らの思惑の上を越えてきた。
油断なんて、絶対にできない。
他のみんなも、厳しい表情で頷いている。
やがて、短い時間でアルン、シュムリアの両軍は、それぞれの配置についた。
召喚装置の近くには、僕、イルティミナさん、キルトさん、ソルティス、フレデリカさん、ラプト、レクトアリスの7人と、両国の『魔学者』が50人ほど、それにコロンチュードさんとポーちゃんがいる。
そのすぐ外側に、アルンの皇帝陛下、シュムリアの国王様の軍がいた。
…………。
陣の中心をより重要と考えるなら、両陛下は自分たちの命よりも、装置の防衛を大事にしていると言える。
それほどの覚悟。
それほどに、この世界の命運がかかっているんだ。
その意味が、僕の心にも浸透してくる。
(やるぞ、マール)
僕は心の中で、自分に大きく気合を入れた。
やがて、装置の下へと両陣営から、レクリア王女とアルンで位の高そうな女神官がやって来た。
2人の手には、それぞれ光る石の破片がある。
――『神霊石』だ。
両国が集めた7つの欠片が、今、ようやく1つの場所へと集まったのだ。
受け取ったのは、コロンチュードさん。
伝説の『魔学者』である彼女は、それを組み合わせ、1つの球体へと完成させた。
パァアン
完成した途端、強い白光が周囲に溢れた。
神々しい光だ。
柔らかな熱を持っているようで、その光を見ていると心の芯が揺さぶられ、なんだか泣いてしまいそうになる。
コロンチュードさんは、それを装置へと運んだ。
「よい……しょ」
カシュッ ボチャン
幾つものコードが繋がった、液体の満ちた器の中に『神霊石』を収める。
蓋が閉められる。
他の魔学者たちと計器を確認して、満足したように頷き合った。
寝癖のある金髪を揺らし、彼女は振り返る。
僕らを見つめ、
「さぁ……これでいつでも、神様たちを召喚できる、よ」
そう告げたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
ついに『神々の召喚』の時を迎えた。
アルン、シュムリアの両陛下の指示のもと、両軍はより警戒を厳にする。
「そなたらも備えよ」
キルトさんが僕らに言う。
僕らは頷いた。
いつでも『妖精の剣』を抜けるように、柄に右手をかけておく。
(落ち着け、マール)
深呼吸して、心を整える。
ここは丘の上なので、周囲が良く見渡せた。
地形も、地平線まで続く荒野なので、接近するものがあれば、すぐに気づくことができる。
…………。
今のところ、『魔の勢力』の姿はない。
(チャンスだ)
奴らの姿がない内に、召喚を成功させてしまえば、僕らの勝利は確定する。
世界は救われるんだ。
両陛下は頷き合い、それから、アザナッド皇帝陛下がコロンチュードさんに告げた。
「神々の招来を始めよ」
静かな命令。
コロンチュードさんは「……ん」と頷いた。
「……成功したら、将来、ここは『神々が召喚された地』として……名が残る……かも、ね」
そう笑う。
世界の命運をかけた召喚も、彼女にとっては楽しい実験の一つなのかもしれない。
そして、彼女と両国『魔学者』たちが装置を起動させる。
リィイイン
液体の中に沈められた『神霊石』が強い光を放った。
それは、繋がれたパイプを伝って、巨大な球体へと送り込まれていく。
球体の表面に、魔法文字が浮かんだ。
そして、その球体はゆっくりと回転しだし、それは次第に、物凄い高速になっていき、表面に青白い放電が発生し始めた。
ギィイイン
溢れ出る濃密な魔力。
「……凄い魔力量だわ。もし暴走したら、この地域一帯が消し飛ぶわね」
ソルティスが驚嘆したように呟く。
……うん。
魔法使いでない僕でも、装置から感じる膨大な力がわかる。
それほどのエネルギーが集まっている。
やがて、球体の周囲に浮かんでいた、三日月型の金属板3つが、ゆっくりと上空へと浮かんでいった。
バシッ ジジジッ
金属板と球体の間に、可視化するほどの魔力の流れが見えている。
そして、青い空に巨大な三角形を描くような頂点の位置に、3つの『三日月型の金属板』は到達した。
その中心に、魔力が集中する。
白い光点が生まれる。
それは、まるで成長するように、少しずつ大きくなっていった。
(う……ぁ)
その光から、溢れてくる神気を感じる。
同時に、僕の中にある神狗アークインの魂が、懐かしさを覚えていた。
わかる。
あの輝きの向こう側は、『神界』だ。
僕らのいる世界と、神々のおわす世界が今、あの光によって1つに繋がっていた。
「……おぉ」
キルトさんが呻いた。
いや、彼女だけじゃない。
イルティミナさんも、ソルティスも、両陛下も、ここに集まっている大勢の人間たちが皆、目には見えない、けれど確かに感じられる偉大なる存在の気配を受けて、心と身体を震わせていた。
ラプトとレクトアリスも感極まった表情だ。
ポーちゃんも、その瞳を強く開いている。
広がる光。
輝ける『神界の大門』。
それが青い空を染めあげ、大地を照らして、
「――来る」
僕は、無意識に呟いた。
次の瞬間、巨大な光の中を潜り抜けて、より輝きを放つ『光の巨人』たちが姿を現した。
皆が息を飲む。
『光の巨人』たちは、次々に光の門を抜けて、僕らの眼前の大地へと着地をする。
ズン ズズゥン
土煙が舞い、振動が僕らの身体を揺らす。
『光の巨人』たちの身長は、人間と同じサイズから、100メード近いものまで様々だ。
中には空を飛ぶ者、人とは違う形態をした者もいる。
ただ、その全てが神々しい。
溢れる気配は美しく清浄であり、同時に恐れを抱くほどに厳粛だ。
「…………」
誰もが声も出せなかった。
両陛下も、あのキルトさんでさえ、何も言えなくなっていた。
集まった人たちの中には、その『光の巨人』たちを見て、自覚もなく涙をこぼしている人たちもいた。
(あぁ……)
僕も泣きたくなった。
無意識に、両手をそちらに伸ばしていた。
そんな僕らのことを、『光の巨人』たちは、世界を白い光で照らしながら静かに見つめてくる。
やがて、男の姿をした『光の巨人』の1人が前に出る。
それは、正義を司る存在。
そして、その口がゆっくりと開き、
『―――人の子らよ。その願いに応じ、我らは、ここに顕現したぞ』
雄々しくも慈悲深き声が、僕ら全員の耳朶を打つ。
…………。
その場の人間たちは皆、無意識に頭を垂れていた。
――天に生まれた巨大な光の門を抜けて、その日、僕らの世界には、400年ぶりに大いなる『神々』が降臨なさったのだ。




